貪る暗闇
先程からイリアの姿が見えないと思っていたら、イリアは一匹の緑色の鱗を持つドラゴンに手をかざしていた。
「どうしたんだ、イリア?」
「このドラゴンさんは病気で肺が弱っていて、上手く火を吹けないようだったので治療していたんです。さあ、ゆっくり息を吐いて……」
緑色の鱗を持つドラゴンは、言われるままにゆっくりと息を吐き、そして吸う。
すると、ドラゴンの口から、小さな火がぽっと灯った。
ドラゴンは嬉しそうに喉を鳴らすと、感謝するようにイリアへ頭を擦り付けた。
「ふふ、良かったですね」
嬉しそうにドラゴンの頭を撫でるイリアを見ながら、俺は考える。
このドラゴンのように、救いを求めているドラゴンが他にもいるかもしれない。
それなら、イリアを古の魔物退治に連れて行かない方がいいかもしれない。
「俺達はちょっと出かけてくる。イリアは、ここで待っていてくれ」
「はい、分かりました。私は他に困っているドラゴンさんがいないか、見て回りますね」
イリアは笑顔で手を振る。
「ああ、頼んだ」
俺達はイリアと別れ、マスタードラゴンに案内を頼んで古の魔物退治へ向かう。
しばらく歩いた先にあったのは、大きな穴だった。
「ここじゃ。この下に古の魔物がおる」
穴の中を覗き込む。
だが、魔力のようなものは何も感じない。
「本当に魔物がいるのか?」
「この悪食の魔窟には魔封じの術式が施されておるからな。感知出来んのじゃろう」
「悪食の魔窟? 物騒な名前がついてるんだな」
「生きて帰った者はおらんからな」
マスタードラゴンは穴の奥を見つめる。
「どうする? 止めるなら今じゃぞ」
試すような目で、俺達を見る。
「ラルクが逃げ帰るわけないじゃない。何が何でも行くに決まってるじゃない。ね、ラルク」
ミーシャが俺の顔を覗き込んでくる。
「ああ。ミーシャも俺の事分かってきたな」
俺が笑って返すとミーシャは照れ臭そうに笑った。
生きて帰った者が居ないなら俺達が初めて生きて帰った者になってやる。
俺達は悪食の魔窟へと飛び込んだ。
数秒も経たないうちに、俺達は何の衝撃も受けず地下へと辿り着いた。
「……何ともないな」
落下した獲物を傷つけないために、魔物が何か細工を施しているのかもしれない。
「ラルク、血の臭いがするぞ。気を引き締めて進むんだぞ!」
アウラが鼻を動かしながら周囲を警戒する。
進もうにも、辺りは真っ暗で何も見えない。
「ちょっと待て。今、明るくするから」
俺は手のひらに魔力を集め、光球を作り出す。
光球が周囲を照らした瞬間、辺り一面に、大きな骨が散乱しているのが見えた。
どれも普通の動物とは比べ物にならない大きさだ。
骨格からして、ドラゴンのものだろう。
「ドラゴンの骨か?」
俺は思わず息を呑んだ。
この魔窟には、ドラゴンを捕食する魔物がいるのだろうか。
そう考えると、背筋に冷たい汗が流れた。
「ラルク……」
怖いのか、ミーシャが俺の袖を掴む。
「俺から離れるなよ」
「うん」
俺の命に代えてでも、ミーシャだけは守らなければならない。
そう考えていた、その時だった。
俺の眉間に向かって、一本の矢が飛んでくる。
「!」
瞬時に腕を振り、矢を叩き落とす。
なるほど。
相手は姿を消せるらしい。
「アウラ、おかしな臭いはしないか? そこに向かって思い切り火を吹きかけてやれ!」
「分かったぞ!」
アウラが大きく息を吸い込む。
次の瞬間、凄まじい炎が天井へ向かって放たれた。
「ぎゃっ!」
獣のような叫び声が聞こえる。
だが、姿は見えない。
「やっつけたのか?」
「まだだぞ。どこかに逃げたみたいだ。臭いまで消したみたいだぞ。面倒だな」
確かに面倒な相手だ。
だが、自らの姿を消し、臭いまで消すだけの魔物ごときに、ドラゴンがやられるだろうか?
古の魔物には、まだ隠された力があるのかもしれない。
俺は密かにミーシャの身体に炎の障壁を纏わせる。
これで不意打ちを受けても、ミーシャだけは守れる。
さらに奥へ進む。
するとガリゴリと何かを齧る音が聞こえてきた。
「何だ、この音……?」
音のする方へ進んでいく。
やがて光球の明かりに照らされ、何かが見えてきた。
無数の、手のひらほどの黒い塊。
それぞれがフードのようなものを被り、地面に落ちた骨らしきものを齧っている。
「ひぃっ!」
ミーシャの小さな悲鳴に反応して、黒い塊たちが一斉にこちらを向いた。
「来るぞ!」
黒い塊が一斉に俺達へ向かってくる。
「くっ!」
俺は雷の魔力を放つ。
だが、いつもなら一撃で吹き飛ばせるはずの魔術が、ほとんど力を発揮しない。
魔窟に施された魔封じの術式のせいか?
考える暇もなかった。
黒い塊が一気に迫り、俺の身体を包み込む。
「ラルク!」
ミーシャの声が遠ざかっていく。
痛みはない。
ただ、何もない空間へ放り出されたような静寂だけがあった。
そして、少しずつ身体から熱が奪われていく。
意識まで遠ざかっていくようだった。
死。
その言葉が、頭をよぎる。
だが、不思議と焦りはなかった。
このまま静かに消えていくのも悪くない。
そんな考えが浮かんだ、その時――
「駄目よ! 貴方はまだ死んじゃ駄目!」
誰かの声が聞こえた。
「待ってる人がいるでしょ!」
待っている人……?
ミーシャの顔が浮かぶ。
続いて、アウラ、イリア。
そして、父さんと母さんの顔も。
俺は拳を握る。
「俺がこんなところで倒れたら、ミーシャが悲しむ」
身体に力を込める。
「死んでる場合じゃない。ミーシャを安心させるためにも、早くこいつをぶちのめしてやらないとな!」
その瞬間俺の身体から、凄まじい雷が迸った。
黒い塊が弾き飛ばされる。
俺だけの力じゃない。
勇者サキも力を貸してくれているのだろう。
「感謝するぜ、勇者様!」
俺は雷の魔力を一点に集中させる。
やがて、それは巨大な大剣の形へと変わった。
「これで終わりだ!」
雷の大剣を振り抜く。
凄まじい閃光が魔窟を照らし、黒い塊は雷に焼かれて消えていった。




