火種
白目を剥いて倒れているバロックの元へ、黒いローブを着た連中が集まってきた。
「バロック様!! これほどの手傷を負われるとは……。とにかく治療をせねば命に関わる。セルバン、早くバロック様を城へ連れて行け!」
「はいよ。こりゃ随分派手にやられたな。途中で死んじまっても、俺のせいにしないでくれよ」
黒ローブの男の一人がバロックを担ぎ上げる。
すると、もう一人が杖の先をセルバンの顔へ向けた。
「縁起でもないことを言うな! バロック様に、もしものことがあれば、私がお前を殺すぞ!」
「分かった……って、うおっ!」
アウラがバロックを担いだ男へ体当たりを食らわせ、体勢を崩させる。
その隙にミーシャが男の手足を素早く縛り上げた。
中々のコンビネーションだ。
思わず俺は口笛を吹いた。
「そいつを連れて行ったら、また悪さをするんでしょう? もう悪いことをしないって誓うなら、逃がしてあげてもいいわよ」
「調子に乗るなよ、獣風情が!」
杖を持った黒ローブが怒鳴る。
杖の先に魔力を集め始めたが、魔術を放つより早く俺はそいつの額を指で弾いた。
「ふんっ」
たったそれだけで、黒ローブは声を上げることもなく気を失った。
「殺しはしない。だが、これだけやらかしたんだ。ただで帰らせるつもりもない」
俺は指先に魔力を集中させる。
「体に魔封じの印を描かせてもらう」
バロックの腹部に、でかでかと魔封じの印を刻み込む。
魔王といえど、この印を簡単に消せないように。
俺は時間をかけ、魔力が深く染み込むよう、強固な術式を施した。
「これで帰っていいぞ」
俺は黒ローブ達を見下ろす。
「ただし、また何かするなら――今度は消し炭にしてやると伝えとけ」
これだけで懲りるとは思えない。
それでも、しばらくは悪さができないだろう。
ミーシャに縛られた男の縄を解いてやる。
「ひえ~! エンペラードラゴンの契約者はおっかねえな!」
バロックと仲間を重そうに担ぎながら、黒ローブ達は逃げるように姿を消した。
町を襲った脅威が去ったことに安堵した、その時だった。
急に強烈な睡魔が襲ってきた。
慣れないことをしすぎて、疲れが一気に押し寄せてきたのかもしれない。
「ラルク、大丈夫?」
ミーシャが駆け寄ってくる。
心配するな、と言おうとした。
だが、睡魔には勝てなかった。
そのまま俺は目蓋を閉じた。
――心配するな、くらい言えば良かったか。
そんなことを考えながら、俺の意識は暗闇へ落ちていった。
小鳥のさえずりで目を覚ました。
窓から差し込む日差しは、まだ弱い。
外の空気もどこか冷たく感じる。
どうやら、日が昇ったばかりらしい。
丸一日、寝てしまったようだ。
「ラルク! 良かった、起きたのね!」
ベッドの近くに置かれた丸椅子に座っていたミーシャが、俺の顔を覗き込む。
「どこかおかしいところはない?」
ずっと心配して、様子を見ていてくれたのだろう。
「悪い、心配かけたな」
「いいの、いいの。勝手に私が心配しただけだから」
ミーシャは笑う。
「お腹空いてたら何か食べる? パンとチーズくらいなら、すぐに用意できるわよ」
「両方もらおうか。腹が空いて仕方ない」
その瞬間――。
情けない俺の腹の音が部屋に響いた。
ミーシャはおかしそうに笑う。
「ふふっ。元気な証拠ね。今持ってくるわ」
「悪いな」
ミーシャも疲れているはずなのに、迷惑をかけてしまった。
この埋め合わせは、いつかしないとな。
そんなことを考えていると、アウラが俺の枕元までやってきた。
「いい嫁もらったな、ラルク」
「まだ嫁じゃない」
嫌味でも何でもなく、アウラは純粋にそう思っているらしい。
「ドラゴンは好き同士になったら夫婦になるぞ。人間は面倒くさいんだな」
それくらい単純なら、人間ももう少し生きやすいのかもしれない。
ミーシャが運んできた食事を平らげると、俺は身支度を整え、一人で町を散策することにした。
昨日、スケルトンの襲撃によって荒らされた町。
がたがたになった石畳。
崩れ落ちた民家の外壁。
それらが、今日になってみるとほとんど修復されていた。
「アシュリー様が責任を感じ、一晩で大方の修繕をなさったのです」
隣に現れたザイードが、まだ修繕しきれていない箇所を見つけると、魔術で手早く直していく。
「自分のせいで町が襲われたのだと、お考えなのでしょう」
「……アシュリーが?」
「ええ」
昨日の彼女の姿を思い出す。
魔族でありながら人間を助け、そして今度は自分を責めて町まで直している。
「バロックは何が目的で町に来たんだ? アシュリーを殺すためだけじゃないだろう?」
「憶測になりますが、邪神を目覚めさせるための命を集めようとしていた可能性が高いですね」
「邪神?」
聞き慣れない言葉に、俺は眉をひそめた。
「それこそ、おとぎ話の中の話みたいだな」
「ドラゴンだって、十分おとぎ話みたいな存在ですよ」
「はは、違いないな」
バロックの思惑も打ち砕いた。
邪神なんてものの顔を拝むことも、もうないだろう。
「ティアもアシュリーのところにいるんだろ?」
「ええ。バロックに顔を覚えられている可能性がありますから、保護しています。何もないようなら、住んでいた町へ送り届けるつもりです」
俺が倒したとはいえ、バロックも魔王だ。
刺客を送り込むなど造作もないだろう。
それなら、アシュリーの魔王城で匿ってもらうのが一番安全だ。
「ティアに、一緒に冒険して楽しかったって伝えてくれ」
俺が帰ろうとすると、ザイードが緑色の石が嵌め込まれた指輪を俺の手に握らせた。
「お嬢様を助けてくださったことへの、個人的なお礼ですよ。また何かあれば連絡します」
それだけ言うと、ザイードは姿を消した。
照れくさかったのかもしれない。
何か魔術でも秘められた指輪なのだろうか。
俺は指輪を嵌めてみた。
だが、何も起こる気配はない。
「……後でミーシャにでもやるか」
俺は指輪を懐へしまった。
その日は町に異変がないことを確認してから、宿で一夜を明かした。
「そろそろ行ってみるか。エル・フィリアに」
恋愛以外の愛情なら、三人くらいには愛されただろう。
俺は予定通り、エル・フィリアへ向かうつもりだった。
「駄目って言う理由なんてないわよ。行きましょう!」
ミーシャは目を輝かせていた。
「ふふっ。空飛ぶ島って、どうなってるのかしら?」
尻尾をゆらゆらと揺らし、まるで子供のように心を躍らせている。
もしかすると、アウラ以上に無邪気な心を持っているのかもしれない。
「ここからじゃ遠いから、肉だけ食わせてくれ」
「はは、好きなだけ食え。飯を食ったら出発しよう」
町のレストランへ向かっている時だった。
「レガリア王国が魔物に襲撃されたらしい」
すれ違った男達の噂が、俺の耳に入った。
「……何?」
俺は男達を呼び止める。
「レガリア王国はどうなった!? 住人たちは?」
「何だ、あんたは? 詳しいことは何も分からねえよ。ただ、魔物の群れがレガリア王国を襲ったって聞いただけだ」
「……そうか。すまない」
俺は男達に頭を下げた。
そして――。
目的地をエル・フィリアから忌まわしいレガリア王国に変更した。
父と母の安否を確認する為に。




