救えぬものと悲願
「ここよ」
ミアに案内されたのは、町外れにひっそりと建つ小屋だった。
中に入ると、壁際に並べられた棚が目に入る。
そこには無数の小瓶が置かれていた。
その一つ一つに、青白く光る球体が入っている。
球体はまるで呼吸をしているかのように、一定のリズムで明滅を繰り返していた。
「……これは、魂?」
「ええ、そうよ。こっちが大工のノルド爺ちゃんで、こっちが町一番の働き者のアマンダ」
ミアは何でもないことのように、小瓶を指差していく。
一人一人の魂を覚え、その名前まで大切に記憶しているのだろう。
「……この魂、何か言ってるみたい」
ミーシャが小瓶に耳を近づける。
「……『今日は良い天気ね』って繰り返してる」
「凄いね、君。魂の声は魔女にしか聞こえないはずなのに」
ミアが感心したようにミーシャを見る。
「私のひいひいお婆ちゃんが魔女なの」
「だから聞こえるんだね」
ミアは納得したように頷く。
「でも、そんなに真剣に聞かなくても大丈夫よ。魂が話しているのは、今の意思じゃないから」
「どういうこと?」
「体から魂が抜かれるまでの記憶を、無作為に繰り返しているだけなの」
ここにある魂は、時が止まっているのだろう。
死ぬことはない。だが、生きることも出来ない。
そんな奇妙な状態で、町の人々の魂は小瓶の中で時を過ごすしかないのだ。
「町の住人に呪いをかけたのは誰だ?」
「崩壊を司る魔族、デルモンドよ」
ミアは俯き、悔しそうに唇を噛む。
「小さな子供のふりをして、町の人たちの善意につけ込んだの。それで油断させて……あとは、あっという間だった」
町の人々を守れなかったことを、今でも悔やんでいるのかもしれない。
「呪いをかけた奴が分かっているなら、倒した方が早い。ミア、デルモンドはどこにいる?」
「ここからさらに南へ行ったところにある洞窟よ。そこで見たわ」
ミアは一度言葉を止める。
「でも、危険よ。話しかけようとしたら、いきなり攻撃されたから」
そう言ってミアはローブの袖を捲る。
そこにあった腕は、肌の色を失い、黒く変色していた。
「これは……!」
イリアが息を呑む。
「このままだと腕が使い物にならなくなりますよ。ちょっと貸してください!」
イリアは慌ててミアの腕に手をかざす。
「神よ、どうかこの者に癒しを――」
淡い光がミアの腕を包み、黒く変色していた肌が、少しずつ元の色を取り戻していった。
「貴方、凄いのね!」
ミアはイリアの治癒の奇跡に、感動したように目を輝かせている。
「私なんてまだまだです。神が偉大なだけですよ」
にっこりと微笑むイリアは、まさに聖女そのものだった。
「イリアはミアと一緒に、ここに残れ。ミーシャも残った方がいいかもしれないな」
相手は町の住人全員に呪いをかけるほどの力を持つ魔族だ。
下手をすれば、二人まで失うことになる。
「私は行くからね」
「死ぬかもしれないんだぞ!」
「それはラルク達も同じでしょ」
ミーシャは真っ直ぐ俺を見つめる。
「町の人たちを、こんな目に遭わせた奴を許せないのは私も同じよ! だから行くからね!」
ミーシャの気迫に押されたわけではない。
けれど、ここまで言われて置いていくことも出来なかった。
「分かった。俺の傍を離れるなよ」
「もちろん!」
ミーシャは満足そうに笑う。
アウラの背に乗り、デルモンドがいるという洞窟へ向かう。
まだ日は高いというのに、洞窟の中は闇に満たされていた。
俺は手のひらに光球を浮かべ、周囲を照らす。
湿気を含んだ黒い岩壁は濡れて光り、足元には所々に苔が生えていた。
「転ばないように進めよ」
「分かってるわよ。なんか、じめじめしてるわね」
ミーシャの言う通り、洞窟の中は妙に湿度が高い。
さらに奥へ進んでいくと、赤い傘をしたキノコが辺り一面に生えていた。
「ラルク、焼いて食っていいか?」
「止めとけ。腹を壊すぞ」
キノコに駆け寄ろうとするアウラを、俺は慌てて止める。
その直後だった。
キノコから突然、手足が生えた。
「うわっ!」
跳ね上がったキノコの魔物が、次々と俺達に飛びかかってくる。
俺は咄嗟に火球を放った。
炎に包まれたキノコは動かなくなる。
だが、一体倒したところで終わりではなかった。
次から次へと、キノコの魔物がこちらへ押し寄せてくる。
「おや?」
不意に、洞窟の奥から声が響いた。
「新しい獲物ですか?」
声のした方へ目を向ける。
そこには、せり上がった岩の上に立つ少年がいた。
短い金髪を指先でかき上げながら、少年は楽しそうに俺達を見下ろしている。
「壊しがいがありそうだ」
少年の手のひらから、黒い靄のようなものが生まれた。それは俺へ向かって真っ直ぐ飛んでくる。
「ラルク! 何か来るわよ!」
咄嗟に俺は全身を魔力で覆った。黒い靄が身体に触れた瞬間魔力の障壁に弾かれ、霧散する。
「面白いお兄さんだ」
少年は興味深そうに俺を眺めながら、にやにやと笑っている。
「お前がデルモンドか!」
「格下に名乗る名前はないけど、そう認識してもらって構わないよ」
「町の人間にかけた呪いを解け。そうすれば命だけは助けてやる」
デルモンドは、さも可笑しそうに笑った。
「一度、僕の魔法を防いだくらいで偉そうにしないでもらおうか」
少年が指を鳴らす。
「君達は僕の配下と遊んでいるのがお似合いだよ」
その声に呼応するように、キノコの魔物が一斉に胞子を撒き散らした。
俺とアウラには特に変化はない。しかしミーシャが突然、唸り声を上げた。
「ミーシャ!?」
次の瞬間、ミーシャが俺を押し倒す。そして俺の首に手をかけた。
「ミーシャ、しっかりしろ!」
「それは敵じゃないぞ」
アウラも声をかけるが、ミーシャは反応しない。
手にほとんど力が入っていない。不思議に思い俺はミーシャの顔を見る。
一瞬だけ、彼女が俺に目配せをした。
「……そういうことか」
ミーシャの意図を理解した俺は、芝居に付き合う。
「ミ、ミーシャ……離してくれ……」
デルモンドが嬉しそうにこちらへ近づいてくる。
「仲間の手にかかって死ぬ……。なんて美しいんだろう」
少年は恍惚とした表情を浮かべた。
「友情? それとも愛情かな? 大切な感情が崩れていく瞬間ほど、美しいものはないよ」
デルモンドが俺の顔を覗き込もうとした、その瞬間だった。
ミーシャの拳がデルモンドの顔面を捉えた。
「ぐあっ!?」
デルモンドの身体が吹き飛び、岩壁に叩きつけられる。
「お前、意識が!?」
「胞子を吸ったふりをしてただけよ!」
アウラが炎を吐き出し、キノコの魔物を一掃する。
俺はその隙に魔力を集中させ雷の槍を作り出す。
「崩壊するのはお前だったな。デルモンド!」
「……がはっ! ぼ、僕にこんな酷いことをして……許されると思うなよ!」
焼け焦げた顔をこちらへ向け、デルモンドは俺を睨みつける。
そして獣のように鼻をひくつかせると、不気味な笑みを浮かべた。
「この匂い、聖女だな」
デルモンドの視線が俺の後方へ向く。
「お前の仲間か。なら、最後の力を振り絞って塵になるまで崩壊させてくれる!!」
「止めろ!!」
俺の叫びも虚しく、デルモンドの身体から大量の黒い靄が噴き出した。
それは凄まじい速さで洞窟の外へ飛び出していく。
「くそっ!」
俺が追おうとした、その時だった。
デルモンドの身体から力が抜ける。崩れ落ちた身体は、二度と動かなかった。
デルモンドの命は、既に尽きていた。
「まずい! イリアが!」
「ラルク!」
アウラが叫ぶ。
「イリアの姿を詳しく思い浮かべろ! 疲れるけど、イリアのところまで行けるぞ!」
「分かった!」
俺は目を閉じ、イリアの姿を思い浮かべる。
髪の色も、服も、顔も。
そして全身に魔力を集中させると身体が光に包まれる。
次の瞬間――
「イリア!」
俺はイリアのいる場所へ転移していた。
だが、そこにいたイリアは地面に倒れている。
「イリア、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄り、その身体を抱き起こす。
「くそ、間に合わなかったのか……」
すると、イリアがゆっくりと目を開いた。
「ラルクさん?」
「イリア!」
「黒い靄が来て、盾が光って、それから……」
イリアは背中に括り付けられた盾を見る。
盾には黒い煤のような跡が残っていた。
「……どうやら、こいつが守ってくれたみたいだな」
俺は安堵して息を吐いた。
「良かった。本当に、良かった」
俺が安堵していると、勢いよく扉が開いた。
「あれ? ラルク君、戻ってたの? イリアちゃんに何かあった?」
「イリアはもう大丈夫だ。少し寝かせてやろう。それより、何があった?」
「町の人たちの呪いが解けたの!」
ミアは満面の笑みを浮かべる。
「これで魂を身体に戻しても大丈夫よ」
「本当か!?」
「ええ、呪いの紋様が消えていたから間違いないわ」
ミアは嬉しそうに頷いた。
町の人達の呪いを解く事。それだけが、彼女がずっと願い続けてきたことだったのだろう。
「良かったな、ミア」
「……うん」
ミアは笑いながらも、少しだけ目を潤ませていた。
「本当に、良かった」
その言葉には、長い間抱えていた苦悩から解放された安堵が滲んでいた。




