恐れられる者
食事を終えた後、エクスは俺達を城の地下へ連れていった。
階段を下りるにつれて人の気配がなくなっていく。
やがてエクスは足を止め、声を潜めた。
「この先は危険です。僕の指示に従ってください」
エクスが重厚な扉を開く。
その先には、何もなかった。
広い部屋の中央に、青く輝く魔法陣があるだけだ。
だが――
「なんだ、この感じは」
魔法陣から、押し潰されそうなほどの威圧感が溢れている。
目に見えるものは何もない。
それなのに、そこにいるだけで身体が重くなるような感覚があった。
「この先に、邪神の魂があります」
エクスの声も、いつになく硬い。
「気の弱い人間なら、近づいただけで命を落とすこともあります。十分に気を付けてください」
見ると、エクスは額に汗を浮かべている。
ただ暑いから流している汗ではない。
邪神の恐ろしさを知っているからこそ出る、冷や汗なのだろう。
その隣では、イリアの顔がみるみる青ざめていく。
「イリア?」
俺が声をかけると、イリアの身体がふらついた。
「大丈夫か?」
俺は慌てて肩を抱き、身体を支える。
イリアはゆっくりと頷いた。
「ええ……、なんともありません」
「青白い顔してるじゃない。無理しちゃ駄目よ」
ミーシャが心配そうにイリアを見る。
そしてエクスに向き直った。
「エクス、イリアをどこかで休ませてあげて」
「分かりました」
エクスが手を叩く。
すぐに兵士が現れ、イリアを支えながら部屋を出ていった。
「客室へ案内させました」
エクスは俺を見る。
「ラルクさんも、具合が悪くなったら無理はしないでください。どの道、数人で邪神の魂を破壊するなんて無理だと思いますよ」
俺はエクスの肩を軽く叩いた。
「やってもいないのに、無理だと決めつけるな」
魔法陣から放たれる威圧感を見据える。
「やらせてくれ」
「……死んでも知りませんよ」
「俺は死なない」
そして後ろを振り返る。
「アウラ達もな」
「当然だぞ!」
アウラが胸を張る。
エクスは俺の強引さに呆れたように、そしてどこか安心したように苦笑した。
「それでは、魔法陣の中央に立ってください」
エクスが魔法陣を指差す。
「そこから邪神の魂がある場所へ移動できます。僕は魔導師達を呼んで、遠隔から貴方達をサポートします」
俺達は青く輝く魔法陣を見つめた。
その先に待っている邪神の魂がどれほどの実力なのだろうとぼんやりと考えていた。
そして俺は一歩、魔法陣へ踏み出した。
その時だった。
天地がひっくり返ったような錯覚に襲われた。
――いや。
違う。
本当にひっくり返っている。
重力そのものがおかしくなったのか、俺達は青い空を足場にして立っていた。
「来たか、人間共」
どこからともなく、低く響く声が聞こえる。
「我を滅ぼしに来たのだろう? 生憎だが、肉体は滅びても我が力は衰えておらん」
目の前に黒い球体が現れた。
それが邪神の魂なのだろう。
「せっかくだ。遊んでやるか」
次の瞬間、頭上に広がる大地から無数の黒い槍が降り注いだ。
「危ない!」
俺は咄嗟にミーシャの周囲へ魔法障壁を張る。
丈夫な鱗を持つアウラなら問題ない。
だが、ミーシャには身を守る術がない。
「ありがとう、ラルク!」
ミーシャは障壁の中から、縦横無尽に動き回る黒い球体を睨み付ける。
「やっぱり邪神だけあって、面倒な攻撃をしてくるわね!」
「これで死なぬとはな」
邪神の声が響く。
「ならば、これはどうだ?」
地面から、おぞましい声が響き渡った。
その声を聞いた瞬間、身体から力が抜けていく。
不思議と心地良い。
戦うことも、逃げることも、どうでもよくなってきた。
「……もう、寝てもいいか」
「ラルク! 寝ちゃ駄目よ!」
頬を叩かれ、俺はハッと我に返った。
「ありがとう、ミーシャ」
「今の声、まともに聞いたら危ないわよ!」
「ラルク! ミーシャ!」
アウラが叫ぶ。
「あれは冥府の叫ぶ声だぞ!」
「そういうことか」
俺は両手で耳を塞ぐ。
このままでは危ない。
誰かが死ぬ。
その時――
頭の中に、エクスの声が響いた。
『聞こえますか、ラルクさん』
「ああ!」
『貴方達は邪神に弱体化の呪いをかけられています。今から解呪の儀式を行います。呪いが解けた瞬間を狙って、邪神の魂を破壊してください』
なるほど。
ここまで好き勝手にされるのはおかしいと思っていたが、俺達は最初から弱らせられていたのか。
流石は邪神、といったところだろうか。
『もうすぐです。耐えてください!』
「やはり、人間が我に敵うはずがない!」
邪神が高らかに笑う。
「さあ、無様な死に様を晒せ!」
黒い球体から、無数の魔獣が溢れ出した。
唸り声を上げながら、俺達へ一斉に襲いかかってくる。
その時だった。
「ラルクをいじめるな!」
アウラの身体が眩い光に包まれる。
次の瞬間――
巨大なドラゴンが姿を現した。
「なっ……!」
アウラが吐き出した炎が、迫り来る魔獣を一瞬で焼き払う。
邪神の声が震えた。
「エンペラードラゴン……だと!?」
「俺は、その契約者だ」
俺は右手に魔力を集中する。
身体が軽い。
力が戻ってきている。
「ドラゴンテイマーだ」
「ぐっ……!」
邪神が後退する。
「魔王め……! ドラゴンテイマーを絶やし、ドラゴンは人間界へ来られぬようにすると約束したのを忘れたのか!」
何の話をしているんだ?
だが、今はどうでもいい。
邪神の魂が逃げようとする。
「このままでは勝てぬ……!」
そして突然、邪神はミーシャへ向かって飛び掛かった。
「ならば、そこの女だけでも!」
俺は邪神の魂を片手で掴んだ。
逃がすものか。
「俺の大事な女に何をする気だ?」
黒い球体が俺の手の中でもがく。
「このまま握り潰すぞ?」
俺の大事なものを奪おうとする奴を、俺は許さない。
相手が邪神だろうとな。
「す、すみませんでした!」
「……は?」
「助けてください!」
邪神の声が裏返る。
俺は思わず目を丸くした。
「お前キャラ変わってないか?」
「助けてくれるなら、もう邪神なんてやめます! だから魂を砕かないでくださいぃ!」
涙声で懇願する邪神。
俺はしばらく、その黒い球体を見つめた。
世界中の人間が恐れていた邪神。その正体が、これなのか?
なんとも言えない脱力感に襲われる。
「……世界の連中は、こんな情けない奴に怯えていたのか」
俺は懐から、以前ラズベリルから渡されていた手のひらサイズの木彫りの熊を取り出した。
そして、邪神の魂をその中へ押し込む。
黒い球体は抵抗する間もなく熊の中へ吸い込まれていった。
次の瞬間、木彫りの熊がぴくりと動く。
「この姿で、当分過ごせ」
「ええっ!?」
熊から、先ほどまでの邪神とは思えない声が響く。
「あの一応、私って女の子なんですけど」
「だから何だ?」
「せめて、もっと可愛い人形に入れてくれませんか?」
「図々しい奴だな」
邪神を懲らしめることはできた。
だが、問題はこれからだ。
エクスになんと説明すればいいのだろうか?
こいつには、聞きたい事があるし、今は生かしといてやるかと俺は考えていた




