些細な変化と、護りの盾
「勘弁してください! ゴーレムなんか世話したことありません! 噛みつかれたりしたらどうするんですか!?」
ディオルムのゴーレムたちを空飛ぶ島に送り届けた後、俺は様子を見に向かった。
ゴーレムたちに囲まれ、おろおろしているゴブリンは、俺の顔を見るなり泣きついてきた。
「噛みつくゴーレムなんて見たことないぞ。世話と言っても、危ないことをしないか見てやるだけでいい。あとは水をたまにやってくれれば、何とかなるだろ。何かあったらテオドールに伝えてくれ」
それだけ伝えると、俺はアウラたちの元へ意識を集中させ、空間転移で移動した。
背後から何か声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「早かったな、ラルク」
町の入り口付近では、アウラが退屈そうに大きなあくびをしていた。
一緒にいるはずのミーシャとイリアの姿は見当たらない。
「二人はどこに行った?」
「イリアは迷子の子供を家に送り届けに行ったぞ。ミーシャはおしゃれな帽子を見つけたからって、店に行ったぞ」
どうやら、アウラだけが一人で待たされていたらしい。退屈そうにしているのも納得だ。
今は二人が戻ってくるのを待つしかないだろう。
ぼんやりと町の人々の営みを眺めていると、相変わらずゴーレムたちが人の後ろについて歩いていた。
しかし、よく見ると少し様子が違う。
子供はゴーレムに歩幅を合わせて歩き、年配の老人は「いつもありがとうね」と笑顔で労いの言葉をかけている。
ゴーレムたちは何も言わない。
それでも、どこか誇らしげに胸を張って歩いているように見えた。
この町の人々は、あの騒動を経て、ゴーレムにも命があるのだと気づいたのかもしれない。
そう思うと、胸がじんわりと温かくなった。
アウラも町の人々の変化に気づいたのか、興味深そうに眺めていた。
「気づきさえすれば、人は変われるんだな」
「そうみたいだな。人間って、簡単には変われないものだと思ってたよ。でも……違った」
自分の考えが間違っていたことを、嬉しいと思ったのは初めてだった。
「お待たせ~! どう? 似合う!? 可愛いでしょ!!」
ミーシャが一直線にこちらへ向かってくると、白いリボンと黒い花飾りがあしらわれた、つば広の帽子を俺たちに見せつけた。
帽子には耳を出すための穴が開いているらしく、縞模様の耳が飛び出して、嬉しそうにぴこぴこと動いていた。
「おしゃれはよく分からないけど、凄く似合ってるよ」
真っすぐに目を見てそう言うと、ミーシャの頬がみるみる赤くなっていった。
「そんな真っすぐ言うなんて、ずるい……」
「あれ? そんなに赤くなって、ミーシャさん大丈夫ですか?」
何も知らずに心配するイリアと、恥ずかしさで顔を真っ赤にするミーシャ。
そんな二人を見ていると、自然と笑みがこぼれた。
*
どこまでも続く平原が、夕焼けに赤く染まっていた。
地図を確認すると、町は遥か南西にある。今から歩いて向かっても、たどり着けそうになかった。
「今日は野宿になりそうね」
「野宿が嫌なら、ミーシャとイリアはアウラに乗って先に町へ行ってもいいぞ?」
「私は別に野宿でも構いませんよ。慣れていますから。ミーシャさん、行きたいなら遠慮しないでください」
イリアなりの気遣いだったのだろう。
しかし、ミーシャは別の意味に受け取ったらしく、俺の腕を掴んだ。
「抜け駆けはさせないからね。私も野宿する!」
何のことか分からない様子で、イリアは首を傾げるのだった。
辺りもだいぶ暗くなり、俺たちは野宿に適した場所を探そうとしていた。
そのときだった。
奇妙な視線を感じたのは。
一人ではない。数十もの視線が、一斉にこちらへ突き刺さる。
視線の先にあるのは、ただの草原だった。
しかし、その一帯には奇妙な魔力が流れていた。
「そこにいるのは誰だ? 姿を見せろ。さもないと……」
俺は掌の上に巨大な火球を生み出した。
「や、やめろ! そちらが何もしなければ、危害は加えない!」
男の叫びと同時に、目の前の景色が揺らいだ。
何もなかったはずの草原が、蜃気楼のように歪んでいく。
その向こうから、灰色の城壁がゆっくりと姿を現した。
それは、山と見紛うほど巨大な城塞都市だった。
「何だ、ここは?」
「城塞都市ロックウェルだ。人類最後の要と言われている。私はサイモン、この城塞で指揮を執っている」
城門から、錆の浮いた鎧をまとった、ひげ面の男が姿を現した。
城壁には無数の傷跡が刻まれ、ところどころに砲撃を受けたような穴が口を開けている。
さらに、城塞の中央にある高台には、見たこともない巨大な砲台がそびえ立ち、周囲を圧倒するような存在感を放っていた。
「ここには、そんなに危険な奴がいるのか?」
「話は中でしよう。お仲間も一緒にな」
サイモンと話している間に、アウラたちは何の警戒もなく城門をくぐろうとしていた。
……俺も行くしかないか。
そう思い、俺も城門へと向かった。
*
城内へ続く道を進んでいると、夜だというのに鍛冶場から鉄を打つ音が響いていた。
通りでは、鎧姿の兵士たちが絶えず行き来している。
この町は、生きるためではなく、戦うために存在している。
そんな空気が肌を刺した。
俺たちは城内の小部屋へと通された。
使い込まれた木製のテーブルを囲むように、俺たちは腰を下ろした。
「魔王が二人いることは、ご存知でしょうか?」
サイモンは俺の正面に座り、神妙な顔つきで尋ねてきた。
「ギルバートとバロックだろ?」
「この城塞都市は、魔王バロックが放つ魔物の群れを食い止めるために築かれました。ここが陥落すれば、魔物どもは大陸を支配するでしょう……。しかし、魔物たちは知恵や力を蓄え、日に日に強くなっています。ここも、いつまで耐えられるのか……」
サイモンの身体が小刻みに震えていた。
恐れているのだろう。
この男は、城塞が陥落する未来を本気で恐れている。
「一度きりだ。一度きり、手を貸してやる。その後のことは、サイモン、お前がやるんだ」
「ご協力、感謝する」
サイモンは俺の手を取り、涙を流した。
その涙には、この男が抱えてきた不安や孤独が混じっているように思えた。




