忍び寄る足音
まだ日が暮れる前なので、俺達は城下町を散策することにした。
「あのハム美味しそうだぞ。そろそろおやつの時間だ!」
「お前飯屋で散々肉食っただろ! まだ食うのか?」
呆れた眼差しを向けたが、アウラは何がおかしいのか分かっていないようだった。
ミーシャは、くすりと笑うとアウラの手に銅貨を握らせた。
「たまには羽目を外しても良いんじゃない? ほら、買って来なさい」
「ミーシャありがとう。大好きだぞ!」
「はいはい」
駆け出すアウラを見つめるミーシャは、穏やかな表情を浮かべていた。
「ミーシャさん楽しそうですね」
「この国の人達って活き活きしてるじゃない? そういうの良いなって思って自然と笑顔になるの」
俺よりよっぽどミーシャは人を見ているようだと感心していた。
「アレクが守ってるんだな。この町の人の笑顔」
行き交う町の人々を眺めながら、俺はしみじみと思った。
「ラルクだって人助けしてるんだから同じ位、立派よ」
「そうか? ありがとうミーシャ」
成り行きで助けていただけで誰かを助けたという実感は無かったが、ミーシャが気付かせてくれたようだ。
ミーシャは「えへへ」と照れて笑う。
「ハムは丸かじりに限るぞ! ラルクもかじるか?」
かじりかけのハムをアウラは俺の口元に押しつける。
「むが! そんなに押し付けるな」
イリアは、その様子を見て笑った。
「あはは。本当に仲が良いですねお二人共」
「イリアともミーシャともアウラは仲いいつもりだぞ! 仲良くするか?」
そう言ってアウラはハムをイリアに近づける。
「それは、え、遠慮します。すみません」
「アウラ、無理矢理ハムを食べさせるのは止めなさい!」
ミーシャに窘められ、アウラはハムを一人で食い尽くしていた。
この騒がしい日常が続けば良いと俺は願っていた。
「ん?」
俺の視界を小さなものが横切った。
蜘蛛だ。
小さな黒い蜘蛛が数匹、建物の陰へと這っていく。
まるで、人目を避けるように。
「ラルク何か有ったの?」
「蜘蛛がいたんだ。妙な動きの蜘蛛がな。念の為アレクに伝えとくか?」
蜘蛛くらいで騒ぐのは気が引けたが、嫌な予感がしていた。
イリアは考える素振りを見せてから不安そうに口を開く。
「確か最初に会った時、アレクさんアラクネに襲われていましたよね? 何か関係が有るかもしれません。行くだけ行ってみましょう」
何かが起きてからでは遅い。俺達は城門に向かう事にした。
「止まれ! 何者だ!」
城門前の甲冑を着た門番に呼び止められる。
「騎士のアレクに用が有るんだ」
「一般人は何者であろうと通すことは出来ん。用件が有れば聞こう」
「怪しい蜘蛛を城下町で見かけたんだ。何かの前触れかもしれない」
門番は鼻で笑った。
「ははは、そんなつまらない事を伝えに来たのか? 覚えてたら伝えとくから帰るんだな」
取り付く島もないようだ。仕方無く俺達は、その場を後にした。
「何よ、あれ? せっかく教えてあげたのに感じ悪いわね!」
「俺が門番でも、妙な蜘蛛が出たって言われたら同じ反応するさ。今日は町の宿に泊まって、何かあればすぐ動けるようにしよう」
「何も無ければ良いですね……」
イリアは震えていた。言葉とは裏腹に何かが起きるような漠然とした確信があったのかもしれない。
俺はイリアの手を握ってやることしか出来なかった。
それは真夜中の事だった。
誰かが俺達の部屋のドアを、無言で激しく叩いていた。
ベッドから俺は起き上がり声を潜める。
「アウラ起きてるか? ドアの前に怪しい魔力を感じるか?」
「普通の人だぞ。ん、中にちっこい何かがいるぞ」
ドアを叩いているのが敵か味方かは分からない。
俺は警戒しながら、ドア越しに魔力をぶつけた
すると、何かが倒れる音がした。
ドアを開けると、宿の主人が床に倒れていた。
その耳からは小さな蜘蛛が這い出し、床を這っていく。しかし、途中で力尽きたのか微動だにしなくなる。
「この蜘蛛が人を操っているのか?」
「この蜘蛛が人を操っていたのか?」
俺は動かなくなった蜘蛛を拾い上げた
蜘蛛から確かに魔族に似た魔力を感じた。
何者かが蜘蛛に指示を与え、蜘蛛で人を操っているのかもしれない。
「きゃああ!!」
振り返ると、ミーシャ達の足元には無数の蜘蛛が蠢いていた。
俺は咄嗟にイリアの枕元の盾に魔力をぶつけ反応させると、眩い光が辺りを包んだ。
案の定、聖なる盾の加護が蜘蛛の動きを封じていた。
しかし、廊下からも蜘蛛がこちらに向かって来ていた。
「ここから離れるぞ。アウラ遠慮なく壁をぶち破れ!!」
アウラはドラゴンの姿になると壁に体当たりをして、大きな穴を空けた。
「ミーシャ、アウラの背に乗ってイリアを安全な場所に避難させてくれ! 俺は元凶を探す!」
「待って下さい!」
イリアが叫ぶ。
「この一大事に、私だけ逃げるなんてできません! 私も聖女として、皆さんのお手伝いをさせてください!」
控え目な性格なイリアがここまで言うのだ。駄目とは言えないだろう。
「分かった。なら好きにしろ。でもな、危ないと思ったらすぐ逃げるんだぞ」
イリアは力強く頷いた。
俺達はアウラの背に乗り、壁に開いた穴から外へ飛び出す。
外では既に、あちこちから人々の悲鳴が聞こえていた。
「私は教会で神に祈りを捧げて、この国の悪しき魔力を祓います」
「私もついていってあげるわ。アウラ、ラルクを守ってあげてね」
「もちろんだぞ!」
ミーシャ達と別れると俺は怪しい魔力を探ろうとした。
しかし、城を見てその必要が無いことを理解した。
城が蜘蛛の糸のようなもので包まれていたのだ。
「城だ! 急ぐぞアウラ」
間に合ってくれと祈りながら俺達はルーシュ城に向かう。




