覆る思い
俺達が子供たちを連れて村へ戻ると、ちょうど長老が村の外へ向かおうとしていた。
その手には、封印に使うらしい札と、紫色の液体が入った瓶が握られていた。
「おお、ドラゴン様! 山食いは見つけられましたか? 早く子供達を救い出さねば手遅れに……」
「子供たちならここだ」
「……え?」
長老が目を見開く
その視線の先には、俺達と一緒に歩いてくる子供達がいた。
「長老、怖かったよ」
そう言って子供達は長老に抱き着く。
「ま、まさかドラゴン様たちが山食いを倒されたんですか?」
「ああ、意外と弱かったぞ」
長老は子供達を抱きしめたまま、目を見開いて驚いていた。
魔王に膝を突かせた化け物と言い伝えられた鬼を退治したと言われれば誰だってそんな顔をするだろう。
「申し訳ありません。私はドラゴン様の実力を見誤っていました。まさか山食いを倒されるとは……。子供たちを救っていただき、ありがとうございます」
「ああ、それなんだが……」
俺達は顔を見合わせ、ドラゴンの仮面を外し、イリアもフードを上げ顔を晒した。
「俺たち三人は人間なんだ」
子供たちを救った今のタイミングなら正体をばらしても襲われる事はないだろう。
それに騙し続けるのも悪い気がした。
「な、何という事だ。人間だと!?」
長老は戸惑いの表情を浮かべ震えていた。
「騙す気はなかったのよ。成り行きでドラゴンのふりをしてただけで……」
ミーシャが弁明しようとすると、長老は目を輝かせた。
「人間なのに我らの味方をしてくれるとは!! いや〜本当に素晴らしい。魔物と人の友情を祝して宴をやり直すぞ!」
「……人を嫌ってたんじゃないのか?」
「悪意のある人は嫌いですが、あなた方のように善意を向けてくれる人は別ですよ」
そう言って長老は、札や瓶を辺りに放り出し村の中央に向かう。
「案外適当なんだな」
長老の背を見て俺は聞こえないように言うのだった。
長老が、俺たちの事を村の住人に話すと多少困惑していたが案外すんなり受け入れたようで直ぐに宴の準備を始めた。
俺は杯を持ち、薪の側で魔物達と踊るミーシャ達を離れて見ていた。
「貴方は参加しないの?」
遅れてやって来たラミアが俺の側に寄る。
「踊るより見てる方が好きなんだよ。もう、体は大丈夫なのか?」
「ええ、丸呑みされかけただけだから。よだれ塗れの体を洗うのは大変だったわ」
ラミアは笑った。人間への警戒心は感じられない。
「人間は嘘つきだと思っていたと言ってたが何かあったのか?」
「昔ね、勇者と名乗る人の少女が、この村を、訪れた時に約束したの。人や魔族や魔物が争わない世界にしてくれるって。それを信じて十年経つけど、その時と何も変わらない。人や魔族はいがみ合い、人と魔物は傷付けあう……。きっと約束を忘れてしまったんだわ」
悲痛な表情でラミアは語る。少女が成し遂げてくれると信じていたからこそ、裏切られ、信じられなくなってしまったのだろう。
「ごめんね」
俺の意思で声を出したわけじゃない。
それなのに、俺の口から出たのは少女の声だった。
俺の中の勇者サキの魂が、俺の口を借りて話しているのだろうか?
ラミアと約束をしたのは勇者サキだったのか。
「その声はサキ! どうして……」
「平和な世界にしようとしたんだけど、体から魂を抜かれて何も出来なかったの。でも約束は守るわ。必ず」
サキの言葉は、その場しのぎの薄っぺらさはなかった。
確かな決意が込められているようだった。
「……サキ、信じてるから。私、信じるから、魔物と人が争わない世の中になったら、その時また歌を聞かせて」
俺の頭の中に無垢な表情を浮かべる子供のラミアと、少女サキの姿が浮かぶ。
その子供のラミアは、勇者サキが約束を交わした十年前のラミアなのだろう。
俺の目の前にいるラミアは約束を交わしたあの日と同じ、幼く無邪気な笑顔を浮かべていた。
「うん、約束だよ」
サキの魂は眠ってしまったのか。それ以上は何も言わなかった。
「サキ、サキ……」
ラミアは、その場に泣き崩れた。
本当はサキを慕っていたんだろうかと俺は考える。
今度は約束は、果たされるだろう。俺がサキに手を貸すからだ。
翌日、俺たちは村を出る事にした。
「お気を付けて旅を続けて下さい。あ、イリア様にはこれを」
長老は、イリアに小さな箱を渡した。
「ありがとうございます」
「イリアだけ良ーなー。私には何も無いの?」
じろりとミーシャは長老を睨むと長老は、ごまかすように笑っていた。
「まあ良いじゃないか。次の町に行ったら服を買ってやるよ」
ミーシャを納得させ、村を出る。
「箱の中身は何か見たいぞ」
「食べ物ならアウラさんにあげますよ」
そう言ってイリアが箱を開けると大きなブラシと小さな手紙が書かれていた。
「え〜、なになに。貴方様だけは本物のドラゴンだとわしは見抜いておりました。鱗磨き用のブラシを差し上げますので何か有ればまたお力添えをお願いしたく……」
手紙を読むのを止めて俺は呆れていた。
本当にあの長老は見る目が無さすぎる。
イリアも困惑しているようだった。
「果物ではありませんがアウラさんにどうぞ」
「ラルクに磨いて貰うからラルクが受け取って良いぞ」
「……結局、俺の手間が増えただけじゃないか」
俺はブラシを革袋にしまうと、ため息まじりに一歩踏み出すのだった。




