珍事の先に
「素晴らしい! 金貨三万枚でどうでしょうか?」
商人は嬉しそうにそろばんを弾き、その金額を俺に見せた。
「ゼロが二つ足りないんじゃないか?」
「えっ?」
俺達は町に着くなり、商人のもとへ魔石を持ち込んでいた。
このまま大量の魔石を持ち歩くのも不便だ。
それに、旅の途中で盗まれても面白くない。
だったら、さっさと売ってしまった方がいい。
「勘弁してくださいよ。伯爵様が代替わりしてから税金が高くなって、こっちも生活が苦しいんですから」
「嫌なら他所へ持っていくぞ」
「そ、それは困ります!」
商人は慌ててそろばんを弾き直した。
「……では、金貨百五十万枚でいかがでしょう?」
「最初からそれくらい出せるんじゃないか」
俺が呆れていると、傍で話を聞いていた白髪の少年が魔石の一つに手を伸ばした。
「おい、勝手に触るな」
「あっ、すみません」
少年は素直に手を引っ込める。
だが、次に出てきた言葉に俺は耳を疑った。
「これ、全部僕に譲ってくれませんか?」
「何?」
「金貨一千万枚でどうですか?」
商人が目を見開く。
俺も少年の顔をまじまじと見つめた。
一千万枚だと?
そんな大金をポンと出せると言うのか?
だが、ここの商人は信用出来そうだ。
「交渉成立だな」
俺は少年の手を握る。
「ただし、譲る前に金貨を見せてくれないか?」
魔石だけ持って、とんずらでもされたらたまったものじゃない。
「金貨ではありませんが、これを銀行でお見せください」
少年は懐から一枚の小切手を取り出し、俺に差し出した。
「お前、貴族か?」
「そのようなものです。僕はエクス。困ったことがあれば、僕の名前を出してください」
詐欺師には見えない。
それに、汚れ一つない上等な服装を見る限り、本当に貴族なのかもしれない。
「良い取引でした。また会いましょう」
少年、エクスが手を叩く。
すると、待機していた男達が次々と魔石を運び始めた。
俺が店を出ると、ミーシャが駆け寄ってきた。
「魔石を運ぶ人を見たけど……取られちゃったの?」
「違う、違う。売ったんだよ。それより、アウラとイリアはどうした?」
「イリアは困っている人がいないか探しに行ったみたい。アウラはお腹が空いて、お菓子屋で飴を買ってるみたいよ」
ミーシャは少し考えるようにしてから、俺を見る。
「ねえ、ラルク。私も洋服を買いに行っていい?」
「ああ。俺も、この小切手が使えるか確認してくる」
懐から小切手を取り出す。
「夕方になったら、町の中央にある噴水で合流しよう。悪いが、アウラ達に会ったら伝えておいてくれ」
「分かったわ!」
ミーシャは嬉しそうに、鼻歌交じりで繁華街へ向かっていった。
いつも頑張ってくれているんだ。
たまには息抜きをさせるのも悪くないだろう。
俺は一人、銀行へ向かった。
「当銀行に何用でしょうか? 魔力の登録をなされるのでしたら、銅貨百枚までご融資できますが?」
にこやかな銀行員に、小切手を差し出す。
「これは使えるだろうか?」
「はい?」
銀行員は小切手を受け取ると、目を見開いた。
そして――
「少々お待ちください!」
先ほどまでの笑顔が消えた。
銀行員は小切手に何度も手をかざし、何かを確認している。
数分後。俺は憲兵達に取り囲まれていた。
「精巧な偽造小切手を持ち込んだのは、お前だな?」
「何のことだ? 俺はエクスから、魔石の代金としてこの小切手を貰ったんだぞ」
「嘘をつくな! 第一王子エクス様が、貴様のような冒険者と会うはずがないだろう!」
「第一王子?」
俺が聞き返す間もなく、憲兵は俺の腕を掴んだ。
「詳しい話は牢で聞く! 大人しくしろ!」
俺は成す術なく、憲兵に連行された。
憲兵から逃れることなど容易い。
だが、ここで暴れて騒ぎにするのも面倒だ。
それに、俺は無実なんだ。
いずれ堂々としていれば、真実は分かるだろう。
そう考えた俺は、抵抗せず城の牢獄へ入れられた。
牢獄は思っていたより快適だった。
寒くもなく、石造りの床が硬いことを除けば、特に不自由もない。
「まあ、寝て待つか」
俺が横になろうとした、その時だった。
「お兄さん!」
聞き覚えのある声が近づいてくる。
顔を上げると、そこにはエクスと、青ざめた顔をした城の兵士が立っていた。
「お兄さん、すみません。何か手違いがあったようで」
「本当にエクス様のお知り合いとは! 真に申し訳ありませんでした!」
兵士はガタガタと震えながら牢の鍵を開ける。
俺は牢から出ると、エクスを見た。
「まさか、お前が王子とはな」
「隠すつもりはなかったのですが……わざわざ言いふらすものでもないかと思いまして」
エクスは申し訳なさそうに笑った。
「お詫びと言っては何ですが、今夜は城に招待させてもらえませんか? ご馳走も用意しますので」
「仲間も一緒でいいか?」
「もちろんです」
エクスは笑顔で頷いた。
「災い転じて福となす、か」
思わぬところで城に招待されることになった。
俺は牢を出ると、町へ戻り、アウラ達を呼びに行くことにした。
「ラルク! 何やってたんだ?」
鮮やかな棒付きキャンディーを舐めながら、アウラが尋ねてくる。
「牢屋で寛いでた」
「冗談はいいから、夕飯を食べに行きましょう。飴を食べているのに、アウラがうるさくて……」
「おやつとご飯は別物だぞ」
その瞬間、アウラの腹が鳴った。
アウラの胃袋は無尽蔵なのかもしれない。
ある意味、恐ろしいな。
「飯を食うなら、良い場所がある。ついて来てくれ」
「いいご飯屋さんを見つけたの? 良かったわね、アウラ」
「ラルクは本当に頼りになるぞ!」
「まあな」
俺はにやけそうになるのを必死に堪えながら、城へ向かった。
城に着いたら、アウラ達がどんな顔をするのか。
それを想像すると、可笑しくて仕方がなかった。
やがて俺達は、城門の前に辿り着く。
「ラルクさん、道を間違えてませんか?」
イリアが不安そうに辺りを見回す。
「間違えてないぞ。ほら、迎えが来た」
すると、城の兵士が俺達のもとへ駆け寄り、敬礼した。
「お迎えに上がりました、ラルク殿。こちらへどうぞ」
「何よ、これ!」
ミーシャが目を丸くする。
「ラルク、王様と知り合いだったの!?」
「さっき知り合ったんだよ」
「さっきって……」
俺は笑いながら答えた。
「ははっ。良い顔だな、ミーシャ」
「もう! ラルクったら!」
ミーシャに小突かれながら、俺達は城の食堂へ案内された。
大理石の長いテーブルには、色とりどりの果物が並んでいる。
香辛料をふんだんに使った鶏肉。
湯気を立てる大きな鍋には、具だくさんのスープが入っていた。
アウラは料理を目の前にすると、感動したように立ち尽くす。
「美味そうなご馳走がこんなに……!! すごいぞ」
「ラルクさん、お待ちしていました」
食堂の扉が開く。
エクスが供の者を連れて入ってきた。
「どうぞ、お好きな席へ。食事を始めましょう」
エクスがそう言うが早いか――
アウラは鶏肉にかぶりついた。
「美味しいぞ!」
「早っ!」
ミーシャが呆れた声を上げる。
俺は苦笑しながら、料理を頬張るアウラを眺めていた。
「何があったのよ、ラルク?」
「まあ、ちょっとな」
今日の出来事を最初から説明するのも面倒だ。
それに、説明しない方がいいこともあるだろう。
俺は何も言わずに食事を続けた。
やがて食事が落ち着いた頃、エクスが俺に声をかけた。
「ラルクさん、少しこちらへ来てもらえませんか?」
「どうした?」
俺がエクスの席へ向かう。
すると、エクスは声を潜めた。
「邪神を知っていますか?」
「詳しくは知らないが……復活させようとしている輩がいるみたいだな」
俺の脳裏に、バロック達の姿が浮かぶ。
「僕は、邪神の魂を破壊しようと考えています」
エクスは真剣な眼差しで俺を見る。
「ラルクさん。あれだけの魔石を集めた貴方を見込んで、お願いがあります」
「何だ?」
「一ヶ月以内に、強い冒険者を集めてくれませんか?」
俺は首を横に振った。
「冒険者なんか集めなくていい」
「えっ?」
「俺が邪神の魂を破壊してやる」
エクスは驚いたように目を見開いた。
だが、しばらく俺の目を見つめた後、静かに頭を下げる。
「……お願いします」
邪神がどれほどの力を持っているのかは分からない。
それでも、邪神の魂を破壊することができれば、バロックの思惑を打ち砕くことができる。
「アウラも手を貸すぞ!」
料理を頬張っていたアウラが、こちらを振り返る。
「ははっ。これでもう大丈夫だ」
俺は笑った。
アウラと一緒なら、何だってできる気がする。
たとえ相手が邪神だとしても――
俺は、負ける気がしなかった。




