箱の中の蛇
飛行船は順調に空を進んでいた。
風魔法を使える乗組員が風の流れを読み、進路を調整しているらしい。
「いまさらだけど、こんなに大きな船がどうやって空を飛んでいるのかしら?」
ミーシャは甲板の中央を歩きながら、興味深そうに船を見回している。
「きっと、浮遊魔法の術式が組み込まれた動力を積んで、魔石で動かしているんじゃないか?」
俺は自分なりに考えて答えた。
あながち間違いではないだろう。
「お兄さん、それは旧式の飛行船の話だよ」
突然、近くにいた小太りの男が笑いながら話しかけてきた。
「この船は違うんだ。船自体に術式が刻まれていて、大気中の魔力を利用して飛んでいるんだよ」
「大気中の魔力を?」
「ああ。そのおかげで魔石の消費を抑えられる。運航コストも安くなるから、俺みたいなちょっとした小金持ちでも気軽に乗れるってわけさ」
「へぇー。おじさん、詳しいのね」
「それほどでもないさ」
男は照れくさそうに笑った。
「いきなり話しかけてすまなかったね。それじゃあ、二人で新婚旅行をゆっくり楽しみたまえ」
男はそれだけ言うと、何事もなかったように離れていった。
ミーシャの顔がみるみる赤くなる。
「えへへ私達、新婚さんに見えたのかな」
「そうかもな」
「じゃあさ……新婚さんぽくしようか」
そう言って、ミーシャは嬉しそうに俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「皆に見られてるぞ」
「良いの、良いの。ラルクは嫌?」
ミーシャは楽しそうに笑っていたが、ふと不安そうに俺の目を見る。
俺は答えなかった。
だが、ミーシャの好きにさせてやることにした。
「ミーシャ、ずるいぞ!」
突然、アウラが声を上げた。
「アウラもラルクと腕を組むぞ!」
そう言って、アウラは俺の反対側の腕に抱きついてくる。
「もう! アウラ、空気読んでよ!」
「ミーシャも腕を組んで欲しいのか?」
「そうじゃなくて……!」
「ほら、これで良いのか?」
アウラは俺から離れミーシャの腕に自分の腕を無理やり絡めた。
「……これじゃ全然、新婚さんぽくない」
ミーシャは、はあ、と大きなため息を吐いた。
夕食を終え、部屋で休んでいると、船内から悲鳴が聞こえてきた。
「何かしら?」
「俺が見てくるから大人しく待っててくれ」
ミーシャ達を部屋に残し、悲鳴の聞こえた方へ向かった。
そこには、駆けつけた乗組員達が集まっていた。
そして、その先にあったものを見て、俺は足を止めた。
そこには女性の石像があった。
まるで何かから必死に逃げようとしているかのような姿勢。
その顔には、ただの彫刻とは思えないほど切迫した表情が浮かんでいた。
「何があった?」
俺が近くにいた乗組員に尋ねる。
「それが、分からないんですよ」
乗組員は困惑したように首を傾げた。
「悲鳴が聞こえたので駆けつけたら、この石像があったんです。誰かが置いたんでしょうか?」
その時、一人の乗組員が石像の顔をじっと見つめた。
「この人、乗客の作家アビー・クラレンスさんにそっくりじゃないか?」
「え?」
「まさか、生きたまま石像にされたんじゃ……」
「馬鹿なことを言うな!」
別の乗組員が慌てて遮った。
「人間が石像になるわけないだろ!」
そう言い放ったものの、その顔には隠しきれない怯えが浮かんでいた。
誰も口を開かなかった。
ただ、目の前の石像だけが、何も語らずにそこに立っていた。
「ちょっと待っててくれ」
俺はイリアを呼び、石像を調べてもらった。
「これは、石化された人です。死にはしませんが、早く治した方が良いかもしれません」
それを聞いた乗組員の一人が、小さな悲鳴を上げた。
「治せるのか?」
イリアは首を横に振ると、重々しい口調で話し始めた。
「術者が簡単に石化の魔術を解除できないよう、細工をしているようです。無理に治そうとすれば、私まで石化してしまいます。術者本人に術を解かせるか……最悪の場合は、術者を倒すしかないでしょう」
俺は魔族の仕業なのかと考えた。
だが、最初からそうだと決めつけてしまえば、犯人を見落とす可能性もある。
「ありがとう、イリア。後は俺達に任せろ。あんた達はアビーの部屋と、彼女と接触した人達を調べてくれ」
「分かりました!」
二人の乗組員はすぐに駆け出した。
しかし、一人だけは怯えた顔でその場に立ち尽くしている。
「あのぅ……。アビーさんの部屋に行くの、一緒に行ってくれませんか? 何かいたら怖いじゃないですか」
「仕方ないな」
俺達は乗組員と一緒に、アビーの部屋へ向かうことにした。
すると、イリアも俺達の後についてくる。
「私も行きます。何かお役に立てるかもしれません」
「その代わり、しっかり用心しろよ。何がいるか分からないんだからな」
「はい」
こうして俺達は、石化したアビーの謎を探るため、彼女の部屋へ向かった。




