決別と新たな道
「お前のことは、なんて呼べばいい?」
エンペラードラゴンは、俺の問いに特に関心もなさそうに答えた。
「好きに呼べ。名前など、ただの飾りだ」
「なら、アウラって呼ばせてもらうぞ。アウラってのは、幸運を呼ぶ神様の名前だ。俺のことはラルクと呼んでくれ」
名前なんて飾りだと言っていた割には、その名前が気に入ったのか。
「うるるる!」
アウラは嬉しそうに二、三度鳴いた。
「病み上がりで悪いが、俺の頼みを聞いてくれ、アウラ。レガリア王国まで俺を運んでくれ」
「王の首でも取るのか、ラルク?」
「それも悪くないが……ただ、あんたらには二度と忠誠を誓わないって言いに行くだけさ」
何も言わず、そのまま国を離れてもよかった。
だが、自分なりのけじめをつけたかった。
そうでなければ、俺は前に進めない気がした。
「分かった! 行くぞ!」
唐突に、アウラが尻尾を俺の体に巻きつける。
そのまま俺を包み込むようにして、空へ飛び上がった。
尻尾にはゴツゴツとした棘がある。
それなのに、不思議と痛みは感じなかった。
契約者を傷つけないようになっているのかもしれない。
廃墟まで歩いて数時間かかったというのに、空から流れていく景色を眺めているうちに、もうレガリア王国の宮殿が見えてきた。
「宮殿の前で下ろしてくれ」
「遠慮するな。王の前に直接連れて行ってやる!」
「いや、そういう意味じゃ――」
言い終わるより早く、アウラは宮殿へと急降下する。
そして鉤爪で屋根の一部を抉り取ると、俺をそのまま中へ放り込んだ。
「うわっ!」
ある程度の高さから落ちたというのに、怪我はなかった。
どうやら力を得たことで、身体そのものも丈夫になっているらしい。
「そなたはラルクか? 何をしに来た?」
書類が散らばる部屋の中。
そこには、驚愕したようにこちらを見つめる縮れた白髪の男がいた。
この男こそ、レガリア王国の王イドルムだ。
この状況なら、反旗を翻した兵が自分を殺しに来たと思って怯えても無理はないだろう。
現にイドルムの目には、昨日まで侮蔑の対象だった俺が、今では恐怖の対象として映っている。
「何もしませんよ。ただ、あんたら王族や、この国にはもう忠誠を誓わない。これから先も関わらないって宣言しに来ただけです」
「それだけか。用が済んだのなら、出ていくといい」
安堵したのか、イドルムの口調は落ち着きを取り戻していた。
俺が大人しく引き上げようとした、その時だった。
部屋の扉が開いた。
入ってきたのは、数人の近衛兵。
そして聖騎士候補、シェームだった。
シェームは俺を目の敵にし、何度も暴力を振るってきた屑だ。
体に残っている痣の一部は、こいつにつけられたものだった。
「ラルク! 王の命を狙うとは、気でも狂ったか! ドラゴンテイマーみたいな出来損ないは、やはり頭まで出来損ない――ひぐっ!」
復讐など、これっぽっちも考えていなかった。
だが、思わず手が出た。いや、指が出た。
俺はシェームの頭を、指で軽く弾いただけだった。
それだけなのに、シェームの体は勢いよく吹き飛び、壁に叩きつけられる。
白目を剥いたシェームは、そのまま気絶した。
近衛兵たちは完全に戦意を失い、武器を捨てると情けなく命乞いを始めた。
「王様、あんたに一つだけ、言い忘れたことがあります」
「は、はい。なんでしょうか?」
さっきまで偉そうにしていた王様が、元兵士の俺に敬語を使っている。
それほど俺を恐れているのかと思うと、なんだか可笑しくなった。
笑うのを堪えながら、俺は続ける。
「俺の父さんや母さんは、俺とは関係ない」
一度、言葉を切る。
「何かしてみろ。この国を滅ぼすぞ!」
父さんと母さんは、俺がドラゴンテイマーだと知っても愛してくれた。
王国を離れることは、そんな二人を置いていくことでもある。
だからせめて、最後の孝行として――
二人に危害が及ばないようにしようと思った。
「分かった! だから早く行ってくれ!」
「王様が、こんなに情けないとは思わなかった」
「アウラ!」
名前を呼ぶと、右腕の紋様が青く輝いた。
次の瞬間、アウラが空から降りてきて、俺の前に背を向ける。
その姿を見た王や近衛兵たちは、騒ぎ始めた。
だが、俺は気にせずアウラの背に乗る。
もう二度と、ここへ来ることはないだろう。
そう思いながらも、俺は振り返らなかった。
ただアウラの背中にしがみつき、そのままレガリア王国を後にした。
しばらくアウラは飛び続け、やがて川の側へ降り立った。
「これからどうするつもりだ、ラルク?」
アウラは爛々と目を輝かせながら尋ねてくる。
「この世を支配する王になるか? それとも、世界中の富を手に入れるか?」
随分と野心家のドラゴンらしい。
どうやら俺より欲があるようだ。
「俺は、ただのんびり暮らしたいだけだ」
魔物と人間の争いなんて気にせず、ただ穏やかに生きたい。
それだけだった。
だが、アウラの野心に触れたせいなのか。
俺の気持ちも、少しだけ揺さぶられた。
そして、つい口にしてしまう。
「俺みたいなあぶれ者でも、差別されずに生きていける楽園を作りたい」
自分でも、少し大きすぎる夢だと思った。
「そんな場所で、のんびりゆっくり生きていければいいと思う」
きっと、アウラの力があれば不可能ではない。
ただ、それがかなり遠い道のりになることも、ぼんやりと理解していた。
「分かった」
アウラは迷うことなく答えた。
「お前の望む楽園を作っていこう」
「……本気か?」
「もちろんだ!」
アウラは胸を張る。
「拠点に良さそうな場所がある。明日、そこを目指そう」
そして、得意げに告げた。
「失われた妖精郷――エル・フィリアに!」
エル・フィリア。
聞いたことがある。
レガリア王国の南東に位置する、岩山に囲まれた秘境。
かつては妖精が住んでいたらしい。
だが、ここ数百年続いている魔族と人間の争いに巻き込まれ、妖精たちは死に絶えたと聞いている。
「岩山が天然の要塞になるし、妖精が住んでいた土地なら、土も魔力を含んでいてどんな作物でも育つってことか」
俺は少し考える。
「行く価値はあるな」
行ってみて駄目だったとしても、次がある。
これからは、失敗しても許される。
そう思うと気が楽になった。
「あ!」
「どうした、ラルク?」
俺は大切なことを思い出した。
そして、申し訳なさでいっぱいになりながら口を開く。
「お前のビスケット、買い忘れた……」
アウラの暫く黙っていたが悲しそうな顔をした。
「ラルク、契約解除しても良いんだぞ?」
「悪かった! 今から何処かの町に行って買ってくるから許してくれ!」
こうして少しわがままなドラゴンと俺の旅が始まった。




