信じる強さ
アラクネは明らかに焦った表情を浮かべていたが、逃げ出そうとはしなかった。
俺の隙を探り、勝機を見出そうとする執念を感じられた
「このまま帰って、二度と人を傷つけないと言うなら見逃してやる」
「妾に情けをかけるつもりか? 舐められたものよ。情けをかけられるくらいなら、最後まであがかせてもらおうか!」
アラクネは蜘蛛の糸を俺に向かって吐き出す。
あえて糸を体に受けると、俺は炎の魔力をまとっ て焼き払った。
「遊びは終わりか?」
「遊びだと? ふはは、ではこういうのはどうだ」
そのとき、部屋の扉が開いた。
立派な髭を蓄えた中年の男と、三十代ほどの美しい女性だった
服装からから二人は王と王妃なのだろうと俺は察した。
二人の首には、それぞれ剣が押し当てられていた。どうやらアラクネに操られているらしい。
「妾をこれ以上傷つけるなら、この者共を殺すぞ
」
俺にとって初対面の王や王妃など、どうでも良かった。
だが、先ほど兵士と約束してしまったので見殺しにも出来なかった。
「それでどうする気だ? 俺を切り刻むか? それとも直接毒を吸わせるか?」
「それも面白いかもしれぬな。だが、拘束するだけだ。妾の魔力を込めた糸で巻いて妾の配下にしてやる」
それは笑えない冗談だと俺は苦笑する。
「大人しくしておれ……」
アラクネが少しずつ俺に迫る。
だが、俺は焦らなかった。
仲間を信じていたからだ。
そのとき、どこからともなく穏やかな白い光が部屋を満たした。
「何だ、この光は! 妾の魔力が吸われていく」
イリアの祈りが通じ、神の加護によって、この国を覆っていたアラクネの魔力が祓われたのだろう。
操られていた王や王妃も足元から崩れるように倒れた。
「妾の野望が、ここで尽きるのか? 認めぬ! 認めぬぞ!」
最後の足掻きと言わんばかりに、アラクネは叫びながら剣を振り回す。
「無駄だ!」
俺はアラクネの剣を叩き落とす。
「お前さえ居なければ!! ……え」
アラクネの腹には深々と剣が刺さっていた。
「俺を放っておしゃべりすんなよ。寂しいだろうが」
アレクだ。
肩で息をしながらアレクがアラクネの腹に剣を突き立てたのだ。
どうやらイリアの祈りによって、辺りに漂っていた毒の魔力も弱まったようだ。
「まだ、ここで死ぬ訳には……」
「しつこい奴は嫌われるんだぜ。もう良いだろ? あばよ」
剣から冷気が溢れ、アラクネは一瞬で氷像のように凍り付いた
「仕留めたのか?」
「いや、敢えて生かしてある。永遠に凍らせて、この国の復興と繁栄を見せ付けてやるのさ。こいつにとってそれが一番効くだろ」
アレクは暫くアラクネを睨み付けていた。
いつもの軽薄な笑みは、そこにはなかった
アラクネのせいで、沢山の兵が命を落とした。
アレクが怒りを抱くのも当然だ。
「もう、体調は大丈夫か?」
「まだ、くらくらするが休んでられないだろ。負傷した奴らの応急処置や、城下町の被害を確認して何から手を付けるか考えなきゃな。ああ、頭が痛いぜ」
緊急時にはしっかり頭が働く姿を見るとやはり、アレクは騎士に向いているようだ。
王や王妃を含めた負傷兵を俺は治療し、アレクは体を引き摺りながら、城下町に向かう。
結局、アラクネの襲撃で壊れ壊れた家屋は十数軒。
兵士を含む負傷者は五十人に及び、そのうち十一人が命を落としたという。
数字だけを見れば、この国全体にとっては大きな被害ではないのかもしれない。
それでも、亡くなった一人一人に家族や友人がいる。
アラクネの襲撃は、確かな悲しみを町の人々の心に刻んだのだった。
「ラルク大変だったぞ」
兵士達の治療をあらかた終えた俺の元にアウラは飛び付いて来た。
「蜘蛛の巣の処理してくれたんだな。アウラなら、もっと早くやれそうだと思ったが難しかったか?」
「蜘蛛の巣だけを焼かなきゃならないから時間かかったんだぞ。城ごと燃やして良いなら一瞬で出来たぞ」
並外れた力ゆえに、抑える方が大変なのだろう。
「面倒な事をさせて悪かったな。だけどアウラが蜘蛛の糸を焼いてくれたから、空気が澄んで来たみたいだ。ありがとう」
撫でてやるとアウラは、気持ち良さそうに目を細めた。
「頑張った甲斐が有ったぞ! 後は、肉が有れば完璧だ」
「はは、分かったよ。後でまた、肉を好きなだけ食わせてやるよ
「やったぞ!」
アウラと話していたら、心の中のわだかまりがほぐれるようだった。
その後、俺達はミーシャ達と合流するため、教会へ向かった。
教会ではイリアは、傷付いた人々の治療にあたっていた。
「ラルク! 怪我はない?」
俺に気づくと真っ先にミーシャが駆け寄る。
「ああ、ミーシャ達も無事で良かった」
「大量の蜘蛛が押し寄せた時は駄目かと思ったけど、そのタイミングで加護の力が蜘蛛を追い払ったの。やっぱりイリアってすごいのね」
尊敬するような眼差しをミーシャはイリアに向けている。
治療を終えたイリアは、首を横に振る。
「私だけで何も出来ませんでした。ミーシャさんが私を守り、アウラとラルクさんが元凶の元に向かって敵の注意をひいてくれたからです」
そう言ってイリアは笑う。
その時、教会の扉が開き誰かが入って来る。
鎧を着た女性だった。
アレクと同じ意匠の鎧を着ている、この国の騎士なのかも知れない。
「ラルク殿ですね? まずは、私が不在の間にこの国を守ってくださったことに礼を言わせていただきます。私はシャルロット、ルーシュ城の騎士団長を務めております」
深々とシャルロットは頭を下げる。騎士団長というだけあって礼儀をわきまえているのだろう。
「やりたくてやったことだ。気にしなくていい。アレクも相当頑張ったから、評価してやってくれ」
「後ほど、アレクには褒美を取らせます。ここからは本題になりますが王が貴方に会いたがっています」
「分かった。アウラ、悪いが城まで飛んでくれるか?」
「その必要はない」
低低く張りのある声が教会に響く。
姿を見せたのは、装飾の施された派手な服を身にまとった男だった。ラルクには見覚えがあった
その男は王だった。
気付いた住人達は、王に向かって跪いていた。
「そのような事をせずともよい。皆、楽にするがいい。さて、ラルク殿。我が国を救っていただき感謝する。何か礼をさせてもらえないだろうか?」
王というのはふんぞり返る事しか芸が無いと思っていたが、ルーシュ城の王は違ったようだ。
「ミーシャ、イリア何かして欲しい事とか、欲しいものは有るか?」
「私は特にありませんよ」
「私も無いわ。欲しいものは自分の手で手に入れるしね」
「じゃあ、アウラはご馳走が食べたいぞ」
「お、おい!」
せっかくの褒美がご馳走になってしまうと俺が焦っていると王が笑う。
「最高の料理を振る舞わせよう。礼とは別にな。何をして欲しいか決まったら何時でも言うが良い」
その夜、俺達は城に招かれ城を救った兵やアレクと共に腹が膨れるまでご馳走を堪能した。
その夜、皆が楽しそうに笑っていた。
まるで、それぞれが負った傷を癒すかのように。




