活路と悪意
城内へ向かうと、城塞は柔らかな白い光に包まれていた。
紫色の渦が白い光に触れた瞬間、音もなく消えていく。
それを見て、俺は理解した。
あの光は結界だ。
「俺はサイモンに襲撃のことを伝えてくる。その間、アウラはイリアとミーシャを守ってやってくれ」
アウラは頷くと、少年の姿になり、野うさぎのような素早さで城内を駆けていった。
俺がサイモンを探していると、息を切らした長身の兵士に呼び止められた。
「ラルク殿、ここにいましたか! サイモン様がお呼びです。私について中央の詰所まで来てください」
「サイモンも騒動に気づいたか」
「ええ。指揮を執るために、詳しい情報を知りたいようです」
俺は兵士の後について、中央の詰所へ向かった。
その間にも、外では激しい光が何度も瞬き、鎧を打ち鳴らす金属音が響いていた。
この音が途切れないうちに、終わらせなければ。
そう思うと、内心焦らずにはいられなかった。
詰所に入ると、サイモンは大きな机に城塞全体の見取り図を広げ、険しい顔で唸っていた。
「ラルク殿、いきなり城塞の至る所で魔物が出没したと報告がありました。何が起きているのですか?」
指揮官というだけあって、サイモンは取り乱すことなく、落ち着いて尋ねてきた。
「魔物を呼び出す魔力の渦が東門から侵入して、それを皮切りにあちこちへ広がった。恐らく、あの渦を壊さない限り、無尽蔵に魔物を呼び出すだろう。渦は強い魔力をぶつければ簡単に壊せる」
「うむ。まずは渦の破壊が最優先か。渦からは、どんな魔物が?」
「俺が交戦したのはアルラウネだけだ。他の魔物も出てくるかもしれない」
「渦の数は?」
「すまない。最初に見つけた五つは破壊したが、その後、新たに入り込んだものまでは分からない。今、感知できるだけで二十。西門と北門に集中している」
俺が目を閉じて魔力を探知している間、サイモンは地図に羽根ペンを走らせた。
やがて、詰所にいた兵士たちを机のそばへ呼び寄せる。
「第一小隊は西門へ、第二小隊は北門へ向かえ! 渦を破壊するときは、まず魔物を渦から引き離せ! アルラウネのように精神を狂わせる魔物への対策として、薬草を口に含んでおけ!」
「第三小隊は南門、第四小隊は東門へ! お前たちは魔術を使える者が少ない。渦の破壊よりも、交戦中の仲間の援護と負傷者の救護を優先しろ!」
「了解!」
兵士たちは一斉に敬礼すると、それぞれの持ち場へ駆けていった。
その背中を見送ったサイモンが、深いため息を吐く。
「……こちらの兵力が消耗しきったところを狙って、一気に壊滅させるつもりか」
サイモンは地図に視線を落とした。
「こうなったら、使うしかないな」
その顔に、初めて迷いが浮かんだ。
「最後の切り札、神罰砲を……」
「ジャッジメント?」
「この城塞の高台にある砲台です。あれのおかげで、この城塞は守られてきたと言っても過言ではありません。ですが、あまりにも強力でして。一度撃てば、半月は使用できません。そのうえ、反動で城の結界や幻術まで張れなくなってしまうのです」
そうなれば、大きいだけの城塞など格好の的になってしまう。
それが分かっていたからこそ、サイモンは使用をためらっていたのだろう。
「そいつを使うかどうかは、お前に任せる。俺は渦を操る魔族を追う。その間、持ちこたえてくれ」
「……分かりました。貴方の健闘をお祈りします」
俺が詰所を出ると、入り口でミーシャたちが待っていた。
「私はラルクが思ってるほど弱い女の子じゃないよ。アウラに守ってもらわなくても平気。ここでイリアを守ってるから、二人で行ってきて」
そう言って、ミーシャはイリアの肩をがしっと抱き寄せた。
「ラルクさんが無事に戻ってくるって、私たちは信じてますからね」
二人が向けてくる無邪気な笑顔を見て、俺は思った。
こんな顔をされたら、間違っても死ねないな、と。
「行くぞ、ラルク!」
ドラゴンの姿に戻ったアウラが、俺に背を向けた。
俺がその背に乗った瞬間、アウラは城塞の石壁を砕き、そのまま外へと飛び出した。
「無茶するなお前は……」
「急ぐんだから仕方ないぞ」
あまりにも効率を優先した行動に呆れながらも、こういうときのアウラは頼もしいと思う。
城塞から東北へ数キロ離れた上空。
そこには、一見すると何もない空間が広がっていた。
だが、俺には分かる。
何もないはずの空間に、怪しげな魔力が渦巻いている。
「出てこないなら、こっちから行くぞ!」
俺は軽く雷の魔術を放った。
雷が空間を走った瞬間、景色が歪む。
何もなかった場所から、杖をついた老人が姿を現した。
その額には、魔族特有の角が生えている。
「ほっほっほ。ドラゴンテイマーは、血の気が多いようじゃな」
まともに雷を受けたというのに、老人は平然と笑っていた。
「バロックの仲間だな。そうまでしてロックウェルを落としたいか」
「あの城塞さえなければ、バロック様の世界征服の夢は成就する。それに、邪神復活に必要な魂も手に入るという寸法よ」
「そんなくだらない理由で、人を平気で傷つけるのか?」
俺が声を荒らげると、老人は呆れたように肩をすくめた。
「何を言う。人間も似たようなものじゃろう」
老人は笑みを浮かべたまま、俺を見据える。
「気に入らぬから。金が欲しいから。そんな理由で同族を傷つけ、ときには命まで奪う。それが人間じゃろう」
明らかな軽蔑を込めた眼差しを向け、老人は続けた。
「魔族は悪で、人間は綺麗な存在だとでも思っているのか? それはただ、自分たちを善だと思い込みたいだけの傲慢じゃよ」
「魔族だから、人間だからなんて関係ない。人間なのに人を平気で傷つけるクズも、魔族なのに人助けをするお人好しのお嬢様も見てきた。俺は、人を傷つけることを何とも思わないお前が許せないだけだ!!」
再び、老人に向けて雷を放つ。
だが、雷が届く寸前、巨大な渦が現れ、老人を丸ごと飲み込んだ。
「許せないなら、どうする? 殺すか? やれるものなら、やってみろ!」
老人が笑いながら手を掲げる。
俺の周囲に、次々と紫色の渦が現れた。
その瞬間、鼻を刺激するような臭いが漂ってきた。
火薬……?
「ラルク! ぼーっとするな!!」
アウラが咄嗟に身を翻す。
次の瞬間、周囲の渦が一斉に爆発した。
轟音とともに爆風が吹き荒れ、俺たちは大きく吹き飛ばされる。
「ほっほっほ。まだまだ楽しませてくれるんじゃろうな」
煙の向こうから、老人の愉快そうな声が響いた。
面倒な爺だ。
どうしてやるものかと、俺は考えを巡らせた。




