新たな謎
「木彫りの熊を預かれ? ……いいですけど、食いついたりしないですよね?」
「まあ、大丈夫じゃないか」
ゴブリンが机の上に置かれた木彫りの熊を指で突く。
すると、木彫りの熊が動き出した。
「やってほしいなら、指を一本一本食いちぎってやろうか! こうやってな!!」
木彫りの熊はゴブリンの指に食いつこうとしているらしい。
しかし、その口は動いていない。
傍から見れば、ゴブリンの指に頭を擦り付けているようにしか見えなかった。
「口は悪いけど、可愛い奴ですね。小さなゴーレム達も喜びますよ」
そう言って、ゴブリンは木彫りの熊を優しく撫でる。
中身が邪神だということは、伝えない方がいいだろう。
俺は空飛ぶ島へ来ていた。
邪神に聞きたいことはまだある。
だが、あまりにも騒がしいので、しばらくの間ここに預けておくことにしたのだ。
魔力を封じてあるから、ここでしばらく反省させて、少し大人しくなってからギルバートとどんな約束をしていたのかを聞けばいい。
それに、島で何か起きていないかも気になっていた。
「皆、上手くやれているか?」
「そうですね。ミアさんは皆の体調を気にかけてくれてますし、ラズベリルさんは小さい身体の割に仕事熱心で、植物の育成に励んでます。リズさんは、最初は文句を言ってましたが、定期的にイベントを開いて皆の交流を手助けしてくれてます。俺の手下達は強くなろうと、テオドールさんと手合わせしてます。ただ……」
そこでゴブリンの表情が曇った。
「リリスさんは、まだ上手く馴染めてないようです。あの一件以来、自分と一緒にいたら誰かを傷つけるかもしれないって恐れて、誰とも関わろうとしないんですよ」
「無理もないが、それだとリリス自身も辛いだろうな」
俺にも落ち度がある。
ギルバートを信頼して護衛を頼んだせいで、リリスを苦しませてしまった。
「そうだ。兄さんからリリスさんに、皆と関わるように言ってくれませんか?」
「言っても、リリスは聞くと思うか?」
「もちろん。兄さんのことは信用してるみたいですから」
信頼、か。
敵対していた時には、俺にそんな感情を抱くことなどなかっただろう。
リリスが記憶を取り戻さないことを、俺は密かに願っていた。
「分かった。言うだけ言ってみる。あまり期待するなよ」
「流石は兄さん。頼みましたよ」
ゴブリンに送り出され、俺はリリスの家へ向かった。
扉をノックすると、しばらくしてリリスが顔を出した。
「ラルク? 何か用?」
素っ気ない口調。
それでも、どこか嬉しそうな表情をしているように見えた。
「大分、元気になったみたいだな。皆とは仲良くなれそうか?」
敢えて何も知らないふりをして尋ねる。
最初から説教をしたところで、聞き入れてはくれないだろうと思ったからだ。
「えっと……その。私には必要ないから」
「違うんじゃないか?」
リリスの表情が戸惑いに変わる。
「本当は関わりたい。でも、自分と関わったせいで誰かが傷つくのが怖いんじゃないか?」
リリスは何も答えなかった。
図星だったのかもしれない。
「何があろうと、俺が皆を守る。だから、皆と話してみろよ」
「……皆、優しいの」
リリスがぽつりと呟いた。
「魔族の私にも分け隔てなく話してくれて……笑顔を向けてくれて……本当に優しいの」
その声が震える。
「穏やかな陽だまりの中にいるみたいで……心地いいの」
リリスの目に涙が浮かんだ。
「そんな皆が……消えてしまうのが怖いのよ!!」
リリスは涙を流しながら叫んだ。
そうか。
リリスは皆が大好きなんだ。
だからこそ、失うのが怖い。
大切なものを失うくらいなら、最初から遠ざけてしまおうとしていたのだ。
「消させやしない」
俺はリリスを真っ直ぐ見つめた。
「俺がいる限り。約束だ」
俺はリリスの小指を取り、自分の小指を絡める。
リリスは何も言わなかった。
ただ、静かに泣いていた。
俺は、リリスが泣き止むまで側にいてやることしか出来なかった。
「そろそろ行くぞ」
「……うん。会いに来てくれてありがとう。皆と色々話してみるわ」
穏やかな表情を浮かべるリリスを見て、もう心配はいらないだろうと俺は思った。
その時だった。
背筋を刺すような殺気を感じた。
「――何か来る!」
俺が身構えた瞬間、黒い刀身のようなものが鼻先を掠めた。
「ふん。流石はエンペラードラゴンの契約者か」
目の前に立っていたのは、四十代くらいの男だった。
黒髪に無精髭。
二メートルを超えるツヴァイハンダーのような大剣を構え、鋭い目で俺を睨みつけている。
「何をする!」
「問答をしに来たわけではない。存分に殺し合おう」
男は大剣を構え直した。
テオドールが動かないところを見ると、島の住人を攻撃するつもりはないらしい。
狙いは俺だけだ。
「……なら、やってやろうじゃないか」
男が大剣を振り上げる。
その巨体から繰り出される一撃が、俺の眉間目掛けて振り下ろされた。
俺は避けなかった。
迫り来る刀身へ向かって、握り拳を叩きつける。
轟音が響き、衝撃で俺の身体が揺れた。
男は勝ち誇ったように口元を歪める。
だが――。
次の瞬間。
刀身に亀裂が走り、黒い大剣は粉々に砕け散った。
「俺の勝ちだな」
「はははは! 愉快、愉快!」
男は砕けた剣を見下ろしながら、大声で笑った。
「この剣聖ラグナードを下すとは恐れ入った。リリスを攫うよう頼まれていたが止めにした」
「剣聖……?」
剣聖?
リリスを攫う?
あまりにも情報が多すぎて、すぐには頭が追いつかなかった。
「剣聖が、どうしてリリスを?」
「名前は言えん。魔族に魔剣をもらう約束で頼まれたのでな」
ラグナードは楽しそうに笑う。
「だが、俺はまだまだ未熟だった。また来る。その時は、また勝負してくれ」
それだけ言うと、ラグナードは空飛ぶ島の端へ走り、そのまま飛び降りた。
「……何者だったんだ、あいつ?」
本当に剣聖なのかも分からない。
だが、もしかするとギルバートが送り込もうとした、新たな刺客だったのかもしれない。
島の皆を守るためにも、警備を強化する必要がある。
「テオドール!」
「お呼びでしょうか?」
「どうして、さっきの男を排除しなかった?」
「私の力量を超えていましたから」
テオドールは申し訳なさそうに答えた。
「もし私が死ねば、この島は落ちてしまいます。ですから、何も出来ませんでした」
それなら責めることは出来ない。
島の管理人であるテオドールも、万能というわけではないらしい。
さて、どうしたものか。
俺が考え込んでいると淡い光が、突然俺の身体を包み込んだ。
「この素敵な島、私が守ってあげる」
「……え?」
声が聞こえた。
だが、姿は見えない。
その声が途切れると、淡い光は島の中央へ吸い込まれるように消えていった。
次の瞬間、空飛ぶ島全体が、巨大な光の結界に包まれた。
「……凄いな」
これほど強力な結界を、瞬時に張れるとは。
「誰だったんだ、あれは?」
島の安全は、しばらく大丈夫だろう。
だが、俺達の前には、新たな謎が残されていた。




