穏やかな川の流れのように
潮風の匂いと船の汽笛の音で目を覚ました。
俺達は寂れた港町で三日程、体を休めていた。早めの朝飯に新鮮な魚介類のパスタを食べ、町の子供達の遊び相手をしてやったり、町の人達の荷物運びを手伝ってやったりしながらのんびり過ごしていた。
こういうあくせくしない生き方も悪くは無いなと考えていると、こちらに駆けて来る影が目に入る。
ミーシャと、アウラだった。アウラは、町の人間に警戒されぬ様に黒髪の背の低い少年に化けてもらっていた。
「ラルク。貴方に会いたいって人が宿で待ってるわよ」
「俺に会いに?」
レガリア王国からの刺客位しか思い浮かばないが、一応会いに行く事にした。敵ならば痛めつけて脅して帰せばいい。
宿の部屋に戻ると白髪の見知らぬ老人が、こちらに頭を下げる。
「ラルクさんでしたよね。奴隷商人の店に乗り込みを壊滅させた噂を聞きましたどうか私に、その力をお貸し下さい」
老人は頭を床に擦り付けるように頭を下げる。
「俺に何をやらせたいんだ? 先ずはそれだけ聞かせてくれ」
同情して簡単に首を縦に振ると後悔するかもしれない。こういう時こそ慎重に話を聞かなければいけない。
「私の息子を助けていただきたいのです。ホムンクルスの我が子を……」
「ホムンクルスと言えば人工生命体だったか? お前は錬金術師か?」
「今は亡き祖国ブラントでホムンクルス兵の実験をしておりました。あれは、酷いものでした……。人工生命体だからこそ粗末に扱われる彼らが不憫でなりませんでした……」
それだけ語る老人は、憔悴しきっているようだった。何が行われたかは分からないが、語れぬ程の悲劇を見てきたのだろう。
「そのホムンクルス兵の一人があんたの子供なのか?」
「はい。その子、グレイはある意味失敗作でした。非力な上に感情を持って生まれてしまったのですから。兵として成果を上げられず廃棄される日にこっそり家に連れ出したのです。にこにこ笑う穏やかで優しい子でした」
「優しい子でした? グレイに何が起きた?」
「魔力が暴走して暴れ出したのです。家の地下に閉じ込めて来ましたが、あのままでは壊れてしまう。どうかあなたの力を貸して下さい!!」
やり方は分からないし、やれるかは分からなかった。
だが、心が揺さぶられた。それだけで、目の前の老人を助けたくなったのだ。
「やれるだけはやってやるよ。爺さん案内してくれ。アウラ、ミーシャ行くぞ!!」
爺さんが用意していた小さな馬車に俺達は乗り込む。
「ブラントの錬金術師なんて信頼出来ないわ。引き返しましょう」
俺の隣に座るミーシャが馬を走らせる老人に目をやりながら声を潜める。
「ブラントはどんな国だったんだ?」
「小さな王国だったんだけど、ホムンクルス兵であちこちの王国に戦争を仕掛け領土を広げようとしてたの。でも、ホムンクルス兵の暴走で滅びてしまったわ。ホムンクルスはそれだけ危険なのよ」
ブラントの王国の奴らは無機質な命を使い捨てにして挙句の果てに自滅とは自業自得だろう。
だが、この爺さんは違う気がした。
逃げたきゃホムンクルスを置いて逃げれば良いのにわざわざ助けを求めて来たのがその証拠だろう。
「俺は信じる。裏切られたら俺の見る目が無かったって諦めるさ」
俺が笑ってみせるとミーシャは諦めた様子であった。
「何か来る! 伏せろ!!」
アウラが叫ぶと同時に馬車の屋根辺りが吹き飛ぶ。
馬車の外には小柄の灰色の髪の少年が狂ったように笑いながらへし折ったクスノキの枝をこちらに投げつけていた。
「あれが例のホムンクルスか。……何処が非力なんだよ。元気があり余ってるじゃねえか」
「私が引き付けておくから、ラルクはその隙にどうにかして」
ミーシャが駆け出す前に爺さんは、グレイの前に飛び出す。
「止めてくれ、グレイ。誰も傷つけないでくれ。お前は優しい子だろ? さあ、家に戻ろう」
爺さんの差し出した手を掴みもせず、グレイの拳は老人の脇腹にかって振り下ろされていた。
寸での所でミーシャが腕を叩き落とし、直撃は免れたが爺さんの脇腹から薄っすら血が滲んでいた。
「よくやったミーシャ。後は俺がやる」
魔力が暴走しておかしくなったのなら、その魔力を散らしたら良くなるだろうと考え俺は右手でグレイの額に触れる。
氷みたいな冷たさを感じながら、グレイの心臓の近くに有る魔力の源を感知し、そこだけに向けて破壊の魔力を流し込む。
するとグレイは、笑うのを止めて膝から崩れ落ちるように倒れた。
「僕は何を? お父さんは何処にいるの?」
不安そうにグレイは必死に俺の手を掴む。
「おお、グレイ。治ったんだな。これからまた一緒に暮らせるんだな」
ミーシャに応急処置をされた爺さんはグレイの側に寄る。
だが、グレイの瞳には爺さんが映っていない。
「どうしたグレイ? 私はここにいるよ。グレイ!!」
俺は爺さんの腕をグレイに握らせる事しか出来なかった。
「お父さん、ここに居るんだね。お父さん今までありがとう。僕は、もう命が尽きてたみたいで悪い魔力に無理矢理生かされていたんだ。もう一緒に居られないけど、ずっと、あいして……」
グレイは言い終わる前に目を閉じ、何も言わなくなった。
爺さんの慟哭だけが暫く辺りに響いていた。
翌日港町を去ろうとする俺達の前に爺さんは姿を、見せた。
「迷惑をかけました。これを持って言って下さい」
渡されたのは銅貨の詰まった革袋だった。
「貰っていいのか? あの子は俺が殺した様なものだぞ?」
「操られて生きる事はあの子は望まなかったでしょうし、最後は優しいグレイのまま天国にいけたのだからあの子も本望でしょう。貴方はやる事をやっただけです。それではお元気で」
老人は頭をこちらの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
何とも言えぬ嫌な気分だけが残されていた。
「ラルクは悪い事してないぞ。死んだホムンクルスもあのまま死んでたら魂が魔力で穢れて消滅してたけど、ラルクが魔力の源を壊したから魂が穢れきらなかった」
間違って無かった。理解しても重苦しい感じは消えなかった。
ミーシャは俺の手を静かに握っていた。 それが少しだけ救いだった。
少しずつ前を向かなければと俺は何時もの様に振る舞うふりをするのだった……。




