地竜の頼み事
「動けないとはどういうことだ? 見たところ鱗にも艶があって、健康そうに見えるが?」
ドラゴンは低く笑った。
「動こうと思えば動けます。ですが、私がこの地から動けば、大地の魔力が乱れてしまうのです」
「大地の魔力が?」
「ええ。そうなれば土は痩せ、やがて何も育たぬ大地になってしまうでしょう。それでは、ドラゴンテイマー殿も面白くはないでしょう?」
「……なるほどな」
こんな地下深くに潜んでいるのは、それほど重要な役目を担っているからなのか。
俺は感心しながらドラゴンを見上げた。
「そういう訳か。だが、それなら俺に何をやらせたい?」
「この地を荒らす悪しき者を退治して欲しいのです」
ドラゴンの声から、先ほどまでの穏やかさが消える。
「成し遂げてくださるのなら、ここの魔石を全て差し上げましょう。ラルク殿。貴方ならば、きっとやり遂げられるはずです」
「名を売った覚えはないが……俺も有名になったもんだな」
しみじみと呟くと、ドラゴンはゆっくりと尾を振った。
すると、周囲の壁が淡く輝き始める。
「……何だ?」
壁一面に、様々な光景が映し出された。
それは、どれも俺がこれまでの旅で経験してきた出来事だった。
アウラに初めて出会った時。
バロックと戦った時。
記憶を失ったリリスと再会した時。
まるで壁そのものが、俺の旅を映し出しているかのようだった。
「これは……?」
「大地の記憶です」
ドラゴンは静かに答える。
「この大地に刻まれた記憶は、私のもとへと流れてくるのです。人や、ときには魔族までも助ける貴方の姿を見て私は貴方に頼もうと思ったのです」
俺は黙って映し出された光景を眺めていた。
自分では大したことをしたつもりはなかった。
だが、大地そのものが全てを見ていたのだ。
「そこまで言うなら、やってやるよ」
「貴方なら受けてくれると思っていました。魔物のいる場所までは、我が眷属のモグラに案内させましょう。ご武運を、ドラゴンテイマー殿」
ドラゴンが俺に向かって息を吹きかける。
次の瞬間――
俺は地上に立っていた。
「ラルク! 良かった、無事だったのね!」
俺の姿を見たミーシャが、安心したように胸を撫で下ろす。
「面倒事を頼まれたけどな。それより、これは何だ?」
周囲を見渡すと、まるで井戸でも掘ったかのような穴が、あちこちに開いている。
「……あのモグラが掘ったのか?」
俺が穴を覗き込む。
すると、その穴の中からアウラがひょっこり顔を出した。
「ラルク! 何してたんだ?」
「地底のドラゴンに呼ばれたんだよ。それより、お前は何してるんだ?」
「モグラと勝負をしていたんだぞ! もちろんアウラが勝ったんだぞ!」
アウラが胸を張る。
そのすぐ隣では、別の穴からモグラが飛び出してきた。
「きぃーっ!」
モグラは悔しそうに地団駄を踏んでいる。
……本当にこいつが、あのドラゴンの眷属なんだろうか。
俺は冷めた目でモグラを見つめた。
「ドラゴンから聞いてるだろ? 魔物のいる場所まで案内してくれ」
モグラはこくりと頷くと、俺達の先頭に立って歩き始めた。
俺達はその後を追いながら、地下でドラゴンと話した内容を皆に伝える。
「アウラさん以外のドラゴンは、この世界にはいないと思っていましたが……存在していたんですね」
イリアが驚いたように呟く。
「探せば、アウラさんの友達になれそうなドラゴンがいるかもしれませんね」
にこやかに言うイリアとは対照的に、アウラは複雑そうな表情を浮かべていた。
「ラルクや人間と関わることが多かったから、アウラは他のドラゴンと会っても、何も感じないかもしれないぞ」
俺がそう言うと、ミーシャがアウラを見る。
「その時は、その時よ。万が一ドラゴンに会えたら、話してみるだけ話してみなさい」
ミーシャは優しく笑った。
「話してみないと、相手の良し悪しなんて分からないんだから」
すっかりミーシャは、アウラのお姉さんみたいになっているな。
俺は二人のやり取りを、微笑ましく眺めていた。
そんな中、先を歩いていたモグラが突然、
「きぃ、きぃ!」
と鳴き始めた。
「どうした?」
モグラが立ち止まった先には、切り立った岸壁がそびえ立っていた。
「ここを登れってことか?」
モグラは岸壁の前を行ったり来たりしている。
俺は手を伸ばし、岸壁に触れようとした。
だが――
「……ん?」
俺の手は岸壁をすり抜けた。
その先には何もない。
「幻か?」
魔力を探ってみる。
どうやら魔法によって作られたカモフラージュらしい。
「用心深い奴なんだな」
岸壁の先は、洞窟になっていた。
俺は全身の魔力を集中させ、辺りを探る。
だが、洞窟の奥から溢れ出してくる強大な魔力のせいで、上手く相手の位置を探れない。
「アウラ、臭いで相手の位置を探れないか?」
「ん〜臭いはするけど、魔族の臭いじゃないぞ」
「魔族に捕らえられた人質かもしれないわね。助けてあげましょう」
ミーシャの言う通り、警戒心の強い魔族なら、人質を取っている可能性は十分にある。
だが、人質だけを残してどこかへ行くものだろうか。
疑問は残るものの、俺達はなるべく音を立てないように洞窟の奥へ進んでいく。
しばらく進むと、先を歩いていたモグラが再び鳴き始めた。
「何かあったのか?」
俺が足を止めた、その瞬間――
ヒュンッ!
俺の顔すれすれを鉄球が飛んでいった。
あと少しでも進んでいたら、まともに食らっていただろう。
「敵か!」
鉄球を飛ばしたのは、一つ目に羽の生えた魔物だった。
魔力で鉄球を空中に固定し、それを高速で飛ばしているらしい。
「ラルクをいじめると、こうだぞ!」
アウラが口から炎を吐き出す。
炎に包まれた魔物は、あっという間に焼き尽くされた。
すると、魔物がいた場所から黒い魔力の塊が飛び出し、洞窟の奥へと飛んでいく。
「……誰かが魔物の魔力を吸っているのか?」
俺は黒い魔力の飛んでいった先を見る。
「なら、この魔力の先に何がいるんだ?」
モグラも、まるで「後を追え」と言わんばかりに鳴いている。
俺は魔力の流れを追いながら、さらに洞窟の奥へ進んだ。
やがて、その先に妙な空間が現れた。
木製の椅子とテーブルが置かれている。
「……ここに誰か住んでいるのか?」
辺りを見渡す。
すると、少し離れた場所で一人の男が焚き火からティーカップを下ろしていた。
男は俺達に気付くと、ゆっくりこちらへ歩いてくる。
そして――
「やあ。お茶でもどうだい?」
邪気のない眼差し。
敵意も殺気も感じられない。
俺には、とてもこの男が魔族だとは思えなかった。




