好奇心が道標
アウラは俺を背中に乗せ、鼻歌交じりに空を飛んでいる。
それもそのはず。
先ほど立ち寄った近くの村で、山ほどのビスケットを買い与えてやったからだ。
まさか、ビスケットがなければ何もしたくないとドラゴンが駄々をこねるとは思わなかった。
なけなしの銅貨はほとんどなくなってしまったが、どうにかなるだろう。
今は楽天的に考えるしかない。
「見えたぞ、ラルク。あれがエル・フィリアだ」
アウラの背中から眼下を眺める。
そこには、岩山に囲まれた淡い青色の花畑が広がっていた。
夜になっても花の色がはっきりと見える。
どうやら、花そのものが淡い光を放っているらしい。
「ここが……?」
小さな建物どころか、花以外には何もない。
その光景に、俺は違和感を覚えた。
「妖精の帰るべき場所と言われていた妖精郷、エル・フィリアは間違いなくここだよ」
「帰るべき場所?」
「命が終わる時に、戻りたいと思える場所だよ」
アウラは淡々と答える。
「醜い争いを続ける人間に愛想が尽きて、今は妖精が一人もいないらしいけどね」
その声は淡々としていた。
けれど、どこか寂しげにも聞こえた。
アウラも妖精たちに同情しているのかもしれない。
標高が高いせいか、次第に風が強くなってきた。
俺は振り落とされないよう、アウラの背にしっかりと抱きつく。
「大丈夫。今のラルクは、落ちたくらいじゃ怪我もしないよ」
「だからって、はいそうですかと飛び降りる気にはならないぞ」
いくら安全だと言われても、剥き出しの岩肌に向かって飛び降りたい奴なんていないだろう。
やがてエル・フィリアの大地に降り立つ。
その瞬間、俺は奇妙な違和感を覚えた。
足元に咲いている花々が、何かの魔法陣を形作っている。
そして俺とアウラに反応するように、淡い青色の光を放っていた。
「何の魔法陣だ? アウラ、分かるか?」
「これは大掛かりな転移魔法の魔法陣だ」
アウラが周囲を見渡す。
「あそこの花が欠けているから、発動しないみたいだな」
アウラの視線の先には、不自然に枯れた花があった。
「完成させて、どこに繋がっているのか行ってみるか」
魔法の知識など、俺にはほとんどない。
それなのに魔法陣全体を見渡すと、何が欠けているのか手に取るように分かった。
枯れた花を千切って取り除き、指先に魔力を集中させる。
そして、魔法陣の続きを描いた。
次の瞬間――
大地が、一瞬目が眩むほどの青い光を放った。
「強制転移ではないんだな」
どうやら、こちらから向かう意思を示すことで転移先へ移動できるらしい。
「ラルク。何があっても守ってやる」
アウラが俺を見る。
「だから、行くぞ」
「ああ。お前がいれば、何も怖くない」
アウラと共に魔法陣の中央へ立つ。
俺はゆっくりと手を上げた。
その瞬間――
二人の姿は、魔法陣へ沈み込むようにして消えた。
気が付くと、暗闇の中にいた。
俺の目の前には、蝶のような羽を生やした老人が立っている。
「お待ちしておりました。新たな主様」
「主? 俺が?」
「左様です」
老人は淡々と答えた。
「前の主様が命じられました。ここへ誰かが来たら、それが新しいお前の主だと。新しい主に従え、と」
召使いとして仕えろと言われても、こんな年寄りに無理をさせるわけにはいかない。
「そんな体で何ができる。後は自由に生きな」
俺は振り返る。
「アウラ、帰るぞ」
そう叫んだが、アウラの声は聞こえてこない。
どうやらアウラだけ別の場所に転移してしまったらしい。
「お連れ様なら、間もなくこちらへ来ますよ」
老人はそう言ってから、何かを思い出したように続ける。
「ああ、そうでした。貴方には私が前の主の姿に見えているのですね」
「どういう意味だ?」
「これで、どうです?」
老人の姿がみるみる変わっていく。
皺だらけだった顔は若返り、艶のある雪のように白い肌へと変わっていった。
長いまつ毛に縁取られた涼しげな瞳。
一見すると、どこかの美少女にしか見えない。
いや、よく見ると肩幅や筋肉のつき方から、どうやら男の子らしい。
「これが本来の私の姿です」
少年は淡々と頭を下げた。
「この空飛ぶ島の管理者、テオドールと申します」
「空飛ぶ島?」
俺は目を丸くした。
「おとぎ話だけの存在なんかじゃなく、実在したのか?」
「妖精王バラムス様が、人間に悪用されぬよう長年隠されていました。しかし、ここを離れる際に手放されたのです」
テオドールが指を鳴らす。
すると周囲が明るくなった。
そこは年季の入った木の壁に囲まれた、殺風景な一室だった。
なぜ、こんな部屋に通されたのか。
それも気になったが、もう一つ気になることがあった。
空飛ぶ島だというのに、ほんの僅かにも揺れていない。
魔法で揺れを完全に防いでいるのだろうか。
「本当に飛んでいるのか? この島は」
「いえ。地中深くに沈んでいます」
「はぁあぁあああ!?」
思わぬ返答に、普段なら出さないような声が出てしまった。
俺は少しむせながら問い返す。
「空飛ぶ島が、どうして沈んでるんだよ!?」
そんな俺とは対照的に、テオドールは無機質な表情のままだ。
「バラムス様が隠したのです」
「隠した?」
「この空飛ぶ島を動かすには、種族を問わず三人の愛が必要なのです」
「愛?」
随分と抽象的なものを要求する。
愛にも色々な形がある。
いったい何が正解なのだろうか。
「そもそも、愛なんてどうやって持ってくるんだよ」
「愛は強い感情です。愛されれば、魂に『愛された印』が刻まれます」
テオドールは淡々と説明する。
「つまり、愛された貴方がここへ来ていただければ、この島は浮かび上がるのです」
まさに、おとぎ話そのものだ。
だが、やるしかない。
俺はこの空飛ぶ島を、誰かにとっての『いつか帰るべき場所』にしてやりたい。
皆が穏やかに暮らせる楽園にしたい。
「そういえば、アウラはどこにいるんだ?」
「暫く、この島の食料庫を見張ると言われたので任せてあります」
「今すぐここへ連れて来い!!」
前途多難だな。
俺は手で顔を覆った。
しばらくして、テオドールに連れられてアウラがやって来た。
その口元は、何かの果実の汁でべっとりと濡れている。
「お前が食料庫を空にする前に、ここを出るぞ」
アウラは残念そうな顔をしていた。
だが、俺たちは魔法陣を使って空飛ぶ島を後にした。
「次は、近くの町へ行こう」
「うるる!」
元気な声を上げながら、アウラは夜空を駆けるように飛んでいく。
街に着くまでの間、俺はほんの少しだけ目を閉じ、体を休めることにした。




