とある終わり
少年の後について行くと、村外れの祠に辿り着いた。
祠は、何代も祀られてきたという割には、小さく粗末な造りだった。
心から猫神様を崇めていた者はいないのかもしれない。
「こんな扱いをされても恩恵を与え続けた猫神様ってのは懐が広いな」
俺が神様の立場なら、怒り狂っていたかもしれない。
「だろ? 猫神様は偉大なんだ。俺の願いも叶えてくれたからな」
「何を願ったんだ?」
「……言えない。さ、掃除するんだろ」
ほうきを渡され、俺は素直に祠の周りを掃除する事にした。
「ラルク、何やってるの?」
「見て分からないか?」
俺は祠の周りの枯れ葉を掃いて集めてみせる。
「掃除でしょ? 何でやってるのか聞いてるのよ」
「神様のご機嫌とりのためだ。イリアたちは何してる?」」
「二人共猫ちゃんと遊んでるわ。アウラは食べる事しか考えてないかと思ってたけど、小動物を可愛がる心を持っているのね」
ミーシャが、アウラに対して散々な言い方をするので、俺はおかしくて笑ってしまった。
ミーシャも手伝ってくれ、掃除は二十分もかからずに終わった。
掃き掃除にはそんなにかからなかったが、拭き掃除に思いの外かかったのだ。拭き終わった後の布を見ると汚れで真っ黒に染まっていた。
「祠って神様のお家でしょ? 私なら、こんなに汚れてる家なんか住めないわ」
「これだけ綺麗になったんだから、暫くは安心して神様も住めるだろ」
磨き上げた祠は、まるで建てられたばかりのように綺麗になった。
これで怒りを鎮めてくれれば良いのだが。
「後は何か供えれば、猫神様も村の人たちを元の姿に戻してくれるよ。魚が良いかもね」
「……魚か。村に魚があれば良いけどな」
村人が猫にされてから、どれだけ時間が経っているか分からない。新鮮な魚は望めないだろう。
無ければ、干物でも供えよう。
村の中央に戻ると、猫たちは遊び疲れたのか、石畳の上や塀の上で眠っていた。
「何かいい匂いがしない?」
確かに、香ばしいいい匂いが鼻腔をくすぐっていた。
「ラルク〜、こっちだぞ!」
建物の中から手を振るアウラの元に向かうと、テーブルの上に料理が並んでいた。
「うわあ、美味しそう! どうしたのこれ?」
「イリアが作ったんだぞ。食べたかったけど、ラルク達が来るまで待ってたんだぞ」
アウラの口から、よだれが垂れている。どれだけ我慢していたかを伺える。
「勝手に人の家で料理を作るのも悪い気がしましたが、温かい物をラルクさんに食べてほしかったんです。誰か戻って来たら謝れば良いですからね」
腹も空いていたし、イリアの心遣いがありがたかった。
すぐにでも食べたかったが、この料理を祠に供えたら良さそうだと、俺は考えていた。
魚ではないが、これだけ美味そうな料理なら猫神様も満足すると思ったのだ。
「ちょっと待ってくれ。食べる前に少しだけ、料理を祠に供えて来て良いか? 村人たちを元の姿に戻せるかもしれない」
「え? 猫が村人なんですか」
イリア達に村人が呪いで猫になってしまった事を伝える。
「なら、すぐにでも持って行きましょう」
焼いた肉やサラダを少しずつ皿に盛り、イリアは出かける準備をした。
「ご飯はまだお預け? お腹が空いて仕方ないぞ……」
「昼間にギルバートさんからもらったおかし食べてたじゃない! そんなに時間は掛からないから行きましょう」
腰の重いアウラをミーシャが説得する。
祠に戻ると、少年が待ち構えていた。
「お、その料理なら猫神様も満足するだろうね」
「お前が言うなら間違い無いだろうな」
少年が何者かは分かっていないが、猫神様に寄り添う発言から見て猫神様の使いなのかもしれない。
彼の言う通りにしていれば大丈夫だろうと漠然と思っていた。
祠に料理を供えた瞬間、どこからともなく猫の高い鳴き声が響いた。
「私の為に頑張ってくれてありがとう。その働きに免じて村人を許してあげる」
祠の側に、黒髪で切れ長の目をした女性が立っていた。
猫神様だと、咄嗟に俺は思った。
「村人に機会を与えただけだ。また、村人があんたを粗末に扱ったらどうする?」
猫神様は、寂しそうに笑って答える。
「そうなれば、返してもらうだけよ。私が与えてきた物を全部ね」
この村の繁栄は、猫神様の恩恵があってこそのものだ。それを返すことは、村の滅亡を意味しているのだろう。
「今日くらいは辛気臭いのは無しよ。食べて飲みましょう」
猫神様が手を叩くと、どこからともなくテーブルが現れ、その上にイリアの作った料理が並んだ。
「やっとご飯だぞ!」
「こら、猫神様の前で騒いで失礼じゃない」
ミーシャがアウラを窘めると猫神様は笑った。
「気にしないで騒がしいのは好きなの。お酒もあるから飲む?」
猫神様は何処からか取り出したグラスに赤い液体を注いで俺達に渡す。
「これは?」
「ワインよ。お口に合うかしら?」
俺はワインを口にしたが酸味が強く美味いとは感じなかったが、失礼にならないように「悪くないですね」と答えた。
猫神様は楽しそうだった。
本当はこうして、人間と賑やかに食事をしたかったのかもしれない。
いつの間にか少年は消えていた。
「あの子はあんたの使いか?」
「顔見知りなだけよ。人間になっても、うまくやってるみたいね」
あいつは元々猫だったのか。どうりで村人より猫神様への信仰心が強い訳だ。
料理を食べながら夜中まで猫神様と話していたが、いつの間にか寝ていたらしい。
気付いたら朝になっていた。
「少しは寂しさは紛れたか?」
祠に話しかけると、近くの枝が揺れた気がした。
村に向かうと、人の姿があった。
俺は村人に、猫神様を大事にするようにだけ伝え村を出た。
「もっと説明した方が良かったんじゃない?」
「いや、あの村の連中は自分で猫神様を蔑ろにしてた事に気付かなきゃ意味が無いだろ」
言われたから反省しても同じ事を繰り返すだろう。
でも、気づく前に村が滅んでるかもしれないなと、俺は、ぼんやりと考えていた。




