優しい夜明け
城塞へ戻ると、展望台でサイモンが俺たちを出迎えた。
その表情は明るい。
どうやら、城塞に押し寄せていた魔物たちも、無事に退けることができたらしい。
「ラルク殿! 魔族を打ち倒してくれたのですね!」
「ああ。でも、俺は手伝っただけだ」
俺はアウラの背から降り、サイモンの背を軽く叩く。
「けりをつけたのは、あんただ。誇っていいと思うぞ」
「私が……?」
サイモンは驚いたように目を丸くする。
「神罰砲を撃つ決断をしたのも、兵士たちに指示を出したのもあんただろ。ロックウェルを守ったのは、あんたと兵士たちだ」
そう言うと、サイモンはしばらく黙り込
んだ。
やがて、照れくさそうに笑う。
「……ありがとうございます、ラルク殿」
「ミーシャたちは無事か?」
「ええ。お二人とも食堂で貴方を待っています」
食堂と聞いた途端、腹の虫が鳴った。
そういえば、気付かないうちに腹が減っていたらしい。
「きっと二人が美味い物をたくさん作ってくれてるぞ! 急ぐぞ、ラルク!」
アウラは少年の姿に戻ると、階段を勢いよく駆け下りていく。
「飯が待ってるとは限らないぞ」
声をかけたが、もう聞こえてはいないだろう。
「まったく……」
俺は思わず笑ってしまう。
腹ペコドラゴンは、どこまでも食欲に忠実らしい。
食堂へ辿り着く前から、スープの香りが鼻をくすぐっていた。
食堂に入ると、木製の大きなテーブルに料理が並べられている。
湯気の立つスープの鍋。
程よく焦げ目の付いたチキン。
そして、焼きたてなのか、まだ温かそうな白パン。
「ラルク、ちゃんと帰ってくるって信じてたわ」
ミーシャが笑顔で出迎えてくれる。
「こら、アウラ! 勝手に食べちゃ駄目よ!」
その直後、チキンにかぶりつこうとするアウラを慌てて止めようとする。
「まだ食べちゃ駄目なのか?」
「駄目よ!」
厨房からは、イリアが茹でたパスタの盛られた皿を運んでくる。
「もう少ししたら兵士の方々も来ますので、一緒にご飯にしましょう」
「分かったぞ!」
アウラは獲物を見定めたような目つきてま料理をじっと見つめている。
今にも飛びつきそうだ。
「……お前、本当に待てるのか?」
俺が呆れて尋ねると、アウラは真剣な顔で頷いた。
「待てるぞ」
その視線は、チキンから一度も離れていなかった。
俺もミーシャたちの手伝いをしようと厨房へ向かおうとした、その時だった。
城塞の外から、魔物のような鳴き声が響いてきた。
「魔物は退治したんじゃないのか?」
「歯向かう意思のない魔物だけは捕らえて、城塞の地下牢に入れるみたいです。殺さなくていいのなら、殺したくはないですもんね……」
命の重みを知る聖女だからか、イリアは何処か魔物に同情的だった。
兵士たちの判断に、俺も賛成だった。
だが、それだけでは何も解決しない。
俺は外へ向かった。
城門の近くでは、頑丈な縄でアルラウネやリザードマンなどの魔物を縛り、連れて歩く兵士たちがいた。
俺はその前に立ち塞がる。
「何用ですか?」
「こいつらを捕らえておくだけじゃ駄目だ」
俺は縛られた魔物たちを見る。
「傷ついた兵士たちの代わりに、戦力として働かせよう」
兵士たちは、俺の正気を疑うような目を向けてくる。
だが、構わず魔物たちに声をかけた。
「お前らが傷つけた兵士達以上にここで戦力として働け」
魔物たちは警戒するように俺を見つめている。
「ここにいる以上は兵達の指示には従ってもらう。もし逆らったり、したら……」
俺は近くに生えていた野草へ手を向ける。
小さな火球が野草を包み、一瞬で灰へと変えた。
「こうなると思え」
魔物たちは目を見開き、無言のまま何度も頷いた。
「よし。それなら話は早い」
俺は兵士たちへ振り返る。
「こいつらに人間と暮らすための教育をしてやれ。頭は悪くないし、即戦力になるだろ。でも、魔物だからって理不尽な命令はするなよ」
兵士たちは顔を見合わせる。
「……魔物が人間の言うことを聞くんですか?」
「言葉が理解出来るんだから何とかなるだろ。なあ、お前達!」
魔物達はびくっと飛び上がる。この様子なら大丈夫だろう。
「こいつらも一緒に食堂へ連れて来い。一緒に飯を食うぞ!」
「魔物と食卓を囲む!? そんなこと……」
「出来ないことはないだろ」
そう言い放ち、困惑する兵士たちを後にして俺は食堂へ戻った。
それから十分も経たないうちに、食堂には人間と魔物が集まっていた。
アルラウネやリザードマンたちは落ち着かない様子で周囲を見回し、兵士たちもどう接していいのか分からず戸惑っている。
そこへサイモンがやって来た。
人間と魔物が同じ食堂にいる光景を目にすると、さすがに困惑した表情を浮かべる。
俺はサイモンに、魔物たちにも生きる道を与えたいのだと自分の意図を伝えた。
しばらく黙っていたサイモンだったが、やがて苦笑を浮かべる。
「……ラルク殿らしいですな」
そして、食堂に集まった兵士たちへ向き直った。
「まずは、ミーシャ殿とイリア殿に礼を言おう」
サイモンは穏やかな表情で二人を見る。
「明日を生きるための糧を授けてくれた二人に、感謝を」
兵士たちが二人へ頭を下げる。
ミーシャは少し照れたように笑い、イリアは嬉しそうに微笑んだ。
その隣では、アウラが待ちきれない様子で料理を眺めていた。
「もう食べていいのか?」
「まだよ! アウラは我慢を覚えなさい!」
ミーシャの声が食堂に響き、皆から笑い声が起こった。
「まあ、皆さんお腹が空いているみたいですし、食べましょうか」
イリアの言葉を聞くと、兵士たちは我先にと料理へ手を伸ばした。
まともな食事を口にしたのは、久しぶりなのだろう。
魔物たちは困惑した様子を見せながらも、恐る恐る料理を口へ運んでいく。
そして、一口食べると表情が少しずつ和らいでいった。
美味い飯を食べて笑顔になる。
それは人間も魔物も変わらないのだろう。
しかし、サイモンだけはパスタを口に運ぶ手を止め、目を潤ませていた。
「こうして笑顔で温かい食卓を囲むのは……いつぶりだろうな」
サイモンが何を抱えているのか、俺には詳しく分からない。
ただ、指揮官として多くのものを背負ってきた彼の苦悩が、ほんの少しだけ垣間見えた気がした。
「ヴォークスは倒した。しばらくは安心して飯を食えるさ」
「ラルク殿……、貴方は英雄です」
俺はそう言われて、少し困った。
サイモンに言ってやりたかった。
英雄は俺じゃない。
兵士たちを指揮し、この城塞を守り抜いたあんたこそが英雄なんだ、と。
「アウラ! それは私のチキンよ!」
「アウラだって頑張ったんだから、二つくらい食べたいぞ!」
「だからって人の分まで取らないで!」
ミーシャとアウラが言い争う姿を見て、食堂に笑い声が広がった。
人間も、魔物も、皆笑っている。
俺はその光景を眺めながら、ふと思った。
もしかしたら、幸せっていうのは、こういうことなのかもしれない。




