湧き上がる疑惑
数日間、オーロ・ノワールに滞在していたが、ストゥールは真面目に働いているようだった。
夕方。
宿の一室で、窓際に座ったミーシャがブラシで髪を梳かしている。
何処かご機嫌な様子だ。
「カジノを覗いてみたけど、イカサマもしてないし、従業員に乱暴もしてないみたいよ」
「これで、めでたしめでたしか。じゃあ、明日になったら次の町へ向かうか」
俺はベッドに横になり、眠ろうと目を閉じた。
その直後だった。
宿の階下から、騒がしい足音がこちらへ近づいてくる。
そして、その足音の主は部屋の前まで来ると――
勢いよくドアを開けた。
「あんた達のせいだからね! 責任取りなさい!」
俺は顔だけを上げ、ドアの方を見る。
そこにいたのは、見覚えのある顔だった。
ストゥールのカジノで、イカサマをしようとしていたバニーガールだ。
「別に、俺たちはあんたに何もしてないぞ」
「あんたのところのちびにイカサマがバレて、しくじったからクビになったのよ!」
ちびとは、アウラのことだろうか。
「イカサマをしようとしたのが悪いんじゃないか?」
「正論振りかざしてんじゃないわよ!」
女は腕を組み、不満そうに俺を睨む。
「私はカジノに住み込んでたのよ! 仕事も住む場所も一気に無くなったんだからね! どうしてくれるのよ!」
随分と図太いやつだ。
俺は呆れながらも、どうしたものかと考える。
こういうタイプは無理に追い返そうとしても、余計に騒ぎになるだけだ。
「……分かった。それで、どうしてほしいんだ?」
「養って!」
即答だった。
「それだけでいいわ。何なら、貴方のお嫁さんになってあげてもいいわよ!」
「それだけは駄目!」
ミーシャが勢いよく立ち上がる。
その顔には、先ほどまでのご機嫌な様子など微塵も残っていなかった。
女を鬼のような形相で睨みつけている。
「何か問題でも有るの?」
「大ありよ!」
ミーシャの尻尾が、ぶんぶんと大きく揺れていた。
「養いはしないが、住む場所があればいいんだろ? それなら空飛ぶ島に案内しよう」
「空飛ぶ島!? あんた、凄い魔法使いなの? 行く行く!」
浮かれる女を見て、俺は密かに悪い笑みを浮かべる。
食べ物はあるし、住む場所もある。
……娯楽だけはないが、黙っておこう。
「それならいいわ。ラルク、早く帰ってくるのよ」
満面の笑みで、ミーシャは俺たちを送り出した。
「ここが空島! すごーい! 本当に浮いてるのね!」
初めて空島を見たリズは、子供のようにはしゃいでいる。
「いじめたり、喧嘩したりするなよ。そんなことをしたら追い出すからな。えーと、ゴブリンは何処に行ったかな?」
俺は辺りを見渡す。
すると、いつの間にか家らしき建物が五軒に増えていた。
さらに、カボチャや豆、人参が植えられた広い畑まである。
ラズベリルやゴブリンたちが頑張っている成果が目に見えて分かり、俺は嬉しくなった。
灯りの見える家のドアをノックすると、ゴブリンが姿を現した。
俺を見ると、ゴブリンは嬉しそうに笑う。
「ああ、兄さん! お久しぶりです。いや~、ラズベリルさんが来てから野菜がよく育って、美味い飯が食えるようになりましたよ」
「あいつも頑張ってるんだな」
「人形がないと眠れないって、ぐずった時は焦りましたけどね。小さなゴーレムたちを抱かせたら、ぐっすり眠れるようになりまして。今じゃ毎晩ゴーレムを抱いて寝てますよ」
やはり、妖精王といえど一人は寂しかったようだ。
俺は苦笑する。
「急で悪いが、新入りを連れてきたんだ。部屋を用意してくれ」
「ほう、こちらの姉さんですね。名前はなんて言うんで?」
「リズよ。よろしくね!」
リズは悪びれる様子もなく、にっこりと笑った。
こうして、空島に新たな住人が増えたのだった。
「仲良くしてやってくれ。それより、あれから変わりはないか?」
ゴブリンは周囲を警戒するように見回してから、声を潜めた。
「ギルバートっておっさん、知ってるでしょ?」
「ああ」
「あいつが置いていった魔族が、リリスさんを監禁して、酷い扱いをしているみたいなんですよ」
「何!?」
思わず声を荒らげてしまう。
「あの魔王がそんな奴を寄越したっていうのか? 間違いじゃないのか?」
「俺も最初はそう思いましたよ。でも、子分たちが実際に見たって言うんです。だから間違いないですよ」
「……そうか」
ギルバートは、リリスを守るために魔族を寄越したはずだった。
なのに、その魔族がリリスを苦しめている。
いったい、何を考えているんだ?
俺は拳を握り締めた。
「リリスは何処にいる!」
「この家から真っすぐ行った先の建物ですよ!」
俺は怒りに駆られるように走り出した。
リリスがいるという家は、青い屋根のレンガ造りだった。
俺はドアを壊さんばかりの勢いで叩く。
「何の用だ!」
扉を開けて出てきたのは、鎧を着込んだ牛頭の魔族だった。
「リリスをいじめているというのは本当か?」
魔族は俺を嘲るように笑う。
「それがどうした? 用がそれだけなら帰りな!」
凄む魔族の腹を、俺は鎧の上から何度も殴りつけた。
魔族は吹き飛び、本棚に叩きつけられる。
「ぐえっ!」
「品がなさすぎる。本当にお前はギルバートの手下か?」
「うるせぇ! 俺に手を出したことを後悔しな!」
魔族は黒いスレッジハンマーを振り回し、俺に襲いかかる。
ハンマーが俺の右手を掠めた。
すると、右手が急激に重くなる。
「俺が殴った箇所は重くなる! あと三回も当たれば、お前は動けなくなるぞ!」
「殴りたいなら殴れ。黙って殴られてやるよ」
「後悔すんなよ、てめぇ!」
魔族は何度も俺を殴りつける。
確かに身体は重くなっていく。だが、痛くはない。
「もう終わりか?」
「な、何だと!?」
「なら、今度はこっちから行くぞ」
「ま、待て! お前、本当に人間か!?」
次の瞬間、俺は全力で拳を振り抜いた。
魔族はその場に崩れ落ち、動かなくなった。
俺は魔族を無視して、リリスを探す。
家の中を調べると地下へ続く階段があった。
その先に、リリスはいた。
鎖に繋がれ、身体のあちこちに痣が残っている。
「リリス、無事か?」
俺はすぐに治癒魔法をかける。
「貴方は……あいつと違って、私をいじめないのね」
「許せない気持ちはある。けど、腹いせに誰かを痛めつけるのは違うだろ」
リリスはゆっくりと目を閉じた。
かなり衰弱しているようだ。
俺は鎖を切り、リリスを背負う。
そして家を出ようとした、その時だった。
「すまない。どうやら手違いがあったようだ」
家の出入り口に、ギルバートが立っていた。
「手違いだと?」
「こんな魔族は知らないよ。きっと途中で入れ替わったんだろうね。バロックの仲間と」
「そんな言い訳が通用するとでも?」
俺はギルバートを睨みつける。
魔王だろうと関係ない。答え次第では、容赦するつもりはない。
「ぎ、ギルバート様!」
魔族が震えながら声を上げる。
「気安く名前を呼ぶな。偽物め」
ギルバートが手をかざす。
次の瞬間、黒い雷が魔族を包み込んだ。
雷が消えると、そこにはもう何も残っていなかった。
「後で、本当にリリスを護衛する魔族を送るからね」
そう言って、ギルバートは穏やかに微笑む。
俺は、その笑顔を見つめる。本心が読めない。
アシュリーとは違う。
こいつは警戒した方がいいのかもしれない。




