伝説と呼ばれる者
「何だ、ここは?」
気づくと、俺は白い空間の中にいた。
「初めまして……だね」
いつの間にか、一人の少女が俺の前に立っていた。
その少女の顔には見覚えがある。
不滅の棺に入っていた、魂を失った勇者――サキだ。
「勇者様が、わざわざ会いに来たのか?」
「私の意思というよりは、私の魂が君に寄っていったって感じかな」
サキは少し困ったような顔をする。
「魂って、理性があまり利かないんだ。楽しいことや面白いことが好きな私の気持ちそのままに、行動しちゃうみたい」
「魂だけになると、自由に動くこともできないのか」
随分と不便なものなんだな、と俺は思った。
「誰がお前から魂を抜いたんだ?」
「あんまり覚えていないんだ」
サキは少し考えるように首を傾げる。
「誰かにお茶会に誘われて、紅茶を飲んでいる最中に、背中から何かで切られて……気づいたら、こうなっていたの」
「背中から……?」
「うん。女神様の加護で、大抵の攻撃は防げるんだけど、その攻撃だけは防げなかったんだ。本当にびっくりしたよ」
加護を打ち破るほどの力か。
あるいは、特殊な武器でも使われたのだろうか。
相手は相当、頭の切れる奴なのかもしれない。
「あ、もう時間切れみたい」
サキの身体が淡く輝き始める。
少しずつ、その姿が透き通っていく。
「リンドバーグが、お前を心配していた。何か伝えることはあるか?」
「リンドバーグ?」
サキは少し考えた後、ぱっと顔を輝かせた。
「ああ! 釣り好きの戦士さんだね。また一緒に釣りしようって伝えておいて」
「ああ、伝えておくよ」
釣り好きだった戦士が、今では領主をやっている。
それを知ったらサキは驚くだろう。
だが、それは肉体に魂が戻ってから、自分の目で確かめさせた方がいいだろう。
「じゃあね、ラルク」
サキの姿が、さらに薄くなっていく。
「……また、会おう」
そう言い残して、勇者サキは消えた。
それと同時に、俺の意識も少しずつ遠のいていった。
「ラルク、いつまで寝てるの! お昼になっちゃうわよ」
ミーシャの声で、俺は目を覚ました。
「あれ、俺寝てたのか?」
「びっくりしたわよ。踊ってる最中に寝ちゃうんだから。私とアウラで宿まで運んだのよ」
「悪い、迷惑かけたな」
踊っている最中ということは、あの光の玉が俺の中に入った時だろうか。
なら、あの夢はただの夢ではなかったのかもしれない。
今、俺の身体には勇者サキの魂が入っている。
すぐに肉体へ魂を戻してやった方がいいだろうか?
「ラルク、お昼近いけどデザート食べに行かない?」
「前にも言ったが、俺は甘いものはあまり……」
断ろうとした、その時だった。
「デザート!? 行く!」
「……え?」
口が勝手に動いた。
「やけに乗り気ね。じゃあ行きましょう」
「いや、だから……一杯食べちゃうんだから」
何かがおかしい。
もしや、俺の中にいる勇者サキの魂が暴走しているのか?
一体、俺は何をやらされるんだ。
冷や汗が止まらなかった。
ミーシャに案内されてカフェへ向かうと、俺はメニューを上から下まで眺め、次々と注文していた。
「ラルクが、こんなに甘い物好きだったなんて知らなかったわ。今まで我慢してたのね」
「だから……そうなの! ずっと我慢してたの!」
いくら抵抗しても無駄なのだろう。
こうなったら好きにしてくれと、俺は諦めた。
運ばれてきたババロアやプリン、ゼリー、アイスを、俺は一心不乱に食べていく。
「美味しそうに食べるわね。私もプリン追加で」
ミーシャはアイスを食べながら、鼻歌交じりに追加の注文をする。
そんなミーシャの楽しそうな顔を見ることができたのだから、勇者サキの魂に振り回されるのも悪くはないか。
――その時だった。
店の外が急に騒がしくなった。
外に目をやると、巨大な黒いドラゴンが民家を破壊している。
だが、俺にはそれが本物のドラゴンではないと分かった。
ドラゴンにしては魔力が貧弱すぎる。
それに、鱗の形もどこか歪だった。
止めなければ。
そう思うより先に、俺の身体が動いていた。
カフェの外へ飛び出した瞬間、俺の身体は地面を蹴る。
一瞬でドラゴンの頭上まで跳び上がっていた。
「うおっ!?」
驚く俺をよそに、身体が勝手に動く。
空へ向かって手をかざす。
すると、無数の光の剣が空中に現れ、一斉にドラゴンへと降り注いだ。
光の剣はドラゴンの身体を切り裂き、その姿を一瞬で消し去った。
「これが……勇者サキの力か」
凄まじいものだな。
俺が感心していると、町の人々から大きな歓声が上がった。
「俺は何もしてない。礼を言うなら、勇者サキにしてくれ」
そう言ってミーシャの元へ戻ろうとした時、先ほどドラゴンがいた辺りに、ゼリーのようなものが落ちているのが見えた。
いや、ゼリーではない。
スライムだ。
こいつがドラゴンに化けていたのだろう。
俺はスライムを摘み上げる。
「お前、なんでドラゴンのふりをして暴れたんだ?」
「い、命だけは……! ドラゴンを慕うこの町の人々に、ドラゴンは危険な存在だと思わせて、ドラゴンを嫌わせようとしたんです。そうすれば、ドラゴンも人間を完全に見放して、二度と竜の庭園が開くことはないと、ギルバート様が……」
そこまで言ったところで、スライムの身体が突然消滅した。
いや、蒸発した。
口を滑らせれば死ぬような魔法でも、あらかじめ掛けられていたのだろう。
魔王ギルバート。
奴は、ドラゴンを人の世に来させたくないらしい。
なら、俺が直接、竜の庭園へ行って交渉してみるか。
それが上手くいった時、ギルバートがどんな顔をするのか。
想像すると、俺は思わずほくそ笑んだ。




