変人な天才
「ひどい熱……。ラルク、早く病院に連れて行きましょうよ」
「そうだな」
木陰で横になるイリアは、荒い呼吸を繰り返している。
意識も朦朧としているのか虚ろな目つきで何もない宙を見つめていた。
「草で足を切ったって言ってたから、草の毒が入ったのかも」
ミーシャは不安そうにイリアの額に乗せた濡れた布切れを代える。
「アウラ、イリアだけ乗せて病院のある町に連れて行ってくれ」
「分かったぞ!」
アウラがドラゴンの姿に変わろうとすると、誰かがこちらに向かって来る。
手入れのされてないボサボサ頭の二十代くらいの男がこちらに近づいてくる。
「あんたら何をしている?」
「仲間が体調を崩したんだ。早く病院に連れて行かないと……」
俺が言いかけると男は、勝手に寝そべるイリアの手に触れ、顔を覗き込む
「それならちょうど良い! 俺は医者だ。この子はイチヤソウの毒に冒されている。早く治療しないと命に関わるぞ! 助けたかったら俺の家へ運べ」
「イチヤソウ?」
「知らないのか獣の嬢ちゃん。イチヤソウの毒はあまりにも強力で、治療しないと体の弱い者は一夜経たずに死んでしまうんだ。ほれ、早くしろ」
あまりにも怪しい男だが、今は信じるしかないだろう。
「必ず助けると誓ってくれ」
「何言ってんだ。名医の俺に救えない命はない」
やけに自信家だな。
頼もしくも思えるが余計に怪しい。何かおかしな真似をしないか注意深く見ておく必要があるだろう。
俺は熱っぽいイリアの体温を背中に感じながら、男の家へと向かう。
男の家は木造の粗末な家だった。ほどほどの広さは有るが、ここで治療が出来るのだろうかと少し不安を感じていた。
男の家の中は、刻んだ薬草やら、怪しげな液体の入った瓶、そして鋭利な太い金属の針等が乱雑に置かれていた。
「患者はここに寝かせてくれ」
ベッドに乱雑に積まれた医学書のような分厚い本を男は払い落とす。
ベッドに危険なものはないか確認し、俺はイリアをそこに寝かせる。
男は怪しげな薬を混ぜ合わせ、何やら呪文を唱える。
「おばあちゃんも、ああやって薬を作ってたわ。もしかしたら、この人も魔法使いの家系なのかも」
ミーシャは俺に囁く。
魔法使いなら、人の目を忍んで森に隠れ住んでてもおかしくないだろう。
問題は男の腕前だ。
知識は有っても活用できなければ意味が無い。
男は、呪文を唱え続けると薬は霧状になりイリアの口から体内に入っていく。
数分後、イリアの瞳に生気が戻り、体を起こし辺りを見渡す。
「ここは?」
「良くなったのね、イリア」
ミーシャがイリアに駆け寄り手を握る。
「がはは、やっぱり俺は名医だ。俺の名前はイヴァン。覚えておけ」
「すまない。俺はあんたを怪しい奴だと思ってたよ」
「気にするな。それより褒めたたえろ、俺を! 素晴らしい俺を褒めちぎるのだ」
そう言ってイヴァンは高笑いをする。
腕は確かだが面倒な奴だ。
「お礼はどうしたら良い?」
「んー、そうだな。金貨百枚もらおうか。希少な材料を惜しみなく使い。俺の洗練された魔術で命を救ったんだからな」
結構高く付いたが、イリアを救ってくれたのだから安いくらいだ。
金の入った袋を取り出し、イヴァンに支払おうとした時違和感に気付いた。
やけに軽いと。
俺は袋を逆さにすると、数枚の銅貨が床に転がった。
「なっ! まだ金貨五百枚はあったはずなのに……。ミーシャ、何か知らないか?」
「私じゃないわよ。お金の管理はラルクの役目でしょ? ラルクの荷物も触ったりしてないし。あ、そう言えばアウラがラルクの為にって何か買ってたような……」
俺とミーシャは、アウラの方を見るとアウラは、目を反らし吹きなれない口笛を吹く。
「アウラ、何を買ったんだ?」
「林檎みたいな果物と、この虹色の鉱石だぞ。二つ合わせて金貨四百九十枚でお得だって言うから買ったんだぞ」
俺は怒っていいか、泣いていいか分からず、唸ることしか出来なかった。
エンペラードラゴンの弱点は、最強の魔族でなく悪徳な商人なのかもしれない。
「お前ら治療費が払えないのか?」
イヴァンは、俺たちを睨み付ける。
「私が、ここに残って治療費の分働きます。ラルクさん達は旅を続けて下さい」
ふらつく足でベッドからイリアは起き上がる。
微笑んでいるが、その瞳から不安が感じ取れた。
「イヴァン。して欲しい事なら何でもするから、それで治療費を相殺してもらえないか」
「何でもするだと」
イヴァンは怪しげに笑う。
「なら、お前とそのちびの小僧は常闇草を取って来い。常闇草は、俺の家の南に下った先の山にある」
「常闇草? どんな植物だ」
「どんな光も食らうと言われる植物だ。だから、誰も見たことがないし俺も知らない」
「見たことが無いのに有るって分かるのかよ」
「有るんだよ。さあ、行って来い。獣のお嬢ちゃんには、部屋の掃除をしてもらおう」
今言うことを聞くしかない。
アウラを連れて俺は山に向かう。
「アウラ有ったか?」
「見当たらないぞ」
きのこでも食べているのか、アウラはもぐもぐと口を動かしながら答える。
「本当にあるのかよ……」
常闇草など聞いた事がない。
イヴァンの妄想の産物ではないかと俺は考えていた。
日も大分傾いて、夕焼けが山を染めていく。
「ラルク、あそこ何か変だぞ」
「変? あれか?」
アウラの視線の先を見ると、一箇所だけ日の光が当たっているのに不自然に暗い場所があった。
向かって見ると、それはブナの木に空いたうろであった。
その内部は異様に暗く、日の光を拒んでいるようだった。
「この中に何かに常闇草が有るのか? うお!!」
「ラルク!!」
指先がうろの中に触れた瞬間、腕がずるりと引き込まれた。
抵抗する間もなく、俺の体はうろの中へと吸い込まれてしまった。
どういう訳かうろの中は広いようだった。
手を伸ばして辺りを探るが何にも当たらない。
光の球を試しに出してみたが、光は完全に遮断されているのか指先すら見えない。
「多分、ここに有るんだよな」
どうしたものかと俺が考えていると俺の背中に何かがぶつかった。
「ラルクか?」
「アウラ! お前も中に入ってきたのか?」
「ラルクだけじゃ心配だからな。アウラが来たからもう大丈夫だぞ!」
アウラの明るい声を聞くと不思議と不可能なんてない気がして来る。
「何も見えない状況でどうやって常闇草を探す?」
「見えないなら聞くんだぞ」
そう言ってアウラは鳴き、数秒黙り込むと歩き出した。
それを数回繰り返す
「何やってんだ」
「鳴き声の反響音聞いて植物らしきものを探ってるんだぞ」
なるほど、反響を利用して周囲を探っているのか。
こういう時はアウラの方が俺より賢い気がする。
「あそこだぞ」
俺はアウラの尻尾の辺りを掴みながら、後についていくと奇妙な感覚に襲われた。
暗闇に思考が塗りつぶされたような、肉体も魂までも無になったような奇妙な感覚だった。
「ラルクどうした?」
「あ、ああ、何でもない」
アウラの温もりが無ければ、俺は意識を保てなかっただろう。
俺は手探りで常闇草らしき植物を摘む。
「ここには用は無くなったから帰るぞ!」
アウラが炎を吐くと、そこから外の明かりが差し込む。
空間を焼き切ったのだろう。
そこから俺たちは外に出る事が出来た。
「これで約束も果たせたな」
「ラルク! 伏せろ!」
アウラが叫ぶと俺たちが抜けた空間の暗闇の奥で何かが蠢いた。
次の瞬間、ぬらりとした長い舌が伸びてきた。
「俺たちを食う気か? 代わりにこれでも食らわせてやるよ!」
そう言って舌に向かって雷の魔術を放ってやると叫び声と共に巨大なカメレオンが穴からよろめいて出て来たかと思うと、倒れて動かなくなった。
「常闇草を狙う奴らを捕食してたんだろう」
常闇草に近づきすぎると先程の俺みたいに動けなくなる。そこを襲うのか。
ずる賢いカメレオンだ。
「ラルク、頑張ったからご褒美くれ」
「ああ、次の町で肉でも買うか?」
「違う。撫でてくれ。早く早く!」
こういう所は子供だな。
そう思いながら、俺はアウラを撫でた。
「おお! これが常闇草か!! やはり、何も見えんな」
イヴァンに手渡した常闇草から闇が溢れ出している。
「触った感じは花みたいだった。これで薬でも作るのか?」
「いや、観賞用にしようとしただけだ。友人が綺麗な花だと言っていたからな。だが、清々しいほど何も見えんな」
そう言ってイヴァンは楽しげに笑う。
治療費の為とはいえ、道楽に付き合わせられたのかと俺はため息を吐く。
「ラルク〜! 部屋の掃除で体が、ばきばきよ」
ミーシャには頑張ってもらったから次の町では、ゆっくりしてもらおうと俺は考えていた。
「イリアの体力も回復しきってないし、次の町ではゆっくりしようか」
「賛成! ラルクの優しい所大好き」
そう言ってミーシャは俺に抱き着く。
「お、おい! 人前で抱きつくな」
「結構、結構。 仲いい事は素晴らしいじゃないか。最後に一つだけお前らに頼む。 ルイジャの町に行くなら、アストンという男にこれを渡してくれ」
そう言ってイヴァンは、俺に紙の箱を渡した。
「中身はなんだ?」
「大したものじゃない。要らないと断られたら捨ててくれ」
少し寂しげな表情に見えたのは気の所為だろうか。
俺たちは、アウラにイリアを担いでもらいながらイヴァンの家を後にするのだった。




