手の平で踊る者たち
「いっくよー!」
そう言ってネイサは、ジャグリングしていた鉄球を高く放り上げた。
鉄球は海中だというのに、まるで陸上にいるかのように高く舞い上がり、俺たちの頭上へと落下してくる。
俺は難なく鉄球を避けたが、イリアは恐怖で足がすくんでしまったのか、その場から動けずにいた。
アウラが素早く浮かび上がると、迫り来る鉄球を尻尾で弾き飛ばした。
「よくやった、アウラ」
褒められたアウラは自慢げに水中で一回転する。
「すみません。足を引っ張ってしまって……」
「気にするな。イリアは自分の身を守ることだけを考えろ」
俺とアウラは、イリアを守るように左右を固めた。
「ん~? その子が君たちの弱点かな? よーし、やっつけちゃうぞ!」
ネイサは楽しそうに指をくるくると回す。
すると、俺たちの周囲に巨大な渦が発生した。
渦は凄まじい勢いで海水を巻き込み、周囲の岩や海藻までもが次々と吸い込まれていく。
あの中に飲み込まれれば、ただでは済まないだろう。
「イリアはアウラに掴まってろ」
「ら、ラルクさん! 何を!?」
俺は全身を覆う障壁を張り直すと、あえて渦の中へと飛び込んだ。
「きゃはは! ミンチの出来上がり!」
ネイサは俺が渦に巻き込まれて死んだと思ったのだろう。警戒を解き、こちらへと近づいてくる。
思った通りだ!
「油断したな! 喰らえ!」
俺は手のひらに光の弾を生み出し、接近してきたネイサの頭部目掛けて撃ち込んだ。
直撃した瞬間、ネイサの首があっさりと落ちた。
だが、よく見ると、落ちたのは首ではなく、ネイサが被っていた帽子だけだった。
「危ない、危ない。危うく遊べなくなるところだったよ。今日は帰るよ。じゃあね!」
「おい! 待て!」
呼び止める間もなく、ネイサは額から血を滴らせながら姿を消した。
丸坊主の人魚が俺たちの元へ泳いでくると、安堵したような表情を浮かべた。
「魔族を退けてくれて、ありがとうございます」
「すまない。倒しきれなかった」
申し訳ない気持ちになり、俺は頭を下げた。
「今はそれで良いんですよ。あいつがいなくなったおかげで、仲間たちを埋葬してやれるんですから」
そう言って、丸坊主の人魚はネイサがいた辺りに横たわる仲間たちの遺体に目を向けた。
その表情には、深い悲しみが浮かんでいた。
「良ければ、手伝わせてくれないか?」
種族は違えど、亡くなった者たちを放っておくことはできなかった。
「助かります。仲間たちも喜びますよ」
それから俺たちは、人魚たちの住みかの近くに穴を掘り、亡くなった人魚たちを埋葬する手伝いをした。
アウラも文句ひとつ言わず、黙々と作業を手伝っている。
普段は気ままなアウラだが、死者に対する礼儀はわきまえているのかもしれない。
「神よ、哀れな御霊をお救いください」
埋葬を終えると、イリアは人魚たちのために祈りを捧げた。
静かに祈るイリアの姿を見つめながら、俺は亡くなった人魚たちも、これで少しは安らかに眠れるのではないかと思った。
「ありがとうございます。これで仲間たちも浮かばれます」
そう言って、丸坊主の人魚は笑みを浮かべ、俺たちに頭を下げた。
「俺たちが勝手にやっただけだ。礼なんていらない」
「さすがはドラゴンテイマー様ですね。力だけでなく、優しさまで兼ね備えているとは」
丸坊主の人魚は、いたく感動しているようだった。
「ネイサが来たら、すぐに駆けつけるから呼んでくれ」
「そんなに私に会いたかったの〜? ほ〜ら、来たよ! きゃはは!」
突然、人魚たちを埋葬した穴からネイサが飛び出してきた。
なんて悪趣味な奴だ!
俺は咄嗟にネイサを睨みつけた。
「またやられに来たのか?」
「逆、逆! 始末しに来たんだよ」
そう言うや否や、ネイサはイリアに飛びかかった。
「きゃあああ!」
「イリア!」
ネイサはイリアの手にナイフを握らせると、何やら呪文を唱え始めた。
「悪戯心の呪印、発動〜! 悪戯したい気持ちを増大させちゃった! 誰かを驚かせようと思ったら、相手の心臓が止まるくらい派手な悪戯をしちゃうよ! さあ! 彼女はどんな悪戯をするのかな?」
イリアの首元に、道化師の顔を模した呪印が浮かび上がった。
ナイフを手にしたイリアは、ふらふらとおぼつかない足取りで俺に近づいてくる。
「イリア! 正気を保て!」
イリアは俺に向かってナイフを振り上げた。
だが次の瞬間、イリアは俺に目配せをしナイフを手放し、神に祈りを捧げた。
「悪しき者の力を奪い、天罰を与え給え!!」
すると、地面から眩い光を放つ鎖が飛び出し、ネイサの身体に巻きついて、その動きを封じた。
「ぎゃあ! どうして悪戯心の呪印が効かないの〜!?」
「神に仕える身で、悪戯心など抱くことはありませんよ」
胸を張って答えるイリア。
その姿を見て、俺は彼女が身も心も一人前の聖女なのだと感心するのだった。
「中々の演技力だったな、イリア」
「あれだけ真剣に演じなければ、すぐに見破られてしまっていたでしょうからね」
ふふ、とイリアは楽しそうに笑った。
このままネイサを倒してしまってもよかったが、俺には聞いておきたいことがあった。
「ネイサ。お前は誰の指示で人魚たちを襲った?」
「バロックだよ。バロック。邪神を復活させたいって言うから、魂を集めてたんだよ」
ネイサは、にやにやと笑いながら答えた。
だが、今のバロックがそんなことを命じるとは思えない。以前のように操られているわけでもないのだからな。
「正直に話さないなら、お前を海の藻屑にしてやることだってできるんだぞ!」
「ま、待ってよ! 本当のことは言えないんだよ。そこは察してよ、それくらい」
本当のことが言えないということは、バロックに指示されたという話自体が嘘なのだろう。
「ギルバートなんだな。ギルバートは何を企んでいる?」
「……詳しくは言えないけど、大虐殺だよ。もう、これだけ話したんだから解放してよ」
「大虐殺だと!!」
思わず声を荒らげた。
なんという恐ろしいことを企てているのだ。
大虐殺を企てるような魔王が、優しい魔王であるはずがない。
さらに詳しく聞き出そうとした、その時だった。
突然、ネイサの身体が黒い炎に包まれた。
「た、助け……!」
ネイサの悲鳴が途切れる。
俺とアウラは咄嗟にネイサの体内に障壁を展開し、黒い炎を身体から引き離した。
だが、すでにネイサは虫の息だった。
俺はすぐさま治癒魔法を施し、なんとか命だけは救うことができたものの、しばらくは話を聞けそうにない。
「口封じか。卑怯な真似をしやがって!!」
怒りに任せて地面を殴りつけると、海底の砂が勢いよく舞い上がった。
ギルバートは何を企んでいるのか。
その目論見を突き止め、必ず阻止しなければならない。
俺は改めて、ギルバートの陰謀を暴く決意を固めた。




