踏み入れてはならぬ領域
町に着く頃には辺りはもう暗くなっていた。
「こんな夜更けに宿は取れないか……」
「イリアだけでもゆっくり休ませられたらいいんだけど」
少年姿のアウラの背で眠るイリアをミーシャは気遣わしげに見つめている。
確かに病み上がりの体に野宿は堪えるか。
イリアのため多少無理を言ってでも、彼女だけでも泊めてもらおうと宿を探す。
民家の前を通ろうとしたその時、勢いよく扉が開き、枯れ木のような細い腕が強い力で中に俺を引き込んだ。
「……なっ!」
身構えようとする俺の口を老婦人の手が塞ぐ。
「しっ! 静かにおしよ。さあ、早くあんた達も中に入りな」
困惑しながらも、ミーシャ達も扉をくぐる。
皆が中に入ったのを確認してから老婦人は扉を勢いよく閉めた。
「あんたら冒険者だろ? いいかい? こんな月もない夜は、奴が来るんだ。襲われたくなかったら、出歩かない事だね」
「奴? 何が来るんだ?」
「アルラウネさ。一体だけらしいけど、三ヶ月前から月のない夜は奴が出るのさ」
アルラウネは以前倒した事があるなと俺は思い返していた。
花粉など対策すれば、ある程度の腕前が有れば倒せる程度の魔物だ。
「追い払うなり、倒すなりすれば良いじゃない。冒険者雇ったりすればすぐに済む話でしょ?」
ミーシャに尋ねられ老婦人は辛そうな顔をしながら首を横に振る。
「何度も町の自警団がアルラウネ退治に出向いたが、何故かその時には出てこんでな。どうしていいものか町の連中も悩んでおる」
老婦人は何処か疲れているようだった。
「そのアルラウネは町にどんな被害を与えているんだ?」
「人の前に現れるだけなんじゃが、いつ何をされるか分からんで皆不気味がっておるよ」
悪い魔物なら、退治してやろうと思ったが明確な被害がないなら俺の出番じゃないだろう。
俺たちが家から出ようとすると、老婦人は扉の前に立ち塞がる。
「今出歩いては危ないぞ。ここに泊まっておゆき」
「良いのか?」
「ああ、毛布しかないからその辺の床に寝てもらう事になるけどね」
「十分よ。ありがとうお婆ちゃん」
ミーシャは、そう言って老婦人に抱き着く。
老婦人は、何処か照れ臭そうだった。
これでイリアを温かい部屋で休ませられる。
俺は老婦人の好意に感謝するのだった。
翌日、老婦人に礼を言い俺達は町に繰り出す。
「ゆっくり休めたので、もうすっかり元気になりました」
イリアは元気そうに腕を振り上げてみせる。
「良かった。でも、無理しちゃ駄目よ。イリアは頑張り過ぎるんだから」
ミーシャに注意されイリアは苦笑していた。
自覚があるのだろう。
とにかくイリアが元気になって良かった。
町は活気に溢れていた。見たことの無い果物を商人が熱心に説明し、冒険者らしき人達が足を止めている。
町の中央では、小柄な男が空中に魔法で絵を描くパフォーマンスをし、称賛の声と溢れんばかりの拍手を浴びていた。
本当に町の人々は、アルラウネに怯えているのだろうか? と町のあふれる笑顔を見ると疑問を覚えた。
「ラルク、箱届けなくていいのか」
「ああ、そうだったな」
忘れるところだったと、俺は革袋からイヴァンから預かった箱を取り出した。
送り主の名前しか分からないが、届けられるだろうか。
俺は近くの女性に声をかけた。
「この町にアストンという奴はいるだろうか?」
「アストン? ああ、漁師のアストンですね。今の時間は家にいると思いますよ」
「漁師? この辺に海はないじゃないか」
「空魚の漁師ですよ。空気の綺麗な場所でしか取れない希少な魚です」
そんな魚もいるのかと俺は感心していた。
「話、逸れてるわよ。ラルク。あの、私達アストンさんに会いたいんですけど案内してくれませんか?」
ミーシャが頼むと女性は、にこりと微笑んだ。
「ええ構いませんよ」
女性の後について行くとレンガ作りの二階建ての家に辿り着いた。
庭もあるようで中々、立派な家であった。
「アストンさん、お客様を連れて来ました」
女性が木製のドアを叩くと、赤髪の背の高い屈曲な男がドアを開いて姿を見せた。
「お客? 誰だ」
「ただの冒険者さ。あんたに荷物を預かっている」
俺は紙の箱を男に渡す。
箱の中には、乾燥させた薬草と液体の入った瓶が入っていた。
「イヴァンからだな。謝罪のつもりか」
「謝罪?」
俺の声など聞こえていないように、鬼のような形相でアストンは、箱を地面に叩きつける。
瓶が割れ、薬草も風であちこちに飛んでしまう。
「何をするんだ」
「お前らは知らないだろうがあいつは三ヶ月前に俺の妻を殺したんだ。絶対に治すと言った癖にな」
アストンの怒りに歪んだ瞳から涙が溢れていた。
それ以上何も言わずにアストンは扉を閉めてしまった。
呆気に取られ俺らは暫く何も言えなかった。
俺たち気分を変えるため、カフェに向かう。
「目的は果たしたんだし、あんまり気にしないで良いわよ」
気分が滅入っていたの察してかミーシャは俺に微笑んだ。
「そうだな」
俺はコーヒーを口に含み、イヴァンの事を考えていた。
どういうつもりで、アストンに薬草を送ったのだろうと。
贖罪のつもりだったのだろうか?
そんな事をぼんやり考えているとイリアも何か考えているのか首を傾げている。
「どうしたイリア?」
「あ、いえ。アストンさんの奥さんが亡くなったのは三ヶ月前ですよね? アルラウネが町に出たのも三ヶ月前……。何か意味が有るのかと思いまして」
気にしていなかったが、確かに妙だ。
アストンの妻の死と、アルラウネの出現には何か関係があるのかもしれない。
「ちょっとイヴァンに話を聞いて来る。アウラ行くぞ」
俺はアウラの方を見て唖然としていた。
食べ終えたデザートの皿が山のように積まれていたのだ。
「このプリンを追加で十個だぞ!」
「アウラ! 今は金が無いんだ! あんまり頼むな!」
どうにか懐や袋の底の銅貨をかき集めカフェの支払いをした。
俺がイヴァンの元へ向かおうとカフェを出ると、鎧の男達が黄色い声をあげる町の住人達に囲まれていた。
「こっち向いて下さい」
「なんて素敵なの! 惚れ惚れしちゃう」
若い女性達は、うっとりとした目で鎧の男達を眺めている。
その様子を俺は呆れて見ていた。
「あいつらは何なんだ? そんなに有名なのか」
「世界樹の騎士団とか言う方々らしいですよ。無償で人々を救うのだとか。私には胡散臭い連中にしか見えませんがね」
見知らぬ中年の男は、それだけ言うと鼻歌まじりに何処かに行ってしまう。
町の人々が明るかったのも、こいつらがアルラウネという脅威を退けてくれると信じているからなのだろう。
今の俺らには関係ないと俺はアウラに乗りイヴァンの元に向かう。
「イヴァンいるか?」
ドアを叩いても返事はない。
悪いと思いながら部屋に入る。
ミーシャが掃除したからか部屋は大分片付いていた。
患者を寝せるベッドの下に何か違和感を感じ、俺はベッドを動かす。
そこには地下に下りる階段があった。
アウラは鼻をひくつかせると、顔をしかめる
「ラルク、この下魔物臭いぞ」
「……魔物か」
薬の材料に魔物の一部が使われる事はある。
ただ、地下に薬の材料をしまってるだけか?
何となくだが、それだけではない気がした。
俺は地下に下りる事にした。
何もないなら謝ればいい。
下りた先で俺は絶句した。
地下には幾つもの部屋が並んでいた。
その一つを覗き込んだ俺は、息を呑む。
部屋の中には魔物がいた。
しかも、一匹ではない。
鉄格子の向こうに、何匹もの魔物が閉じ込められていた。
俺はある部屋の前で立ち止まった。
「……なんだよ、これ」
それは、上半身が人で下半身がコボルトの男がベッドに縛られているものだった。
俺は青ざめ、イヴァンが禁忌に手を染めていることを悟った。




