英雄たるは
道中で俺達は鎧を着た男がアラクネに襲われている瞬間に遭遇した。
アラクネは蜘蛛の足をかさかさ動かし、口から吐いた糸で騎士を縛り上げていた。
俺は火球を生み出し、威嚇するようにアラクネの足元へ放った。
アラクネはこちらに気付くと、何も言わずに逃げて行く。
「ねえ、大丈夫? 生きてる?」
ミーシャが男に駆け寄り蜘蛛の糸を器用に外してやると男は、兜を脱いで顔を見せた。
短い茶色の髪に、翡翠のような緑色の瞳を持つ、整った顔立ちの男だった。年の頃は十代後半といったところだろう。
「いやー助かった。俺はルーシュ城の騎士アレクサンダーって言うんだ。アレクって呼んでくれ」
騎士というのは、俺の父と同じお硬いイメージが有ったが、こういう軟派な奴もいるのだろう。
「その調子なら大丈夫そうね。私はミーシャよ」
「イリアと申します」
「俺はラルク。こっちはアウラ」
アウラを少年の姿にさせておいて良かった。
本来のドラゴンの姿を見せていたら、さすがに怪しまれていただろう。
「これはご丁寧。それよりあんた女の子二人も連れてモテるんだな。俺も騎士として名をあげて女に囲まれたい!」
こんな邪な男が騎士なんて大丈夫なのか? と疑問を抱いたが、喧嘩をする気もないので口にはしなかった。
「騎士様がこんな所で何やってんだ?」
「国境の魔物を討伐した帰りだよ。疲れてなきゃアラクネ何か斬り伏せてやったんだがな」
腰に差した剣の柄を撫でながら、アレクは悔しそうに顔を歪める。
「無駄に命を奪わずに済んだと感謝しましょう」
イリアは神に祈るように手を組んだ。それを見たアレクは驚いた顔をしたが、次第に表情をほころばせた。
「そう言う考えも有るか。騎士になってからも学びは有る」
柔軟な考え方ができるのが、こいつの強みなのかもしれない。
「城まで送ってあげようか?」
「ああ、頼めるか。まだ本調子じゃないからな。城に着いたら何か礼をさせてくれ」
「肉! 礼なら肉が良いぞ!」
「もう、アウラったら食べる事ばっかりね」
今まで大人しかったアウラが目を輝かせる。黙っていたのは腹が空いていたかららしい。
「はは、なら飯を奢るよ。だからしっかり護衛を頼むぜ」
「肉のために頑張るぞ!」
こうして俺達はアレクをルーシュ城に送り届ける事になったのだった。
ルーシュ城までの道中でアレクは、自分の事を語っていた。
しがない兵士だったが砦を防衛した功績を認められ騎士になったのだと。
両親は早くに他界したが、仲間がいるから寂しいと思った事が無いとも。
散々苦労しているのに、それでも前に進み続ける強さを、アレクは持っていたのだろう。
「頑張ったんだな」
俺が言うとアレクはきょとんとした顔をする。
「がむしゃらだったから頑張ったとかは分からないな。やる事をやっただけだしな」
頑張った自覚がないとは、ある意味恐れ入った。
「お前はまだまだ強くなるぞ」
「そうさ。じゃなきゃ女は寄らないからな」
俺とアレクは顔を見合わせて笑った。
「見えて来たな」
アレクが指さした先には城下町が広がっていた。その中央には、高い城壁に囲まれた城がそびえている。
「これだけ城下町が栄えてるって事は平和が保たれているって証ね」
ミーシャが感心していると、アレクは笑った。
「俺らが頑張ってるからな。お、ちょっと待ってな」
子供達がアレクに駆け寄る。
「アレク兄ちゃん! これ、父ちゃんが兄ちゃんに渡して来いって」
一人の男の子がアレクに傷の無い林檎を三つ手渡した。
「悪いなマルク。父ちゃんに礼を言っておいてくれ」
「それは良いけど、今度はいつ遊んでくれるの?」
「何もなければ、半月もすれば少し暇になる。その時に遊んでやるよ
「やったー。忘れないでよ」
子供達はアレクに手を振り、去っていく。
「さて、飯屋に行くか。約束だからな」
飾り気のない言動が、皆から慕われている理由なのだろう。
アレクは行き付けの店が有ると俺達を案内した先は、大衆向けの賑やかな飯屋だった。
「アレク! 無事だったか。 その辺に座ってくれ。サービスするからよ」
店主らしい筋肉質の男は、フライパンで米を炒めているようだった。
米の料理があるという事は、ここにも勇者サキが訪れたのかもしれない。
「俺は城まで行かなきゃならないから、こいつらにサービスしてやってくれ。支払いは俺に回しといてくれ」
「あいよ! 今度はゆっくり飯食いに来てくれよ」
「ああ、時間があればな。あんたらは、好きなだけ食ってくれ」
「アレクはこれから仕事?」
ミーシャが尋ねるとアレクは大げさに肩を素振りを見せる。
「魔物討伐の報告と、見習い騎士の稽古に付き合わないといけないんだ。女の子とデートする暇もありゃしない」
「悪いな忙しいのに、飯屋まで付き合わせて」
「気にすんな。俺は約束は守る質だからな。ゆっくり食ってけよ。ここの飯は王国一だからな」
笑いながらアレクは店を後にする。
あいつみたいな奴が国を守ってるならルーシュ城も安泰だろう。
「面白い人だったわね」
「俺もあんな感じだったら良かったか?」
冗談めかして俺が言うとミーシャは可笑しそうに笑った。
「ラルクはラルクだから良いの。ね、イリア」
話を振られたイリアは何故か赤面して「ええ」と短く答える。
他愛ない話をしていると、店主が料理を運んで来た。
「まだ料理頼んでませんが……」
イリアが不安そうに言うと店主は豪快に笑った。
「気にするな、サービスだ。アレクの連れてきた客だから、店の味を覚えさせたくてな」
「アレクは人気者なんだな」
「おうよ! アレクはこの国を魔族から守った英雄だからな。ま、お調子者だから女にはもてねえけどな」
アレクが好かれているのは、英雄だからではない。
英雄と呼ばれるに相応しい振る舞いをしてきたからこそ、皆に慕われているのだろう
騎士になるべくしてなったのだろう。
がっつくアウラに食べ尽くされる前に、俺も慌てて料理に手をつけた。
暗雲が迫る事も知らずに……。




