信じる故の弱さ
マスタードラゴンは、俺達の目の前に一枚の扉を出現させると、自らの手で扉を開いた。
「我らはお主達のことを見ておるからな。恥ずべき行動をせぬよう、心がけよ」
「分かってるよ。爺さんも、ドラゴン達を正しく導いてやれよ」
俺はマスタードラゴンに手を振り、扉を潜る。
次の瞬間、俺達は町の広場に戻ってきていた。
「さっきまで私達、ドラゴンの世界にいたのよね? 何だか実感が湧かないわ」
あまりにもあっさり帰ってこられたせいか、ミーシャは少し不安そうな顔をしている。
「俺もだよ。でも、これがあるから現実だったんだよ」
俺は首から下げた青い笛をミーシャに見せる。
「そうよね。竜の庭園への道を開くために、頑張らなきゃね!」
ミーシャが張り切る一方で、アウラはため息をつき、俯いていた。
それを見たイリアが、アウラの隣に寄り添う。
「お母さんとお父さんに会いたかったんですね。でも、大丈夫ですよ。いつかまた会える機会が……」
「あの木の実、もっと食べれば良かったぞ……」
「え?」
イリアは目を白黒させる。
「木の実、ですか?」
「あの酸味と甘味が完璧な果物は、この世界にはないぞ。ああ、竜の庭園にまた行きたい
イリアは何とも言えない顔でアウラを見る。
やっぱり、アウラは食い気なんだな。
俺は苦笑した。
ギルバートが何かおかしな真似をすれば、ドラゴンを呼んでみよう。
その時、ギルバートはどんな反応をするのだろうか?
そんなことを考えていると、懐が光った。
以前、ザイードからもらった指輪だった。
指輪から魔力が溢れ出し、俺の身体を包み込んでいく。
強制的に転移させようとしているのだろう。
「ラルク!」
ミーシャが叫ぶ。
「俺に触れるな! 何があるか分からないからな。アウラ、ミーシャ達を守れ!」
俺が言い終えるのを見計らったように、身体が光に包まれる。
次の瞬間、俺はどこかへ転移させられていた。
俺が連れてこられたのは、円形の石壁に囲まれた場所だった。
まるで闘技場だな。
そう思っていると、眼鏡を拭きながらザイードが俺の前へ歩いてくる。
「ラルク殿、お久しぶりです。人間の世界で竜の匂いが強くなったようですが……心当たりは?」
「竜の庭園に行って、僅かに道を開いてもらった。いずれ、完全に開いてもらえることになるかもな」
ザイードは眼鏡をかけ直す。
そして黒い球体をいくつも生み出し、俺を取り囲んだ。
「ならば、完全に閉じるように言ってください。そうしなければ、貴方は死ぬことになります」
「アシュリーの恩人である俺を殺すのか?」
「恩人だからこそ、警告しているのです。そうでなければ、問答などせずに殺していますよ」
ザイードの目つきが鋭くなる。
「さあ、どうしますか?」
その眼差しに迷いはない。
返答次第では、本気で俺を殺すつもりなのだろう。
「竜の庭園への道は閉じない。何と言われようとな」
「ラルク殿……残念ながら、貴方をギルバート様に仇なす者と認識しました」
ザイードが手を掲げる。
「塵芥となって消えてしまいなさい」
黒い球体が高速で迫ってくる。
「くっ!」
寸前で身体を捻ってかわす。
だが、僅かに触れた服の袖が消滅した。
当たれば、ただでは済まない。
「だったら、こいつはどうだ!」
俺は光の球を放つ。
しかし、黒い球体にぶつかっても何の効果もない。
「その程度ですか、ラルク殿?」
ザイードが冷たく言い放つ。
次の瞬間、黒い球体が倍近くに膨れ上がった。
それだけではない。
速度まで増している。
避けきれない。
そう思った時、また勇者サキの声が聞こえた。
「エンペラードラゴンは無限の力を秘めてるって言ってたでしょ?」
「サキ……?」
「エンペラードラゴンの力を使って、新しい可能性を生み出してみようよ」
何を言っているのか、いまいちピンとこない。
だが、やるだけやってみよう。
新しい可能性を生み出す。
俺は全身に魔力を集中させた。
次の瞬間、俺の身体から、ザイードの魔術とは比べ物にならないほど濃密な黒い魔力が溢れ出した。
魔力は俺の身体を覆い、漆黒の鎧へと姿を変える。
「そんな鎧では、私の魔法は止められませんよ」
黒い球体が俺の身体に触れた。
その瞬間、黒い球体が、穴の空いた風船のように縮んでいく。
ただ縮んだわけではない。
俺の魔力へと吸収されたのだ。
「いくらでも攻撃しろ」
俺はザイードを見据える。
「お前に俺は倒せない」
「ば、馬鹿な……。こんなことが……」
ザイードは膝を突いた。
俺はゆっくりと歩み寄る。
「バロックはギルバートに操られていた。そのバロックが何をしたのか、思い出してみろ」
「町で暴れアシュリー様の命を狙った」
ザイードの顔が青ざめていく。
「まさか、間接的に、アシュリー様を殺そうと……」
「そこまでは断定できない。だが、アシュリーを危険にさらしたのは間違いない」
俺はザイードを睨む。
「それでも、お前はギルバートに仕えるのか!」
ザイードは動揺していた。
心優しい魔王だと信じ、付き従っていたギルバートが、その娘であるアシュリーを危険にさらしていた。
その現実を、受け止めきれないのだろう。
「……それは、あなたの戯言に過ぎない」
「馬鹿野郎!」
現実を受け入れようとしないザイードの頬を、俺は殴りつけた。
「ギルバートに仕えるか、仕えないかは好きにするといい」
俺は拳を下ろす。
「だが、自分で現実を見ないふりはするな。本当に守りたいものを、守れなくなるぞ」
「うう……」
ザイードは低く唸るような声を漏らした。
俺の言葉が、少しでも届いていればいいが……。
俺は転移魔法を使い、アウラ達の元へ戻った。
「ラルクさん! 何かあったんですか?」
心配そうな顔をするイリアに、俺は笑ってみせる。
「何もなかった。皆で昼飯でも食うか」
「アウラは肉食うぞ!」
アウラは嬉しそうに飛び跳ねる。
「本当に大丈夫?」
ミーシャが尋ねる。
「ああ、大丈夫さ」
俺は頷いた。
「大丈夫だよ」
俺達は騒がしい盛り場へ向かって歩き出した。




