タイトル未定2026/09/03 20:31
宿のベッドで眠っていると、何かの吐息が顔にかかった。
「……ん?」
不審者かと思い、慌てて目を開ける。
すると、キトンを纏った赤毛の女性が、俺の額に触れようとしていた。
俺はすかさず、その手を掴む。
「きゃっ!」
「俺を殺しにでも来たのか?」
「ち、違うの。違うのよ」
「何が違うんだ! 返答次第では生きては返さないぞ!」
俺の声で目を覚ましたのか、アウラ達が寝ぼけ眼でこちらに顔を向ける。
「ラルク、どうした? 腹でも空いたのか?」
「見た通り不審者だよ。俺の命を奪おうとしたのかもしれない」
「何寝ぼけてるのよ。誰もいないじゃない。変な夢でも見たのね。まだ早いから寝るわ」
ミーシャは大きな欠伸をすると、そのまま自分のベッドへ戻っていった。
「……お前、幽霊なのか?」
「神様よ! 神様!!」
女は声を荒らげながら、自分の胸を指差した。
「イリアちゃんが信仰してる女神なの。この世界の創造主の名前くらい知ってるでしょ?」
「知らないな。興味がないから」
「興味がないって何よ!」
女は信じられないとでも言いたげに目を見開く。
「覚えときなさい! エレノールよ! イリアちゃんが頑張ってるから、その手助けをしてあげようと思って祝福を授けに来たの!」
「……」
こんな犬みたいに騒ぐ女が女神とはな。
服装も、いかにも神々しいものを着ているのかと思えば、胸や足を強調するようなものを身に着けている。
「人間の世が乱れると、天界の倫理も乱れるのか……」
「私の服のこと言ってるの?」
エレノールは自分の服を見下ろしてから、むっとした顔をする。
「今はこれが一般的なの。うちのおじいちゃんみたいなこと言わないでよ!」
「そうなのか?」
人の世のルールが時代とともに変わるのなら、神の世界のルールも同じように変わるのだろう。
それより問題なのは、このことをイリアに話すかどうかだ。
あれほど女神を敬っているイリアが、実際の女神の姿を知ったら思うだろうか。
……いや。
恐らく、がっかりする。
真実は話さない方が良いのだろう。
「イリアに祝福を授けようとしたのは分かった。だが、俺に何をしようとしていたんだ?」
「貴方にもおまけで祝福をあげるつもりだったけど……冷たいから、やめようかしら」
すっかりエレノールはいじけている。
神の威厳を、いったい何処に置いてきたのだろうか。
「……偉大なるエレノール様。どうか、私にも祝福をお授けください」
祝福をもらうためとはいえ、少々わざとらしい言い方だったかもしれない。
だが、効果はてきめんだった。
「そこまで言うなら、貴方にも祝福をあげるわ。目を閉じて」
言われるまま目を閉じると、エレノールが俺の額に触れた。
すると、温かなものが身体の中へ流れ込んでくる。
「珍しいものを見つけられる祝福をかけたわ。感謝しなさい」
「珍しいものを?」
「そうよ。貴方は旅をすることが多いでしょう? きっと役に立つわ」
エレノールは得意げに胸を張る。
「……あまり特定の人間に肩入れはできないけど、イリアちゃんが可愛いから、また会いに来てあげるわね」
そう言い残すと、エレノールの姿が徐々に薄れていく。
俺は消えていく女神を、軽蔑の眼差しで見つめていた。
神のくせに、俺より煩悩にまみれてやがる。
「本当に女神なのか?」
誰にも聞こえないよう呟く。
イリアには、他の神を信仰するよう勧めた方がいいのだろうか。
俺はそんなことを、朝まで真剣に考えていた。
翌日、簡単に食事を済ませた俺達は、オーロ・ノワールを出ることにした。
「カジノの町も悪くなかったけど、ちょっと騒がしかったわね。次の町は静かな場所だと良いんだけど」
「ここから東の町には飛行船があるって言ってたからな。たまには、のんびり空の旅ってのも良いかもな」
それを聞いたミーシャは、目を輝かせた。
「空の旅なんて素敵! でも、高いんじゃない?」
「前にリンドバーグから良いものを貰ったんだ。これがあれば……」
俺は懐から金色のカードを取り出そうとした。
だが、何かに引っ掛かったのか、カードは俺の手から滑り落ちる。
「あっ」
地面に落ちたカードを拾おうとした、その時だった。
先程まで近くにいなかったはずのモグラが、いつの間にかカードを咥えている。
「この野郎! 返せ!」
俺が手を伸ばすと、モグラは素早く地面を掘り始め、そのまま穴の中へ逃げようとした。
「逃がすか!」
俺は魔術で小石ほどの大きさの氷塊を作り、モグラに向かって放つ。
しかし、氷塊が届くより早く、モグラは地面へ潜ってしまった。
「もぐらさん! ラルクさんにカードを返して下さい」
イリアが穴に向かって呼びかける。
そんな言葉がモグラに通じるものかと思っていた。
ところが、モグラは穴から顔を出すと、しばらくイリアを見つめた。
そして、咥えていたカードを俺の足元へ置いた。
俺は思わずモグラを見つめる。
「本当に言葉が分かるのか?」
アウラがモグラをひょいと捕まえた。
「悪い奴だし、食っていいか?」
「何でも食おうとするな!」
俺は呆れながらアウラを睨む。
「お前、人の言葉を理解できるなんて、ただの泥棒モグラじゃないな。何者だ?」
俺が問い詰めると、モグラはアウラの手からするりと抜け出した。
そして俺の足元まで走ってくると、ズボンの裾に前足をかける。
「何だ?」
モグラは俺の足を引っ張るようにして、どこかへ連れて行こうとしている。
「何処かに連れて行こうとしてるみたいですね」
イリアがモグラを見ながら言った。
「着いて行ってあげましょう、ラルクさん」
「そうだな。何か理由があるのかもしれない」
俺が歩き出すと、モグラは嬉しそうに先へ進んでいく。
しばらく後を追っていると、モグラは地面に開いた小さな穴の前で立ち止まった。
「ここに入れってことか?」
俺が一歩近づいた、その瞬間だった。
「うおっ!」
モグラに足を引かれ、俺の足が穴の上に乗る。
次の瞬間――
まるで地面そのものに引きずり込まれるように、俺の身体が穴の中へ吸い込まれていった。
「ラルク!」
ミーシャの声が遠ざかっていく。
俺は暗闇の中を、どこまでも落ちていった。
どれほど落ちたのか分からない。
やがて、身体が何かにぶつかる。
「ぐっ……!」
幸い大きな怪我はない。
顔を上げると、そこには真っ暗な広い空間が広がっていた。
「……ここは?」
俺は光球を作り出し、辺りを照らす。
すると――
「……なんだ、これ」
光に照らされた地面のあちこちが、きらきらと輝いていた。
近づいて一つ拾い上げる。
手の中にある石を魔力で確かめた瞬間、俺は思わず声を上げた。
「これは高純度の魔石じゃないか!」
周囲を見渡す。
どこを見ても魔石、魔石、魔石。
「これを全部掘り出したら王国の国家予算並みの金になるぞ」
「お気に召しましたかな?」
突然、暗闇の奥から声が響いた。
俺は反射的に振り返る。
「全て差し上げますよ。ドラゴンテイマー殿」
「……お前が俺を呼んだのか?」
「はい」
声のする方へ光球を向ける。
その光に照らされ、巨大な影が浮かび上がった。
長い首。
巨大な翼。
そして、こちらを見つめる二つの瞳。
声の主は巨大なドラゴンだった。
「動けぬ身ゆえ、あのモグラに貴方を連れてくるよう頼んだのです。突然このような場所へお連れしてしまい、無礼をお許し下さい」
俺は手の中の魔石を見る。
そして、目の前の巨大なドラゴンを見る。
――早速、エレノールの祝福が効いたらしい。




