噂の行く末
ラギウスの町に、俺達は五日ほど滞在していた。
穏やかな住人ばかりでいざこざも起きないし、何より飯が美味い。
もう少し滞在しても良かったのだが、アウラが「魚はもう飽きたぞ」と言い出したので、次の町へ向かうことにした。
そんな俺達に、飯屋で一人のキジトラ猫の獣人が声を掛けてきた。
「あんたら、冒険者だろ? 南東の町には行くなよ。魔女に命を吸われるからな」
「魔女なんて、本当にいるのか?」
苦めのコーヒーを口に含みながら尋ねると、獣人は真剣な顔で頷いた。
「ああ。家のばあちゃんが見たんだとよ。先の折れた黒い三角帽子を被った女が、旅人の命を美味そうに啜ってたのをよ……」
「……命を、啜る?」
俺は思わず眉をひそめた。
急に物騒な話になったものだ。
実在する魔女を見てみたい気持ちはあった。
だが、イリアやミーシャに何かあったら困る。
そう考え、俺は南東の町へ向かうのを諦めることにした。
「忠告ありがとう」
「良いってことよ」
キジトラ猫の獣人はそう言うと、去り際に俺達の皿からハムを二切れくすねていった。
情報料代わりなのだろう。気付かないふりをしてやった。
「ラルク、南東の町に行きましょ」
「……ミーシャ、話を聞いてなかったのか?」
呆れた顔を向けると、ミーシャは首を横に振った。
「ちゃんと聞いてたわよ。でも、見ただけじゃ命を啜っていたのか、命を救っていたのか分からないじゃない」
ミーシャは少しだけ考えるように間を置いてから続ける。
「悪い魔女なら退治しちゃえばいいし」
「俺は二人いっぺんには守れないぞ!」
「大丈夫。私は強いから」
ミーシャは胸を張る。
「それに、私のひいひいお婆ちゃんが魔女だったの。だから、私にも薄っすら魔女の血が流れてる。魔女の話を聞いてあげられるかもしれない」
そこで俺は気付いた。
ミーシャは最初から、魔女を倒すつもりではなかったのだ。
噂だけで悪者と決めつけず、まずは本人の話を聞いてみたい、できることなら、その魔女も助けてやりたいと考えているのだろう。
「……分かった」
俺は小さく息を吐いた。
「イリアはどうする? ここで俺達と別れるか?」
「私も行きます」
イリアは迷うことなく答えた。
「ラルクさん達の役に立ちたいので」
「ありがとう。俺達も全力でお前を守るから安心してくれ」
こうして俺達は、魔女の噂が流れる南東の町へ向かうことになった。
町を出る前、俺はしまっていた盾をイリアに手渡した。
「これは?」
「祝福の力を秘めた盾だ。俺が守れない時は、こいつがお前を守ってくれる。大事に持っていてくれ」
イリアは盾を受け取ると、嬉しそうに頷いた。
「はい! 大切にします」
そして盾を背負い、亀の甲羅のように背中へしっかりと縛り付ける。
「……なんだか様になっているな」
「そうですか?」
イリアは嬉しそうに振り返った。
南東の町へ向かうには、深い森を抜けなければならなかった。
元々は整備された街道だったのだろう。
だが今では倒木が道を塞ぎ、伸び放題になった雑草が行く手を阻んでいる。
「ラルク、焼き払うか?」
アウラが口元に火を溜め始める。
「待て。森の中に人や動物がいたら焼け死ぬだろ?」
俺は慌てて手で制した。
「面倒だが、草を掻き分けながら進もう。俺の後に続いてくれ」
「分かったぞ」
アウラは溜めた炎をそのまま飲み込んでいた。
「迷わないように、ミーシャは俺の服の端を、イリアはミーシャの服の袖を掴んで進もう」
二人は大人しく俺の言う事を聞き袖を摘む。それを確認し、俺は進む事にした。
草は俺の身長と同じくらいまで伸びていた。
これでは真っ直ぐ進めているのか確認するのも難しい。
そこでアウラに上空を飛んでもらい、指示を受けながら進むことにした。
「ラルク、そのまま行くと崖だぞ! 右、ナイフを持つ手の方に進め! そう、そのまま真っ直ぐだぞ!」
「分かった!」
賑やかなアウラの声を頼りに、俺達は草を掻き分けて進んでいく。
それから数時間は歩き続けただろうか。
ようやく雑草の群生地を抜ける。
そして目の前に現れたのは、数年どころか、もっと長い間放置されていたような廃墟だった。
崩れかけた建物。草に覆われた道。
割れた窓からは暗闇だけが覗いている。
「……ここが南東の町なのか?」
「魔女が滅ぼしたんでしょうか?」
イリアが不安そうに廃墟と化した町を眺める。
「まだ、そうと決まったわけじゃないわ。まずは魔女を探しましょう」
ミーシャはそう言うと、近くにあったレンガ造りの家へ入っていった。
数分もしないうちに、中から叫び声が響く。
「どうした!」
俺は慌ててミーシャの後を追って家の中へ入った。
そこにいたのは、三体の精巧な人形だった。
人間と同じように立っている。
だが、身動き一つしない。
「……よく出来てるな。本物の人間みたいだ」
一体は出かけようとしている父親。
その隣には、父親を見送ろうとしている妻と子供。
家族が別れの挨拶を交わしている途中で、時間だけを止められたような姿だった。
「さっき……人形から呻き声が聞こえたの。本当よ!」
青ざめたミーシャが、人形を指差しながら震える。
俺も耳を澄ませてみる。だが、何も聞こえない。
「きっと風だよ」
「違うったら!」
ミーシャは必死に首を横に振る。
その時、イリアが恐る恐る形へ近づいた。
そして、その身体に触れた瞬間――目を大きく見開いた。
「……人と同じ魔力の流れを感じます」
「何?」
「これは……」
イリアの表情が強張る。
「生きた人間が、そのまま人形にされたんです!」
数秒の沈黙が流れた。
あまりにも衝撃的な事実に、俺達は言葉を失っていた。
「……まだ生きてるんだな?」
「死んでいないだけです」
イリアは青ざめた顔で人形を調べながら答える。
「魂が……ないみたいですから」
「どうして、こんな酷いことを……」
ミーシャは気分が悪くなったのか、胸元を押さえている。
「魔女を探そう」
俺は二人に目をやる。
「魔女がやったとはまだ決まってない。けど、何かを知っているはずだ」
ミーシャとイリアが頷く。
三人で家を出ようとした、その時だった。
崩れた石壁の向こうから、人の話し声が聞こえてきた。
「……誰かいるのか?」
声のする方へ向かう。
そこにいたのは――アウラだった。
「ラルク! ミアにビスケット焼いてもらったぞ!」
無邪気な顔で、アウラは小さな紙袋に入ったビスケットを口に放り込む。
その隣には、黒い三角帽子を被った二十代前半ほどの女性が立っていた。
「ドラゴンさんだけじゃなく、貴方達もいたのね」
女性は穏やかな笑みを浮かべる。
「今日は楽しくなりそうね」
「……お前が、魔女か」
「ええ。そうよ。ミアっていうの可愛い名前でしょ?」
魔女、ミアは静かに頷いた。
「町の人間を人形にしたのは、お前か?」
「そうよ。魂を抜かなきゃ人形に出来ないから、結構苦労したわ」
悪びれる様子もないミアに、俺は怒りを覚えた。
「自分が何をしたのか、分かっているのか?」
「褒めてくれるんじゃないの? 町の人を救ったんだから」
「え?」
思わず声が漏れた。
意味が分からなかった。
人を人形にすることが、救いだというのか?
「この町の人たちは、身体が朽ちていく呪いをかけられたの」
ミアは淡々と説明する。
「でも、人形にすれば呪いの進行は止まる。だから、呪いが解けるまで人形になってもらっただけよ」
「……そういうことだったのか」
俺は人形になった家族を思い出す。
あの人たちは死んだわけではななかった。
ただ、呪いから逃れるために、姿を変えただけだったのだと。
早まってミアを傷つけなくて良かった。危うく一生後悔する所だった。
「ミア。その町の人たちの呪いを解く手助けをさせてくれないか?」
「いいよ、解き方分からなくて困ってたんだ」
ミアはあっさり頷く。
そして、焼きたてのビスケットを俺へ差し出した。
「あ、君もビスケット食べる?」
「ああ、いただこう」
受け取ったビスケットを口に運ぶ。
程よい甘さを感じながら噂などあてにならないものだと俺は考えるのだった。




