純粋な心
少女の発言が気にかかったが、俺達は一旦、少女と別れることにした。
心の中にいた存在が力を持ち、誰かに危害を加える。
そんな話は、どうにも信じられなかった。
だが念のため、少女の腕におかしな魔力の流れがあれば俺に伝わるよう、簡単なまじないだけは掛けさせてもらった。
「……はい、分かりました。ラルクさん、アビーさんと揉めていた人がいるそうです。その方に話を聞いてみましょう」
乗組員は通信魔法で誰かと話し終えると、俺に目を向けた。
「成り行きで手伝っているが、俺達がそこまでやる必要があるのか? 探偵じゃないんだぞ?」
「そんな殺生な! 報酬も出しますし、ルームサービスも全部無料にしますから、お願いしますよ!」
乗組員は半泣きになりながら頼み込んでくる。
「ラルク、ルームサービス無料ならやった方がいいぞ! 美味い物が食べ放題だぞ!」
アウラは鼻息を荒くし、興奮した様子で俺の肩を掴んだ。
「まったく。やるよ。やるから落ち着け」
俺はどうにかアウラを引き離した。
食べ物が絡むと手が付けられなくなる。
それがアウラの悪いところだ。
「私はミーシャさんの様子を見てきますね」
「ああ。気を付けて部屋に戻れよ。何かあったら俺を呼べ」
「はい!」
イリアと別れた後、俺は乗組員に案内され、飛行船のバーへ向かった。
そこでは、一人の老人が酒を飲んでいた。
「何だ? 俺に用でもあるのか?」
相当飲んでいるのか、老人はとろんとした目をこちらに向ける。
「マクガイアさんですね。一時間ほど前に、アビーさんと揉めていたのは貴方ですよね?」
マクガイアはしばらく考えていたが、突然笑い出した。
「揉めてたんじゃなくて、褒めてたんだよ。あんたの小説は最高だってな! 興奮しすぎて大声で話しかけてたから、勘違いさせたか。悪いな」
悪い奴ではなさそうだ。
それに、魔力もほとんど感じない。
マクガイアは白で間違いなさそうだ。
「爺さん、アビーに変な様子はなかったか? 何かに怯えているとか?」
「そんな様子はなかったな。ああ、でも何か探してたよ」
「何かを?」
「ああ。手伝おうとしたんだが、断られたよ」
何を探していたんだろうか? それが分かれば、一気に真相へ近づける気がした。
俺達はマクガイアに礼を言い、バーを後にした。
すると、乗組員が落ち着かない様子で辺りを見回している。
大きな手掛かりが見つからないうえ、今も飛行船の中には人を石化させた犯人が潜んでいる。
落ち着かないのも無理はない。
「ラルク、腹減ったぞ」
「食堂にでも行くか? 悪いが、捜査はまた後にさせてもらうぞ」
「待ってください! 一人にしないでください! お願いします、何でもおごりますから!」
乗組員は涙目になり、俺の服の裾を掴んだ。
俺達が乗組員を連れて食堂へ向かっていると、ミーシャがこちらへ駆け寄ってきた。
「イリアから聞いたわよ。人を石化させた犯人を探してるって」
「ああ。そうなんだ」
「アビーさんの大ファンなの、私。だから私も手伝うわ」
「そんなにアビーの小説は面白いのか?」
「ええ。ノンフィクション作品なんだけど、彼女が触れ合った人達との交流を優しい文体で書いているの」
ミーシャは嬉しそうに語る。
「特に人魚さんの話なんて、思わず泣いちゃったわ」
「人魚の話?」
俺は思わず聞き返した。
「ええ。とても素敵な話なの。アビーさんって、本当にいろんな人と出会ってきたんでしょうね」
「一応、確認のために聞くけど……アビーは相手を揶揄するような書き方をしたりしてないか?」
「変なこと聞かないで!」
ミーシャがむっとした顔をする。
「そんな書き方はしてないわ。アビーさんは、どんな相手にも敬意を払っているんだから」
「わ、悪い」
これ以上言うと手が付けられなくなりそうなので、俺は慌てて謝った。
だが、これで少女が犯人ではないことは、ほぼ間違いないだろう。
自分の目を治してくれる優しい相手を、わざわざ石化させる理由なんてない。
そう思った、その時だった。
「ラルク、危ないぞ!」
「え?」
突然、アウラに体当たりされ、俺はその場に倒れ込んだ。
その直後、俺の頭上を、青い光が通り過ぎていく。
光が当たった壁を見る。
そこには、見る間に石へと変わっていく壁があった。
「助かったよ、アウラ」
「ふふん! いつでも守ってやるぞ!」
アウラは胸を張り、得意げな顔をする。
「後は皆さんに任せます!」
そう言って逃げ出した乗組員の背中に、青い光が当たった。
「うわっ!」
次の瞬間、乗組員の身体が石へと変わっていく。
俺達は光が放たれた方向へ目を向けた。
そこにあったのは小さな青い石。
石からは、とてつもない量の魔力が溢れ出している。
その魔力には覚えがあった。
少女の眼帯の下から感じた、あの魔力の一部とよく似ている。
「ミーシャ、アウラ。あの石から離れろ!」
あの石がどうして人を襲うのかは分からない。
だが、今は考えている場合じゃない。
とにかく逃げるしかない。
「何なのよ、あの石! もう、こっちに来ないでよ!」
俺達は船内の廊下を走り回る。
「こっちです!」
突然、客室のドアが開いた。
罠かもしれない。
だが、考えている余裕はなかった。
「失礼する!」
俺達は部屋へ飛び込む。
すると、すぐに扉が閉められた。
「お前は……!」
俺達を部屋に入れてくれたのは、先ほどの少女だった。
「すみません」
少女は申し訳なさそうに俯く。
「多分、私のせいで襲われたんですね」
「どういうことなの?」
ミーシャが少女に尋ねる。
「あの石私の義眼なんです」
「あの石が?」
「はい」
少女は自分の失った右目に手を当てる。
「アイちゃんは、あの義眼をするようになってから現れたんです。きっと……アイちゃんは、あの義眼そのものなんです」
俺は黙って青い石の魔力を思い出す。
あれほどの魔力を持った石なら、意思を持っていても不思議ではないのかもしれない。
だが、それならなおさら疑問が残る。
「どうして、義眼がアビーを襲ったんだ?」
「分かりません」
少女は首を横に振った。
そして、決意したように顔を上げる。
「一度だけ機会をください。あの子と話したいんです」
少女の声には、恐怖よりもアイちゃんを心配する気持ちが滲んでいた。
「分かった。やってみろ」
「上手くいかなかったらどうするのよ! 逃げ場なんてないじゃない」
「その時は何とかするしかないだろ。失敗を恐れていたら、何もできないしな」
ミーシャをなだめてから、少女に向き直る。
少女は覚悟を決めたような顔で、力強く頷いた。
そして、ゆっくりとドアを開ける。
すると、青い石が静かに転がってきた。
石は少女の足元まで近づくと、青い髪の少女へと姿を変えた。
「アイちゃん! どうして人を襲うの? もう止めて!」
アイは意味が分からないといった様子で、不思議そうに首を傾げる。
「どうしてそんな困った顔をしてるの?」
そして、優しそうな笑みを浮かべた。
「全部、貴方のためよ?」
「私の……?」
少女――カノンが困惑する。
「そうよ。貴方には私だけがいればいいの」
アイの笑顔から、少しずつ優しさが消えていく。
「貴方に近づくものは、誰であろうと容赦しないわ」
「でも、アビーさんは私に優しくしてくれた……」
「だからよ!」
アイは声を荒らげた。
「あの女はカノン、貴方の心を満たしていた。貴方が彼女を慕うほど、私のことをどうでもいいと思うようになるんじゃないかって……怖かったの」
アイは悲しそうに顔を歪める。
「だから、石にしたの」
そして、再び狂気を感じさせる笑みを浮かべた。
「これからも私は石にする。貴方に近づくものを、全部!」
純粋な想いだったのだろう。
カノンを大切に思う気持ちが強すぎたからこそ、それは歪んでしまったのかもしれない。
「そんなアイちゃんは嫌いだよ!」
カノンは涙を浮かべながら叫んだ。
「アビーさんを元に戻して!」
「あはは……カノン。それは聞けないわ」
アイは笑い声を漏らす。
「見てて。この飛行船にいる人達を、みんな石にしてしまうから」
アイは再び青い石へと姿を変えた。
そして、周囲に向かって青い光を連射する。
「危ない!」
瞬時に俺とアウラは、ミーシャとカノンの前に障壁を張った。
青い光が壁や毛布、机へと次々に当たり、それらを石へと変えていく。
乗客だけじゃない。
このまま飛行船そのものが石化すれば、空を飛び続けることすらできなくなる。
そうなれば、乗っている全員が危険だ。
「カノン!」
俺は叫んだ。
「このままじゃ全員死ぬ! 皆を守るために、お前の友達を傷つけることになる。それでもいいか?」
カノンは黙り込んだ。
アイは、長年連れ添ってきた友達のような存在。
そんな相手を傷つけることは、自分自身を傷つける以上に辛いのだろう。
「カノン!」
ミーシャがカノンの手を取る。
「ラルクなら、アイちゃんを壊したりしない。だから、安心して任せて!」
「分かりました」
カノンは涙を拭い、頷いた。
「お願いします」
「ああ。助けてやるよ」
俺は青い石を見据える。
「アイも含めてな」
俺は石の周囲を闇の魔術で作った雲で覆い、青い光を遮断する。
「これで勝ったつもり!?」
アイは人の姿に戻ると、雲の中から飛び出してきた。
「食らいなさい!」
俺に向けて、手のひらから青い光を放とうとする。
俺は、それを待っていた。
「捕まえた」
その手に、魔力で作った手枷をはめる。
「何これ!?」
アイが驚いたように手を見る。
「力が出ない!」
「もう力は使わない方がいい」
俺は手枷に魔力を流しながら告げた。
「無理に使おうとすれば、お前の魔力は俺のものになる」
これなら、もう誰かを傷つけることはできない。
「うう、嫌だ、嫌だよ」
アイの目から涙がこぼれる。
「カノンが離れていく、私は捨てられるんだ……」
アイはその場に泣き崩れた。
「そんなの嫌だ……」
カノンはゆっくりとアイを抱きしめる。
「いなくならないよ」
「……カノン?」
「私の目が治っても、ずっと一緒だよ」
アイはしばらく黙っていた。
やがて、何かを理解したように小さく笑う。
「そっか……そうなんだ」
アイはそのまま、青い石へと戻っていった。
「ハム五十人前だぞ!」
「もう備蓄はありません! 勘弁してください!」
事件が解決すると、アウラは早速ルームサービスを堪能していた。
「アウラ、その辺にしてやれよ」
「なら、ソーセージ五十人前でいいぞ!」
このままだと、飛行船の食料を全部食い尽くしかねない。
俺は苦笑した。
「アビーさんの意識も戻ったみたいです。後遺症もないそうですよ」
アビーの様子を見に行っていたイリアが、安心したような表情で戻ってきた。
「カノンさんのことも咎めず、目の治療を手助けすると言っていました」
「それは良かった」
俺は胸を撫で下ろす。
「義眼に人格が宿って暴れ出すなんて、誰も思わないだろうしな」
そこへ、ミーシャが部屋に戻ってきた。
「ラルク、次の町はアクセサリーや装飾品で有名な町みたいよ」
「へえ」
「それに、報酬ももらえたんでしょ? 何か買ってよ」
「ああ。何が欲しい?」
「大きなダイヤの指輪がいい!」
俺は手で顔を覆った。
「勘弁してくれ……」
今日は石化事件で散々、石を見たばかりだ。
「石はこりごりだ」




