アルバート劇場の人々
馬車の中は家のようになっていて、木製のテーブルや椅子が並べられていた。
奥には小さな台所まで見える。
「本当に、ここで演劇をするのか?」
「今は旅用にテーブルと椅子を出して、魔法で固定しているんだよ」
声を掛けられて振り向く。
そこには、二十代くらいの細身の男が立っていた。人当たりの良さそうな笑顔を浮かべている。
「僕はアルバート劇場の裏方、ヴィル。魔法も使えるから、馬車の内部の管理もしているんだ」
「劇場の椅子や舞台はどうなってるんだ?」
興味を抑えきれず、俺はヴィルに尋ねる。
「旅をするときは、紙みたいにぺらぺらにして収納しているんだ。馬車が開いて劇場になると、自動的に魔法が解けて、椅子や舞台が元の形に戻るようになっているんだよ」
「へえ、凄いな」
想像以上に便利な魔法だ。
「それに、収納した舞台や客席は場所を取らないからね。劇団員の生活空間も確保できるってわけさ」
俺が感心しながらヴィルの説明を聞いていると、どこからか視線を感じた。
振り向くと、手入れされていないボサボサの髪に眼鏡を掛けた、二十代くらいの女性がこちらをじっと見ていた。
「……、何か用か?」
「うひひ。か、格好いいなと思って見ておりました」
挙動不審な女性は頬を赤らめながら、俺の姿を興味深そうに眺めている。
「ペルシャ、舞台の脚本を見直したらどうだい? 公演は明日の昼だからね」
ヴィルに言われると、ペルシャは名残惜しそうに俺を見ながら、その場を後にした。
「あの人は劇作家のペルシャ。腕は確かなんだけど、好みの男性を見ると妄想する癖があってね」
ヴィルは困ったように苦笑する。
「この前なんて、とても人前では演じられないような脚本を書いて、オーラムさんに怒られていたよ」
「……苦労してるんだな、あんた」
俺はペルシャが去っていった方を見ながら、ヴィルに同情した。
イリアはリゼルと共に台所で調理を手伝っているようだ。
独特の甘い匂いが鼻をくすぐる。
昼飯は期待してよさそうだ。
「ご飯が出来ましたよ!」
リゼルが鍋を抱えて、テーブルへ料理を運んでくる。
「これは何という料理だ?」
「甘露煮です。十年前に世界を旅した勇者、サキさんが伝えた料理の一つなんですよ」
リゼルは料理を皿に取り分けながら説明する。
旅芸人にも勇者サキの料理が広まっているのか。本当に勇者は料理が好きだったんだろうな。
「本家の味には劣ると思いますけど、パパはいつも美味しいって褒めてくれます」
「本当だ! 美味いぞ!」
アウラが待ちきれず魚をつまみ食いすると、満面の笑みを浮かべる。
「こらこら、飯は皆で食うもんだろ」
「まだたくさんありますから大丈夫です。それに、この魚はアウラさんが譲ってくれたものですから」
つまみ食いのお許しが出たと思ったのかアウラはバクバク魚を食べる。
全員がテーブルを囲む頃には甘露煮は半分に減っていた。
全員がテーブルを囲む頃には、甘露煮は半分ほどに減っていた。
馬車には大勢の芸人が乗っているものだと思っていたが、実際に演技をするのはリゼル親子だけらしい。
他には裏方のヴィルと劇作家のペルシャ、そして衣装係のオリバーがいるだけだった。
「改めて、アルバート劇場へようこそ。明日の公演もぜひ観ていってね」
リゼルの母親であるラナは陽気な笑顔を浮かべ、俺たちに握手を求めてくる。
「どんな演劇をやるんですか?」
「騎士と王女の身分違いの、報われぬ恋を題材にした悲劇よ」
ラナは少し残念そうに肩をすくめる。
「本当は喜劇をやりたいんだけど、今は悲劇のほうが流行っているのよ」
食っていくには客の要望に応えなければならないらしい。
旅芸人も楽な商売ではないのだと、俺は思った。
オリバーは黙々と食事を終えると、皆の食器を片付けて二階へ上がっていく。
俺がその後ろ姿を目で追っていたのを察したのか、ラナが小声で耳打ちしてきた。
「ああ、気にしないで。彼、訛りを気にして口を開かないの」
「訛り?」
「うん。私たちは全然気にしてないんだけどね」
ラナは苦笑する。
どうやら俺たちを嫌っているわけではないらしい。
それを知って、俺は少し安心した。
何気なく台所の窓から外を眺めると、馬車はかなりの速さで走っていることが分かった。
それなのに、ほとんど揺れを感じない。
これもヴィルの魔法のお陰なのかもしれない。
「あと数分で、次の町ラギウスに着きます。そろそろ降りる準備をしたほうが良いですよ」
オーラムに促され、俺たちは忘れ物がないよう持ち物を確認し、身支度を整える。
やがて馬車はラギウスの町の門前で停まった。
「乗せてくれてありがとう。凄く快適だったよ」
馬車から降り、俺はオーラムに礼を言う。
「いえいえ、こちらこそ娘を助けていただいたお礼ですから。明日は昼から公演しますので、暇があればぜひ立ち寄ってください」
そう言って、オーラムは俺達にチケットを渡してくれた。
「ぜひ寄らせていただきます!」
イリアは今から待ち遠しいのか、嬉しそうにチケットを眺めている。
その隣では、ミーシャもそわそわしている。
二人とも随分楽しみにしているようだ。
「二人共、演劇が好きなのか?」
「ええ、大好きです」
イリアは即答したが、ミーシャは数秒間を空けて頷く。
俺は演劇を見た事が無かったが、待ち遠しそうにする二人見て興味が湧いてきた。
明日を楽しみにしながら俺達は宿を探すのだった。




