物言わぬ土塊
町へ続く道を歩いていると、いつの間にかミーシャとイリアは肩を並べて歩いていた。
「ふふっ、イリアって面白いのね。もっと旅の話を聞かせて」
「いいですよ。じゃあ、次は……」
先ほどまでの硬さはすっかり消え、穏やかな口調で話している。
そんな二人を見ながら、俺はイリアも少しずつ元気を取り戻してきたようだと、微笑ましく思っていた。
そんなことを考えていると、不意にミーシャが無邪気な声を上げる。
「見て! この町にはゴーレムがいるみたいよ」
ミーシャが指差した先では、三メートルはありそうな土の巨人が、のそのそと人の後をついて歩いていた。
湿った土で作られているのか、その身体は雨上がりの地面のような濃い茶色をしている。
ゴーレムといえば、核を破壊しなければ倒せない厄介な魔物だ。
そんな存在が人間の側を大人しくついて歩いている。
その光景に、俺は思わず目を疑った。
「邪気がないから、魔族のゴーレムじゃないみたいだぞ」
少年の姿をしたアウラが、ゴーレムの腹に顔がつきそうなほど近づき、くんくんと臭いを嗅ぎ始める。
その姿が可笑しかったのか、周囲の人々からくすくすと笑い声が漏れた。
ゴーレムの持ち主らしき男が、アウラの目線に合わせるようにしゃがみ込んで話しかける。
「坊や、ゴーレムが珍しいのかい? 使い捨てゴーレムなら安く買えるから、興味があるなら店を覗いてみるといい」
使い捨て。
その言葉が妙に引っかかった。
ゴーレムに感情があるのかは分からない。
それでも、人間に使われ、役目を終えれば廃棄される。
目の前で主人の後を歩いているゴーレムを見ると、その言葉が急に現実味を帯びてきた。
「そのゴーレムも、いつかは廃棄するのか?」
「最近まではそうしてたよ。でも、物好きな奴が買い取ってくれるようになってな。今はそいつのところへ持っていってる」
そいつはゴーレムの救い手なのか。
それとも、別の目的でゴーレムを集めているのか。
確かめずにはいられなかった。
「そいつがどこに住んでいるのか、教えてくれるか?」
男から簡単な地図を受け取り、俺達はその『物好き』に会いに行くことにした。
町外れまで来ると、藁葺き屋根の古びた小屋がぽつんと建っていた。
周囲には雑草が伸び放題になっていて、とても人が住んでいるようには見えない。
確認のためにドアをノックすると、小屋全体がみしみしと軋み、今にも崩れそうな音を立てた。
「本当にここで合ってるのか?」
俺が地図を見直そうとした、その時だった。
ドアがゆっくりと開き、三十代前半くらいの、頑強そうな男が姿を現した。
「何か用か?」
「いや、用というほどじゃないんだが……あんたが、廃棄されたゴーレムを買い取っている理由が気になってな」
「……入りな」
男は無愛想に言うと、俺達を小屋の中へ招き入れた。
中に入った瞬間、小屋が本当に崩れないかと一抹の不安を覚えた。
だが、それ以上に、ここで何が行われているのか確かめたかった。
中に入ると、何かが動いていた。
小さな人形や兎など、様々な姿をしたゴーレムが、狭い部屋の中を所狭しと動き回っている。
「わあぁ、可愛い!」
「触り心地も本当の兎みたい!」
ミーシャとイリアが嬉しそうにゴーレムを撫でる。
男は腕を組んだまま、そんな二人を静かに眺めていた。
「本当は、そうやって触れ合ったり、可愛がられたりしたいんだよ。こいつらはな」
男はゴーレム達を見回す。
「人間のエゴで生み出されて、役目が終わったら捨てられる。……哀れなもんだよ」
男は一体の土塊を手に取った。
そして、宝石のように煌めく石――核らしきものを、その土塊の中へ埋め込む。
すると土塊が小刻みに震え、やがて兎の姿へと形を変えた。
ぴょこん。
完成した兎型のゴーレムが、小さく跳ねる。
「なるほど……廃棄されたゴーレムからコアを取り出して、別の身体を与えているのか」
「使い捨てゴーレムは五年もすりゃ、コアが光を失って動かなくなる。だが、死んだわけじゃねえ」
男は悔しそうに拳を握る。
「清らかな水と満月の光を使って活性化させてやれば、また動けるようになるんだ。それなのに、面倒だからって誰もやりやがらねえ」
鼻息を荒くしながら語る男。
その言葉には、長年抱えてきた憤りが滲んでいた。
その怒りがあったからこそ、廃棄されるはずだったゴーレム達は、こうして新しい身体を与えられているのだろう。
「あんたは偉いよ。手間を惜しまないからこそ、こいつらは救われたんだ」
「褒めたって何も出ないぞ」
男は照れくさそうに頬を掻いた。
俺はそんな男を見て、悪い奴ではないと思った。
「あんた、名前は?」
「ディオルムだ。普段は鍛冶屋の真似事をしてる。刃の欠けた剣があるなら、研いでやろうか?」
「遠慮しとくよ。剣は使わないんだ」
俺はゴーレム達をもう一度見回した。
「あんたに会えて良かったよ。おい、帰るぞ」
ミーシャとイリアは名残惜しそうにゴーレム達へ手を振りながら、小屋を後にする。
外へ出た俺は、ここへ来る前よりも心が軽くなっていることに気づいた。
自然と足取りも軽くなっていた。
それから簡単な食事を済ませ、俺達は宿へ戻った。
「この町のシチューは最高だな、ラルク!」
「肉がごろごろ入ってるからだろ。パンも格別だったじゃないか」
ミーシャ達が宿の下の階にある風呂へ向かっている間、俺とアウラはベッドに横になりながら、他愛のない話をしていた。
そこへ、血相を変えた宿の主人が飛び込んできた。
「お客様! 早く逃げてください! 早くしないと死んじゃいますよ!!」
「落ち着け。何があったんだ?」
俺はベッドから起き上がり、取り乱している主人へ顔を向ける。
「町のゴーレムが一斉に暴れ出したんですよ! ああ、来る、来る!! もう駄目だ! 私は逃げますからね!」
主人はそれだけ言うと、転がるように部屋から飛び出していった。
「一つの個体だけじゃないってことは、きっと黒幕がいるはずだ」
俺は立ち上がる。
「俺は先に行ってる。アウラはミーシャ達を守ってくれ」
「分かったぞ! 後で合流するからな!」
宿を飛び出すと、町中でゴーレム達が暴れ回っていた。
振り下ろされた拳が石造りの家に直撃すると、轟音とともに壁が弾け飛ぶ。
木片や瓦礫が雨のように降り注ぎ、あちこちから火の手が上がっていた。
人々は逃げ惑い、悲鳴が町中に響き渡っている。
決して人間に逆らわないと思い込んでいた存在から突然反撃されたことで、誰も対処できずにいるようだった。
俺は逃げ惑う人々を助けるためではなく、ゴーレム達にこれ以上人の手を汚させないために、黒幕を探した。
しかし、探し回る必要はなかった。
すぐに見つけた。
山のように巨大なゴーレムの肩に乗っている、見覚えのある魔族。
リリス・ウルブズ。
バロックの右腕だと言っていた女魔族だ。
「何であんたが!?」
俺の姿を見つけたリリスは、目を吊り上げる。
「まあいいわ! バロック様を痛めつけた恨み、晴らしてあげる!!」
その瞬間、リリスの乗った巨大なゴーレムが、俺へ向かって拳を振り下ろした。
俺も拳を握り、真正面から迎え撃つ。
拳と拳がぶつかった瞬間、轟音が響き渡った。
巨大なゴーレムの左腕が、肘から先まで砕け散る。
「この質量に押し勝つなんて……化け物ね」
しかしリリスは笑みを浮かべた。
「でも、コアを破壊しない限り倒せないわよ」
砕け散った左腕が、瞬く間に再生していく。
リリスを直接倒すしかない。
そう考えた瞬間、俺の身体が宙へ浮いた。
「待たせたな、ラルク!」
アウラが俺の身体を咥え、そのまま自分の背中へ放り投げる。
再び巨大なゴーレムの拳が迫ってくる。
だが、アウラは余裕のある動きでそれをかわし、そのままリリスへと迫った。
「今だ!」
俺は氷の魔術で刃を作り出す。
アウラの背中から飛び降りる勢いのまま、リリスへ向かって斬りかかった。
氷の刃が、リリスの腹部を貫く。
「人間……如きに……」
リリスは目を見開き、信じられないものを見るような顔をした。
そして、動きを止めたゴーレムの肩から地面へ落下していく。
――自分でも、なぜそんなことをしたのか分からなかった。
ただ、落下していくリリスを見て、俺は反射的に風の魔術を放っていた。
風が彼女の落下速度を和らげる。
俺自身も地面へ真っ逆さまに落ちていたが、アウラが背中で受け止めてくれた。
「助かったぜ、相棒」
「これくらいの高さからなら、ラルクは落ちても死なないけど……落としたくなかった」
「そうか」
可愛いことを言う相棒の頭を、俺は何度も撫でてやった。
地上では、イリアとミーシャが町の人々の怪我を治療していた。
「終わったのね、ラルク」
「ああ。元凶も倒したしな」
すっかり遅い時間になっていたこともあり、俺は眠くて仕方がなかった。
早く宿に戻ろうとした、その時だった。
ふと、あることが気になった。
――暴れ回っていたゴーレムの中に、ディオルムのゴーレムが一体もいなかった気がする。
偶然かもしれない。
だが、確かめずにはいられなかった。
俺は一人、ディオルムの小屋へ向かうのだった。




