独り善がりの正義
「こんな時間に来て、どうかしたのか?」
ディオルムの小屋に向かうと、彼はドアから顔を覗かせ、怪訝そうな表情を浮かべた。
その後ろでは、小さなゴーレムたちが町の騒動など無関係といった様子で、食器を洗ったり、部屋を掃除したりして動き回っていた。
「町中のゴーレムが暴れ出したんで、様子を見に来たんだ。こいつらは暴れなかったんだな」
数秒の沈黙が流れた。
ディオルムは伏し目がちに「ああ」とだけ答えた。
その反応が、どうにも心に引っかかる。もしかすると、騒動に心当たりがあるのかもしれない。
「ゴーレムを操っていた魔族、リリスは俺が倒した。協力者が町にいるとも言っていたよ」
あえて鎌をかけてみることにした。
彼の反応次第で、次にどうするかを決めるつもりだった。
ディオルムは力なく笑った。どうやら、言い逃れをするつもりはないらしい。
「仕方なかったんだよ。こうでもしないと、この町の連中はゴーレムを使い潰し続けただろうからな」
彼は近くにいたゴーレムに、我が子に触れるような優しい手つきでそっと触れた。
「あんたがゴーレムを愛してるのは痛いほど分かった。けどな、魔族なんかと手を組んで、こんなことをしても誰も救われない。ゴーレムが危険だと分かれば、皆、手元に置かなくなる。そうなったら、一番悲しむのはゴーレムなんだよ!!」
俺はディオルムの肩を掴んだ。
それでも彼は抵抗せず、ただうなだれているだけだった。
「分かってるんだよ、そんなことは。でも、許せなかったんだ……」
そのとき、彼の懐から黒い玉が地面に転がり落ちた。
それは、リリスと同じ魔力を放っていた。
「これは何だ?」
「町の四方に埋めて、町のゴーレムに魔族の魔力が効きやすくしたんだ。憲兵にでも、どこにでも突き出してくれ」
投げやりに言い捨てると、ディオルムは力なく椅子に座り込んだ。
企みを阻止され、もはや気力も残っていないのかもしれない。
俺が彼に手を伸ばした、その瞬間だった。
足元に転がっていた黒い玉が、かすかに脈打った。
「っ!」
次の瞬間、黒い玉から光が放たれ、ディオルムの胸を貫いた。
糸の切れた操り人形のように、ディオルムの身体が椅子から転げ落ちる。
何が起きたのか理解するより先に、俺は彼に駆け寄った。
胸の傷から、血が流れ続けている。
俺の魔法なら、傷を治すこと自体はすぐにでもできる。だが……。
ディオルムは震える手で俺の腕を掴み、首を横に振った。
……このまま逝かせてくれ。
そう訴えているように見えた。
彼の意思を尊重するべきか。それとも、助けられるのに見殺しにしていいのか。
判断に迷っていると、小屋に誰かが飛び込んできた。
イリアだ。
彼女は迷うことなくディオルムの傷に手をかざし、神への祈りを捧げた。
すると、傷口が淡い光に包まれ、少しずつ塞がっていく。
「出血は止めましたが、まだ適切な治療が必要です。彼を病院に運ぶのを手伝ってください」
イリアは何も尋ねなかった。
ただ穏やかな笑みを浮かべ、俺がディオルムを見捨てないと信じているようだった。
「ちょっと待ってくれ」
俺は黒い玉を踏み潰してから、ディオルムを担ぎ上げた。
小さなゴーレムたちが、不安そうにこちらを覗き込んでいる。
「安心しな。お前らの主は、また戻ってくるよ」
そう告げて、俺たちは小屋を後にした。
病院にディオルムを預けた後、俺はイリアと二人きりになった。
「……ありがとう」
「どうしたんですか、急に?」
「イリアが来てくれなかったら……俺はディオルムを見殺しにしていた。間違いを犯すところだった……」
「でも、見捨てなかったじゃないですか。彼を運んで、病院まで連れてきたじゃないですか。それで十分です」
「でも……」
言葉に詰まる俺の手を、イリアはそっと両手で包み込んだ。
「誰しも、間違いを起こしそうになるものです。ラルクさんは、もっと仲間を頼ってください」
イリアの手の温もりが、胸の中に渦巻いていた罪悪感を少しずつ溶かしていく。
張り詰めていた心が、ようやく息をついた。
「二人で何してるの?」
いつの間にか背後に立っていたミーシャが、俺の肩をがしっと掴んだ。
「グルルル……!!」
随分とご立腹のようだが、俺にはまったく心当たりがない。
「……いちゃついてたんじゃないでしょうね?」
「お話ししていただけですが」
「なら、いいわ。ラルク、今度は私とも手を握りましょう」
言われるがまま、俺はミーシャの手を握った。
これだけ賑やかな仲間に囲まれていたら、落ち込んでいる暇なんてないな。
自然と笑みが浮かんだ。
「えっ、ディオルムさんのゴーレムを預かるの?」
翌朝。
宿でシチューをすすりながら、俺は昨日から考えていたことをミーシャたちに打ち明けた。
「ああ。しばらくは動けないみたいだから、世話をしてくれる相手もいないだろう。空間転移で島に連れて行こうと思う」
それに、この騒動で町の人々がゴーレムを恐れるようになれば、使い捨てどころか、全員処分されるかもしれない。
それだけは避けたかった。
「空飛ぶ島でしたっけ? そこなら、ゴーレムさんたちもきっとのびのび暮らせますもんね」
「いいんじゃない。お世話はゴブリンたちに任せれば、ディオルムさんがいない間も寂しくないでしょ。時々、私も遊んであげようっと」
ゴーレムたちを気に入っているミーシャは、どこか嬉しそうだった。
その一方で、アウラは黙り込んでいた。
「どうした、アウラ?」
「気になって見に行ったら、あの魔族が消えていたぞ。逃げたのかもしれないぞ」
あれだけの傷を負って、まだ動けるとは思えなかった。
「魔界に帰る体力もないはずだ。その辺にいないか?」
「この町にはいないみたいだぞ」
ドラゴンの嗅覚をもってしても見つからないとなると、かなり遠くまで逃げたのだろう。
次に襲ってきたら、二度と襲ってきたくなくなるような絶望を植え付けてやろう。
俺は、そう心に決めた。




