かけがえの無い友よ
日が暮れ、辺りは暗くなり始めていた。
「こんな真っ暗で、祭りなんてできるのかしら?」
ミーシャが不安そうに呟いた、その時だった。
拳ほどの大きさをした蛍のような光がいくつも浮かび上がり、辺りを照らし始める。
「わぁ、素敵」
ミーシャとイリアは、図ったように声を揃えると、お互いの顔を見て笑った。
近くには、ローブを着た数人の魔術師たちがいる。
恐らく、この日のために雇われた魔術師なのだろう。
町の人々は老若男女を問わず、ドラゴンの仮面を被って通りを練り歩いている。
ドラゴンを模した装飾品を並べた露店では、商人たちが道行く人々に声をかけている。
手拍子に合わせて歌い、踊る者もいた。
「この町の連中は、ドラゴンが好きなんだな」
「ドラゴンは格好良くて、頭も良いから当たり前だぞ」
アウラは誇らしげに胸を張る。
「はは、そうだな。アウラは格好良いもんな」
そう言って俺がアウラの頭を撫でてやると――
「うるる!」
嬉しそうに喉を鳴らし、アウラはドラゴンの姿へと戻ってしまった。
「アウラ! こんな町中で変身したら駄目よ!」
慌ててミーシャがアウラを隠そうとする。
だが、町の人々は驚くどころか歓声を上げた。
「素晴らしい変身魔法ですね! まるで本物のドラゴンみたいです!」
「あはは……そ、そうなんだ。アウラはドラゴンが好きで、よく変身してるんだ」
「アウラは本物のドラゴンだぞ……むぐぅ!」
ミーシャが慌ててアウラの口を手で塞いだ。
「黙ってなさい、あんた! 騒ぎになったらどうするのよ!」
どうにか誤魔化せたなと、俺が安堵していると――
少し離れた場所から、先ほど出会った少年がこちらを眺めていた。
「ミーシャたちは祭りを楽しんでてくれ!」
「ちょっと、ラルク!」
俺は少年の後を追った。
話を聞きたかった。
なぜ、本物のドラゴンであるあいつが、人間のふりをしてこの町にいるのか。
少年は人通りの少ない薄暗い道へ入り、その先にある教会のような建物へと入っていく。
俺も後を追って中へ入る。
「あなたですか。僕に何の用ですか?」
少年が教会の講壇の前で歩くとえ俺の方へ振り返った。
「お前、ドラゴンなのになんで人のふりをしてこの町にいるんだ? 何か目的があるんだろ」
少年は黙ったまま、青いドラゴンの姿へと変わる。
そして、その大きな顔を俺の目の前まで近づけた。
「人を騙して、食らうためだと言ったらどうしますか?」
「その時は、お前を倒すだけさ」
俺は少年の目を真っ直ぐ見つめる。
「でも、違うだろ? お前は、そんな低俗なドラゴンには見えないからな」
少年は可笑しそうに笑った。
「面白いお兄さんだ。いいでしょう。僕の目的を話しましょう」
青いドラゴンは、再び少年の姿へと戻る。
「僕は見定めているんです。ドラゴンと人が、共存できる道があるかを」
この少年は、可能性を握っている。
かつて、王族の身勝手な振る舞いによって絶やされてしまった、ドラゴンと人が共に歩む道。
その道を再び開くことができるかどうかを、彼は見定めているのだ。
「それで、お前から見て共存はできそうだと思うか?」
「……現状では難しいですね」
少年は少し寂しそうに答えた。
「この町の方のような人ばかりではありませんから。ドラゴンを恐れるだけなら、まだいいんです。問題は、ドラゴンを利用して世界を手に入れようと考える、権力を持った馬鹿な連中が多いことですよ」
少年は深いため息を吐いた。
この様子では、竜の庭園への道が再び開かれるのは、まだまだ先になりそうだ。
「間違いのないように、しっかり役目を果たしてくれ。お互い、悲しい目に遭わないようにな」
「ええ、もちろんです」
少年は、にっこりと笑った。
「じゃあ、俺は行くぞ」
「あ、一つだけ頼みたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「まずは話だけ聞かせてくれ。やるかどうかは、それからだ」
「お願いというのは……」
少年から頼まれたことを済ませ、俺はこの町の竜の庭園へ続く大きな門の前に来ていた。
その前には、一人の老人がいた。
老人は扉に手を当て、目を閉じている。
「クロスさんっていうのは、あんたか?」
「はい。クロスは私の名ですが……あなたは誰でしたかな? この年になると、人の顔を思い出すのもやっとでして」
朗らかに笑いながら、クロスは頭を掻いた。
「これが初対面だから気にするな。それより、何をしていたんだ?」
俺が尋ねると、老人は愛おしそうに門を撫でた。
「かつての友が、またこの門を潜ってやって来ないかと待っているんですよ」
老人は懐かしむように目を細める。
「『またね』と言って別れてから、もう五十年も会っていない友にね。開門祭も、賑やかな歌や踊りにつられて、その友がやって来てくれるかもしれないと思って始めた祭りなんです」
「……その友達から、伝言を預かっている」
クロスが顔を上げる。
「どうやってそいつに会ったかは、聞かないでくれよ」
俺は少年から預かった言葉を伝える。
「『待たせてすまない。時が来たらまた、空の上で遊ぼう。酸っぱいアップルパイを齧りながら』」
短い伝言だった。
だが、その主が誰なのか分かったのだろう。
クロスは驚いた顔をした後、目を潤ませた。
「ジオに会われたのですね。元気そうでしたか?」
「ああ。大事な役目を果たすために、頑張っているよ」
「そうなんですね……」
クロスは門を見上げる。
「ジオが戻って来るまで、私も頑張らなければ」
その目には、先ほどまでにはなかった活気が宿っていた。
長年会えなかった友が無事でいる。
それを知っただけで、老人の中に再び力が湧いてきたのだろう。
「ドラゴンと人が生きやすい町づくりに努めていれば、きっと戻って来てくれるさ」
「これから、ますます頑張りますぞ!」
張り切るクロスと別れ、俺は空を仰いだ。
「ジオ、これで良かったか?」
返事はない。
ただ、強い風が俺の横を通り過ぎていく。
俺は、それをジオの返事だと思うことにした。
軽い足取りで町の広場へ戻ると、踊っているミーシャたちと合流する。
「待たせたな」
「何やってたのよ、ラルク。まあいいわ。一緒に踊りましょう」
笛の音と歌声に合わせて、俺も踊る。
いつかこの町に、様々なドラゴンたちが混じって祭りを楽しむ日が来る。
そんな光景を想像して、俺は密かに笑った。
その時だった。
俺の近くに、一つの光る玉が近づいてくる。
「あなたといれば、楽しいことが起こりそうね」
光の玉は、俺の中へと入っていった。
しかし、何も変化はない。
俺は首を傾げたものの、特に気にすることなく踊り続けるのだった。




