眠る可能性の先に見えるもの
闇に包まれた森の中で、赤々と燃える焚き火をぼんやり眺めていた。
ゆらゆらと踊る炎を眺めていると、疲れ切っていた心が少しずつ癒されていくようだった。
「ラルク、近くの川で魚取れたから一緒に食べよう」
周囲を散策していたミーシャが、取った魚を俺に見せてはしゃいでいる。
「お前は何時も元気だな」
「元気だけが取り柄だからね。それにラルクが居てくれるからね」
ミーシャは「えへへ」と照れたように笑う。
誰かを愛したことが無い俺には理解出来ない感情だった。愛する者といたら元気が出るものなのだろうか?
そんな感情を向けられたことがない俺には、どう返せばいいのか分からなかった。
「あれ、照れてるの? やっと私と添い遂げる気になった!」
「……違う」
真面目に考えるだけ馬鹿らしいと俺は横になる。
ご飯を取って来ると飛んで行ったアウラがそろそろ帰る頃かと考えていると近くの背後の草むらが、がさがさと揺れる。
緑の肌のゴブリン三匹が下卑た笑い声を上げながら飛び出してきた。
「痛い目に遭いたくなければ、身ぐるみ置いてきな」
「言う事聞いた方が身のためだぞ。兄貴は魔王ギルバート様の右腕候補なんだからな」
「怒らせたら誰も手がつけられないんだぞ」
趣味の悪いサングラスを掛けた小柄なゴブリンを、長身のゴブリン二匹が担いでいる。
相手の実力を測れない馬鹿はいるもんだなと笑いを堪えるのに必死だった。
「そこの兄貴は、随分強いんだな。俺はこんな事しか出来ないからな」
そう言って俺は手の平に小さなボールサイズの火球を三つ浮かべ、それぞれのゴブリン共の頭上を掠める様に放ってやった。
「ひぃ、兄貴降参しましょうよ兄貴」
「あいつ魔法の精密操作まで出来るんですから、ゴブリンの俺達じゃ勝てっこ有りませんって」
「狼狽えんじゃねえ!! 相手が強かろうが諦めなければ勝機が……」
兄貴とやらが仲間を落ち着かせようとしていたが、そこに猪を咥えたアウラがやって来た。
「ラルクもご飯捕まえたのか?」
アウラが迫るとゴブリン達は兄貴だけ残して逃げ出していた。
「まだやる気か兄貴?」
嘲るようにゴブリンの肩に手を掛けるとゴブリンは恐怖に引きつりながら不器用に笑みを浮かべる。
「じょ、冗談だったんですよ。そ、そうだ何かお手伝いさせて下さい。こう見えて俺意外と物知りなんですよ。役に立ちます。だ、だから命だけはお助け下さい」
とうとうゴブリンは泣き出してしまった。
信用までは出来ないが、絶望に活路を見出そうとするゴブリンの根性だけは気に入った。
役に立ってもらった後に解放してやろう。
「この森には詳しいのか?」
「はい! 三十年程住んでるんで自分の庭みたいなもんです」
「なら、特殊なアイテムが有りそうな場所は知らないか? 迷宮や遺跡みたいな場所を」
単なる思い付きだった。
貴重なアイテムが有ればそれを交渉材料に使えたり、ミーシャを守る力になり得たりするかもしれないと考えたのだ。
ゴブリンは悩む素振りをした後、「……、有るには有りますが止めた方が良いですよ」と真剣な表情をしていた。そこに警告の意味合いが含まれているようだった。
「そんな危険な場所なの?」
怯えた様にミーシャが尋ねるとゴブリンは頷きながら答える。
「場所自体も危険ですが、そこに有る血塗れの盾も危険なんです。それを求めて人間や魔族が百人は死んでいます」
「どんな盾なんだ?」
「言い伝えしか知りませんが、あらゆる魔法を防ぐ盾だと。しかし、持ち主は気が狂って死ぬって曰く付きです。そんな物手に入れたってしょうがないでしょ?」
普通の人間なら見向きもしないだろうが生憎、俺はへそ曲がりなので利用価値は無いかて盾を調べようと思った。本当に危険な物なのなら破壊すればいいだけだと。
案内を頼んだ時、ゴブリンは泣き出しそうな顔をしていた。
案内されて一時間歩いただろうか苔むした朽ちた遺跡らしきものが見えてくる。
「ここで勘弁してもらえませんか。中に入るなんて流石に無理ですよ」
「駄目だ。お前が嘘を付いてる可能性もあるからな。盾を見つけたら解放してやる」
「ひぃ~!」
演技とは思えないが相手は魔物だ。警戒を怠って危険に晒される方が怖い。
遺跡の入り口や壁は朽ち果てていた。
ランタンが無くても月明かりだけである程度先に進める程に。
複雑作りでは無いが、いくら探しても盾どころか何もない。
「やっぱり、あんた私達を騙してたんじゃないの!?」
暫く探して何も見つからないからか、とうとう爪を突きつけミーシャはゴブリンを威嚇する。
「め、滅相もない!!」
「落ち着けミーシャ。焦ると何も……」
急に足元の床の石が崩れ俺だけが落ちてしまう。
目に染みる腐敗臭を感じ、小さな火球を手の平の上に出す。
明かりに照らされ、周囲に人影が浮かび上がった。
一人、二人……、いや、何人いる?
腐敗した身体。欠けた手足。身体中に残された無数の傷。
ゾンビだ。
その時だった。
「痛い、痛いよ……」
ゾンビの女から、悲痛な声が漏れた。
俺は攻撃する代わりに、女の身体へ治癒魔法を流し込んだ。
欠けていた肉が戻り、切断されていた手足が元の位置へ戻っていく。
身体に残っていた無数の傷も、一つ、また一つと消えていった。
やがて女は静かに膝をつき、その身体から青白い光が抜けていく。
「ありがとう、お兄さんは違ったね」
女性の声が聞こえると俺の意識は刈り取られるように遠退いて行く。
「どうしたんですか? 遺跡に入らないんで?」
ゴブリンが心配そうにこちら顔を覗き込んでいた。
「どうして外に。さっきまで遺跡の中にいたのに……」
「ラルクが、急に動かなくなって心配したぞ。腹空いたか?」
どうやら遺跡には入っていないらしい。先程、見たゾンビ達は何なのだろうか。
「ラルク何を持ってるの?」
ミーシャに言われて初めて右手にずっしりと重い何かを包んだ布を、握っている事に気付いた。
その場に座り込み、布を解く。
中から現れたのは、汚れ一つない美しい盾だった。
「……これが、血塗れの盾なのか?」
これが、言い伝えにある「血塗れの盾」なのだと理解した。
争いの中で、血と共に染みついた恨みや憎しみを、俺は図らずも洗い流してしまったのだろうか。
その礼として、あの者たちはこの盾を俺に託したのだろうか。
もし、あの時ゾンビ達を傷付けたら俺は狂い死んでいたのかもしれない。
「盾が手に入った様なので私はこれで……」
ゴブリンは脱兎の如く逃げ出した。
「追う?」
「いや良い。腹空いたから飯でも食うか」
「アウラもお腹ペコペコ。いっぱい食べるぞ」
遺跡を後にする時俺は心の中でゾンビ達の冥福を祈ると共に盾の礼をするのだった
誰かのありがとうが聞こえた気がしたが風の音にかき消されるのだった。




