悪しきが奏でる狂想曲
俺がアウラ達のいる城の客室へ戻ると、邪神がすぐに側へ寄ってきた。
「ラルクさんも転移魔法を使えるじゃないですか。それなら、私がわざわざ魔法を使わなくても良かったんじゃないですか?」
「俺のはまだ不完全だから燃費が悪いんだよ。一日に何度も使えないしな」
「それなら私の方が優れているじゃないですか。やっぱり人間は私の下なんですね」
邪神は馬鹿にするように笑った。
俺は無言で邪神を踏みつけた。
「うるさい口を塞がないと、このまま踏み潰すぞ」
「す、すみません!」
そんなやり取りをしていると、部屋の扉が開いた。
「ラルク! 戻ったのね。バロックに何かされなかった?」
入ってきたミーシャは、心配そうに俺の身体を見回している。
「怪我はない?」
「ああ、大丈夫だよ」
俺は笑って答える。
「だけど、やっぱりバロックは操られていた。ますますギルバートが怪しいな」
「ギルバートが悪い魔族だったとしたら、アシュリーも悪い魔族なのかな?」
その可能性はないとは言えなかった。
親子なのだから、性格や考え方が似ることもあるだろう。
だが、親がそうだからといって、子まで同じとは限らない。
「ミーシャも見ただろ? ティアと接している時のアシュリーの優しそうな眼差しを。俺は、あいつが悪人だとは思えない」
「そうよね。変なこと言ってごめん」
ミーシャは安堵したように息を吐いた。
アシュリーと、いつの間にか仲良くなっていたのかもしれない。
「ところで、アウラは何処に行った?」
「ここだぞ!」
声のした方を見ると、少年姿のアウラがベッドの上で横になっていた。
その手には一冊の絵本が握られている。
「エクスに、子供には絵本を読み聞かせてもらうものだって聞いたぞ! ラルク、絵本を読んでくれ!」
アウラが、きらきらとした純真な眼差しを俺に向けてくる。
「バロックに何があったか知りたくないのか?」
「興味ないぞ! それより絵本だ! はーやーくー!」
日増しにアウラが子供っぽくなっている気がする。
ドラゴンの幼体だというのだから、子供っぽくて当然なのかもしれない。
それでも、最初に会った時の方が大人びていた気がするんだがな。
こうなったら、アウラは満足するまで騒ぎ続ける。
仕方なく、俺は絵本を読んでやることにした。
三匹の子犬が騎士になろうと奮闘するものの、ことごとく空回りして周囲を巻き込み、なんやかんやで王様になってしまうという、めちゃくちゃな内容の絵本だった。
それでもアウラは楽しそうに聞いている。
やがて、俺の腕に頭を乗せたまま、アウラは眠ってしまった。
身動きが取れない。
俺も、このまま寝ることにした。
バロックに何が起きたのかという話は、明日ミーシャからイリアに伝えてもらおう。
そう考えながら、俺は目を閉じた。
違和感を覚えて、俺は目を覚ました。
左腕にはアウラの頭の重さと温もりを感じている。
だが、右手にも何かの温もりを感じた。
ミーシャが俺の手を握って、驚かせようとしているのだろうか。
「ミーシャ……まだ寝かせてくれよ……」
眠い目を開けて右側を見る。
俺の手を握っていたのは、ミーシャではなかった。
イリアだった。
「ラルクさん、おはようございます。今日も素敵ですね」
「……え?」
驚きのあまり、声が出なかった。
イリアはそんな俺を見つめたまま、嬉しそうに微笑んでいる。
明らかに、いつものイリアではない。
イリアが俺に恋心を抱いているなんて、考えたこともなかった。
ということは、誰かに操られている?
俺はイリアの背後に隠れている木彫りの熊に気づき、そいつへ向けて冷気の魔術を放った。
「冷たっ!」
「この馬鹿神め! また懲りずに何かしたのか!」
「えへへ。この娘を使ってラルクさん達を殺め……いや、ちょっと痛めつけようとして、欲望が何千倍にも膨れ上がる魔法をかけたら、こんなことになっちゃいました。おかしいなぁ。恋敵のミーシャさんと刃傷沙汰になるはずだったのに……ぎゃぶ!」
俺は邪神に氷の粒をぶつけてやった。
「本当にお前は碌でもないやつだ! それにそれだけじゃないだろ! イリアに恋心を抱かせる魔法も使ったんじゃないのか?」
「この、にぶちん! イリアさんは最初から貴方に惚れてるでしょうが!!」
イリアが俺に惚れている?
いや、あり得ない。俺はイリアに特別なことをした覚えなどない。
「ラルクさん。余所見しちゃ駄目ですよ。私を見てください」
イリアは俺の頬を両手で包み、こちらへ顔を向けさせようとしてくる。
「ちょ、ちょっと待て!」
このままミーシャに気づかれたら、何を言われるか分からない。
何とかして、ミーシャが起きる前にイリアを元に戻さなければ。
「ちょっと~、うるさいじゃない……」
最悪だ。
ミーシャに見られてしまった。
寝ぼけ眼だったミーシャの表情が、みるみるうちに悪鬼のような顔へと変わっていく。
「イリア! 抜け駆けするんじゃないわよ!! ラルクは私のものなの!」
「ミーシャさん、何を言ってるんですか? 私は選ばれなくても構いません。ただ、ラルクさんを想っていられれば、それだけでいいんです」
そう言って、イリアは優しく俺を抱きしめる。
「ちょっと!」
ミーシャが慌ててイリアを俺から引き離した。
「ラルクもデレデレしないでよ!」
「いや、してないけど……」
俺は一刻も早く、この場から逃げ出したかった。
しかし、その時だった。
客室の扉が乱暴に開かれ、一体のリザードマンが飛び込んできた。
「お前がラルクだな。朝から女を侍らせるなんて、大層な身分になったものだな。だが、お前の命は俺が――」
最後まで言い終わる前に、ミーシャがリザードマンの顔面へ飛び蹴りを叩き込んだ。
「邪魔しないで! 今、ラルクが誰のものか話し合っているんだから!」
「ぐおっ!」
リザードマンが吹き飛んでいく。
「ラルクさんはミーシャさんの恋人になっても気にしません。そう言っているじゃないですか。それでも、万が一私を選んでくれたら……私は全力で応えます」
にっこりと微笑んだイリアは、十字架を高く掲げた。
次の瞬間、白い雷が壁際へと落ちる。
「ぐえええっ!」
雷が落ちた場所には、壁に擬態していた巨大なカメレオンの魔物がいた。
どうやら、もう一体潜んでいたらしい。
ある意味、二人が俺を取り合っていたお陰で、敵を簡単に倒すことができた。
だが――地獄はまだ終わっていなかった。
「もう食べられないぞ……」
俺の腕を枕にして眠っているアウラが、呑気に寝言を呟く。
代われるものなら、俺と代わってくれと俺は心で叫ぶのだった。
その後、俺達はエクスの私室へ呼ばれた。
「すみません。城への魔物の侵入を許してしまいました。結界は張ってあったのですが……」
「それだけ手強い奴だったんだろ。城の者が傷つかなくて良かった」
口には出さなかったが、俺達を本格的に殺そうとしている誰かがいる。
そう考えた方がいいだろう。
「邪神を退治していただいた恩も、まだ返せていません。せめてものお詫びに、これをどうぞ」
エクスが差し出したのは、一枚の黒いマントだった。
「これは傷の治りを早める加護が込められたマントです。国宝の一つですが、冒険者のラルクさんに持っていてもらえれば、先人の王たちも喜ぶでしょう」
「ありがとう。大事にするよ」
俺達はエクスに礼を言い、城を後にした。
城門を出ても、誰も口を開かなかった。
「ラルクさん、私を殺してください。あの時の私は間違っていたんです!!」
イリアは真っ赤になりながら、ぶんぶんと首を振っている。
「早まるな! 分かってるよ。イリアは俺に恋心なんて抱いてないんだろ?」
「……神よ。今、貴方の元へ向かいます」
「わー! ナイフしまいなさい!ラルクも女心を汲みなさいよ!」
理不尽に怒られて、俺は首を傾げるのだった。




