それぞれの役割
ラギウスの町はそれほど大きくはなかったが、活気に溢れていた。
夜だというのに、店の前には人だかりができている。
治安が良いことに加え、夜行性の猫科の獣人が多く住んでいるため、夜になっても町の明かりが消えることはないらしい。
ミーシャが出掛けてから宿に戻ってこないのも、猫科の獣人が喜びそうなものを売っている店でも見つけたのだろう。
そう思って、俺は呑気に構えていた。
「もう二十一時ですよ。探したほうが良いんじゃないですか?」
宿の窓から外を眺めながら、イリアが不安そうに言う。
「そうだな。何かあったら困るしな。アウラも行くか?」
「ん~、もう食べられないぞ……」
アウラは柔らかなベッドに包まれ、すっかり夢の中だった。
「……起こすのはやめておくか」
俺は一人で宿を出た。
雑踏を掻き分けながら町中を探したが、ミーシャは見つからない。
やがて町の高台まで来た俺は、眼下に広がるラギウスの町を見渡した。
「……ん?」
ふと、町の外に人だかりができているのが目に入った。
その中心にいるのは、見覚えのある巨大な狼。
「シルベン……? まさか、あそこに?」
俺は急いでシルベンの元へ向かうことにした。
シルベンの周りには大勢の人が集まっていた。
しかし、シルベンを撫でている者ばかりではない。
その大半は、少し離れた場所で演技の稽古をしているオーラム夫妻を眺めていた。
「あぁ、騎士様。行ってしまわれるのですね」
「情けないかもしれませんが、騎士は王には逆らえぬものなのです」
ラナの姫役も堂に入っているが、オーラムの騎士役も見事なものだった。
長年舞台に立ってきたベテランだけあって、二人とも本物の騎士と王女に見える。
そして姫の元へ許嫁の王子が現れる場面になった時、俺は思わず声を上げた。
「えっ……」
王子役として現れたのはリゼルではない。男装したミーシャだった。
ミーシャも俺に気付いたらしく、一瞬驚いた顔をした。
しかし、何事もなかったかのように演技を続ける。
やがて稽古が終わると、ミーシャは俺の元へ駆け寄ってきた。
「ラルク、どうしてここに?」
「それは俺の台詞だ。何やってたんだ?」
「一度、お芝居をやってみたいって言ったら、オーラムさんが『ぜひ』って言ってくれて……明日の公演に出ることになったの」
イリア以上に落ち着きがないと思っていたが、まさか舞台に上がろうとしていたとは思わなかった。
「やるからには手を抜くなよ」
「当たり前よ。お客さん全員を感動させちゃうんだから」
胸を張ってミーシャは答える。
この調子なら心配する必要もなさそうだ。
「うひひ。ラ、ラルクさん。私に会いに来てくれたんですか? 私のことが忘れられなくなったんですね!」
「はいはい、妄想も大概にね。ペルシャ、オーラムさんが呼んでたよ」
「あ、愛には障害が付きものです。ラルクさん、告白ならいつでも受け入れますからね!」
変に高揚したまま、ヴィルに言われるがままペルシャはオーラムの元へ向かっていった。
「ごめんね。公演の前日はペルシャ、緊張していつもよりおかしくなるんだ」
「別に気にしてない」
俺はそう答えたが、隣ではミーシャが終始ペルシャを威嚇していた。
「あんたらも大変だな。こんな真夜中まで寝られないなんて」
「最高のものをお客さんに見せたいからね」
ヴィルは笑いながら答える。
「魔物や魔族が蔓延っているからこそ、演劇を見ている間だけでも辛いことを忘れてほしいんだ。そのためなら、睡眠時間なんて惜しくないさ」
「立派だな」
「それほどでも」
照れくさそうにヴィルは笑う。
戦う力ではなく、演劇という形で彼らは人々の心を救っているのだろう。
武力で人々を守ったサイモンは、間違いなく英雄だ。
だが、彼らもまた英雄なのだろう。
誰かの命を救うだけが、人を守るということではない。
恐怖で明日を考える余裕のない者達に、ほんの一時でも笑う時間や感動を与える。
それだって、人を救うことなのだから。
「私はもうちょっと台本を読み込むから、先に宿に戻って」
「分かった。ミーシャも明け方までには戻れよ」
そう言って俺は先に宿へ戻り、眠ることにした。
翌朝、目を覚ますとミーシャはまだ眠っていた。
昨夜遅くまで稽古をしていたのだから、疲れているのだろう。
無理に起こす必要もないと思い、九時近くまで寝かせておくことにした。
「また、ミーシャさんがいなくなっちゃいました……」
様子を見に行ったイリアが不安そうに戻ってくる。
「ミーシャなら大丈夫だ」
俺はそう言って、意味ありげに笑ってみせた。
昨日の夜のことを思えば、どこにいるのかは大体想像がつく。
公演は十三時からだ。俺たちは三十分ほど前に劇場へ向かった。
そこで俺は思わず足を止める。
「……開いたから半分くらいの大きさになるのかと思ったら、更に大きくなるとはな」
目の前に広がっていたのは、帝都にある劇場にも引けを取らない立派な建物だった。
それも、元はあの二階建ての馬車だったとは到底思えない。
ヴィルの魔法のお陰なのだろう。
「あいつが戦うために魔法を研究していたら、恐ろしいことになっていたかもしれないな」
そんなことを考えながら、俺は巨大な劇場を見上げた。
チケットを受付に見せると、裏に書かれた席へ向かう。
それから間もなく、劇場の席の大半が埋まり、芝居が始まった。
内容は、自国の姫に恋した騎士と姫が互いに惹かれ合い、恋に落ちるというものだった。
しかし二人の仲に気付いた王によって、無情にも引き離されてしまう。
離れ離れになった後も、それでも互いを想い続ける二人。
悲劇ではあるが、一途に愛し合う二人の姿に心を打たれたのか、終盤になると周囲から啜り泣く声が聞こえてきた。
演劇というものを初めて観たが、なかなか悪くないかもしれない。
ミーシャも素人とは思えないほど、違和感なく王子を演じきっていた。
「終わりか? 小腹が空いたぞ」
芝居が終わるなりアウラはそう言うが早いか席を立ち、劇場の外へ向かっていく。
「もう少し余韻を楽しめないのか、お前は……」
どうやらアウラには、まだ観劇は早かったらしい。
一方、イリアはハンカチで涙を拭いながら、しばらく席を立てずにいた。
「凄く良かったです。それだけに、ミーシャさんがいないのが残念です」
「……気付かなかったのか?」
「え?」
「姫の許嫁の王子がいただろ? あれがミーシャだ」
「えぇ~!? 全然気付きませんでした!」
イリアは驚いたように目を丸くする。
「ミーシャさん、お芝居上手かったんですね!」
王子の衣装から着替えたミーシャが、こちらへ駆け寄ってくる。
「二人とも、どうだった? 私の演技!」
「すごく良かったです。一度は姫のために身を引こうと葛藤する場面なんて、本当に胸に迫るものがありました」
「俺も良かったと思う。まるで本物の王子みたいだったぞ」
俺たちの返事を聞くと、ミーシャは頬を赤くした。
「えへへ……こんなに褒められるとは思わなかった」
嬉しそうにミーシャは笑う。
「楽しんでいただけましたかな?」
オーラムも俺たちに気付き、声をかけてきた。
「ああ、良かったよ。初めて芝居を観たけど、夢中になって見入ったよ」
「それは何よりです。またどこかでお会いすることがあれば、ぜひ私たちの劇場に足を運んでください。その時は、ミーシャさんにまた出演をお願いしたいのですが……」
「もちろん!」
ミーシャは即答する。
「ラルク達も出る?」
「遠慮しておくよ」
「む、無理です」
俺とイリアの声が重なる。
「ははは!」
オーラムは楽しそうに笑った。
今日という一日を楽しい思い出に変えてくれたオーラム達に感謝をしながら、俺達は町に戻る。
明日は何が待っているのだろうか?




