賢い魔物達
ぱちぱちと焚き火の爆ぜる音で、俺は目を覚ました。
辺りは暗く、周囲には木々が生い茂っている。
どうやら、森の中で野宿をすることになったらしい。
俺の額に誰かの手が触れていた。
それがイリアだと分かるまで、そう時間はかからなかった。
「イリア、何をしてるんだ?」
「意識が戻ったんですね。良かった」
焚き火の灯りに照らされたイリアの表情は、安堵に満ちていた。
「俺に何かあったのか?」
「町を出てしばらく歩いていたら、急にラルクさんが動かなくなって……。体も氷のように冷たくなっていくから、みんな心配していたんですよ」
イリアは俺の顔を覗き込む。
「でも、体温も戻ってきたみたいですし、もう心配はいらないようですね」
「迷惑をかけたみたいだな」
「いえ、迷惑だなんて思っていませんよ。ラルクさんが無事なら、それで良いんです」
そう言って、イリアは俺の手を握った。
その優しさに触れながら、俺は良い仲間に巡り合えたものだと、改めて感じていた。
そして、なぜ意識を失ったのかを考える。
ザイードとの戦いで、新たな力を生み出したからなのだろうか?
新しい力を生み出すには、それなりの代償があるのかもしれない。
これから新たな力を使う時は、少し慎重になったほうが良さそうだ。
「ラルク! 目を覚ましたのね!」
茂みからミーシャが姿を現すと持ってきた薪を落とし、寝そべっている俺の側へ駆け寄ってきた。
「もう! 具合が悪い時は、悪いって言いなさいよ!」
口調とは裏腹に、ミーシャは今にも泣き出しそうな顔をしている。
「悪かったよ。ごめんな」
俺がそう言ってミーシャの頭を撫でてやると、その瞳から雫がこぼれ落ちた。
「ラルクが死んじゃったら……私、生きていけないんだからね」
俺は何も言わず、ミーシャが落ち着くまで頭を撫で続けた。
「お、ラルク。目が覚めて良かったぞ」
すると、ドラゴンの姿をしたアウラがこちらへやって来た。
「ラルクはあまりご飯を食べないから、体調を崩すんだぞ。これでも食べて元気を出すんだぞ」
そう言って、アウラは口に咥えていた何かを俺たちの前に吐き出した。
それは気を失った乳牛だった。
「……お前、この牛をどこから持ってきた?」
俺が尋ねると、アウラは誤魔化すように笑った。
すると、その背後から声が聞こえてくる。
「オラ達の牛を返すだあ!」
どうやらアウラは、近くの農場から牛を盗んできてしまったらしい。
「アウラ! 今すぐ牛を返してこい!」
「でも、ラルクが……」
「俺はもう元気だから、心配しなくていい。早く行ってこい!」
まったく。俺は、おちおち寝込んでもいられない。
乳牛を返しアウラと共に農場の人達に頭を下げた後、俺達は焚き火の跡へ戻り、そのまま眠ることにした。
翌朝。森の中を歩いていると、前方に魔物の群れがいることに気がついた。
俺達は咄嗟に近くの茂みに身を隠す。
「ラルク、どうするの? 不意打ちしてやっつけちゃう?」
「悪い魔物とは限らないだろ。まずは様子を見よう」
魔物達は何やら話しながら、こちらへ向かってくる。
「さあ、皆さん。悪い人間が来る前に、お家に帰りましょうね」
先頭を歩いていたラミアが、後ろにいる魔物達へ語りかけた。
「はーい。でも先生、なんで人間は僕達魔物を見境なく襲うのかな?」
「それは、学がないからよ。言葉だけでは物事を何一つ動かせないから、暴力に頼るの。暴力で片付けたほうが簡単ですからね」
ラミアは優しく諭すように続ける。
「ですが、皆さんは賢い魔物なので、暴力は最後の手段に使いましょうね」
「分かりましたー。やっぱり先生は頭が良いな!」
ラミアの後ろにいる魔物達は、感心した様子で頷いている。
それを聞いて、ミーシャは不満げな顔をしていた。
「ラルクやイリアみたいな人間もいるのに、嫌な感じね」
「俺達だって、魔物は皆同じだと思ってるんだから、お相子だろ。何にでも腹を立ててたらきりがないぞ」
「ラルクがそう言うなら良いけど……」
ミーシャは納得しきれていないようだった。
自分のことよりも、仲間のことを馬鹿にされたほうが腹が立つのだろう。
「あ、これは……」
その時、イリアが魔物達のいた辺りに落ちていた帽子を拾い上げた。
「届けたほうが良いですよね」
「でも、人間を嫌ってたみたいだからな……」
それを聞くと、イリアは少し考えた後、
「ちょっと待っててください」
そう言って茂みの中へ隠れた。
数分後。イリアは前の町で買ったフード付きのローブを着込んでいた。
フードの辺りにドラゴンの顔が描かれているやつだ。
「これなら魔物の皆さんに警戒されませんね」
イリアを見つめるミーシャは、何とも言えない表情をしていた。
俺も同じような顔をしていただろう。
どう考えても、そんな簡単な変装で誤魔化せるとは思えない。
だが、自信に満ちたイリアに「無理だ」なんて言うのも酷な話だ。
「ま、まあ、落とし物を届けるだけだし、大丈夫だろ。駄目なら逃げればいいしな」
「そうですね。一刻も早く届けてあげましょう」
イリアはフードを深く被ると、張り切った様子で歩き出した。
魔物達の魔力を辿っていくと、やがて丸太で作られた柵に囲まれた場所へと辿り着いた。
柵の向こうには、魔物達の村か町があるのだろう。
俺達は村の近くにある大木へ身を隠し、イリアだけを向かわせることにした。
もしイリアに危険が及べば、すぐに飛び出せるよう身構えながら、彼女の動向を見守る。
「あの、落とし物を見つけたのですが、ここの住人のものではありませんか?」
イリアは、見張りらしきガーゴイルに帽子を見せた。
「あ、あんたは! おい、皆、来てくれ!」
ガーゴイルが声を上げると、十数体の魔物達がイリアを取り囲んだ。
「まずい!」
慌てて飛び出そうとした、その時だった。
魔物達はイリアに向かって、深々と頭を下げた。
「ドラゴン様、この村にお姿を見せてくださり、感謝します!」
「え?」
「そのシルクのような肌艶、間違いありません! 名だたるドラゴンの証でしょう!」
「い、いえ、あの……」
「さあ、こちらへ。折り入ってお話があります」
「え?」
「決して、貴方が訪れたことは口外いたしません。満足いただけるかは分かりませんが、お礼もさせていただきます」
「違うんです! ああ……」
イリアは困惑したまま、魔物達に連れて行かれてしまった。
俺達は、その場に呆然と立ち尽くす。
「……嘘だろ」
あんな子供でも見破れそうな仮装を、本物のドラゴンだと信じるとは。
この魔物達は、どれだけ純粋なんだ。
「ぼーっとしてる場合じゃないわ。イリアを助けに行かなきゃ!」
「そうだったな。でも、どうやって中に入ろうか?」
俺が悩んでいると、アウラが何かを差し出してきた。
「これで大丈夫だぞ」
それは、前の町でミーシャがアウラに渡したドラゴンの仮面だった。
「そんな馬鹿なことが……」
そう言いかけて、俺は口を閉じた。
……いや、この村の魔物達なら、いけるんじゃないか?
俺達は仮面を被り、村の入口へ向かった。
「伝説と言われたドラゴン様が他にもいたとは! さあ、こちらです」
にこやかに笑いながら、ガーゴイルが俺達を村へ案内する。
「もう少しで長老が来ますので寛いで下さい」
俺は仮面の奥でため息をついた。
本当に、この村の警備、大丈夫なのか?
俺は人間ながら、魔物達のことが心配になってきた。




