同じでも違うもの
ティア達が寝静まるのを確認すると、俺は一人でアシュリーのいる魔王城へ向かうため、右手に浮かぶ黒い目玉の模様へ魔力を集中させた。
目玉の模様から無数の手が伸び、俺の身体を影の中へと引きずり込む。
次の瞬間、俺は魔王城の玉座の間、その中央に立っていた。
「おや、ラルク様。何か御用ですか?」
何食わぬ顔で現れたのは、アシュリーに仕える魔族、ザイードだった。
「ティアって名前に聞き覚えはあるか?」
「ティア? 存じませんね。その方がどうかなされたのですか?」
「アシュリーに助けられたと言っていた。その子は礼を言うために、アシュリーを探してるらしいんだ。心当たりがないか、本人に確認してもらえないか?」
「少々お待ちください」
ザイードは額に手を当て、しばらく黙り込んだ。
どうやら魔力を使って誰かと通信しているらしい。
「何やら心当たりがあるそうです。明日、偶然を装って会いに行かれると申しています」
「魔族は人間を憎んでるんじゃないのか? どうして人を助けたりなんかしたんだ?」
「魔族と言っても色々おりますからね。ギルバート様のような温厚で優しさに満ちた魔族なら、種族を問わず助けるでしょう。あの方の血を引くアシュリー様も同様なのでしょう」
魔族は皆、人間を憎み、躊躇なく命を奪う。
俺はそう教えられてきた。
だからこそ、ザイードの言葉を素直に信じることはできなかった。
これまで人間は、魔族に苦しめられてきたのだから。
俺の疑念を察したのか、ザイードは小さくため息を吐くと、俺に背を向けた。
「疑うのはご自由ですからね。また何か用があれば、お越しください」
ザイードの言葉を最後に、俺の身体は再び影の中へと沈み込んだ。
そして次の瞬間には、宿の一室へと戻っていた。
翌日。
俺達がカフェのオープンテラスで軽食を取っていると、見覚えのある角を生やした魔族の少女が、恥ずかしそうに顔を隠しながらこちらへ向かってきた。
そして、ティアの視線に入る位置まで来ると、暑くて身体を扇いでいるふりをしている。
そんなに汗ばむような気温ではないんだが……。
「あ、あの。アシュリーさん!!」
ティアが声を上げる。
「私、ずっとお礼が言いたかったんです。あの時は助けてくれて、ありがとうございます!」
慌てて椅子から降りたティアは、アシュリーのもとへ駆け寄る。
そして、手作りの天然石を編み込んだブレスレットを差し出した。
「ありがとう。素敵ね。何より、貴方が元気そうで良かったわ」
ブレスレットを身に着けたアシュリーは、魔族とは思えないほど穏やかな表情を浮かべていた。
ザイードの言う通り、優しい魔族もいるのかもしれない。
「ティアも恩人に会えて良かったわね。でも、これでお別れか……」
ミーシャはどこか名残惜しそうに呟いた。
ティアと仲良くしていたようだし、寂しいのだろう。
「良かったら一緒にコーヒーでも飲みませんか? 私が奢りますから……」
ティアがアシュリーの手を引いて誘っていた、その時だった。
女性の叫び声が聞こえた。
声のした方へ振り向く。
すると、地面から次々と骸骨が這い出し、町の人々へ襲いかかっていた。
「スケルトン!? 日の光に弱いから、こんな日中に出るはずないのに……どうして!?」
「今は考えてる暇はない! 奴らをどうにかするぞ!!」
俺はスケルトン共へ向かって光弾を放った。
しかし――。
ほとんど効いていない。
「くそっ……!」
光の攻撃を無効化している?
その時、アウラが少年の姿のままカフェのテーブルを掴み、スケルトンへ向かって投げ付けた。
鈍い音と共に、骸骨の身体が砕け散る。
「ラルク! 物理的な攻撃は効くみたいだぞ! 誰かがアンデッドを光や魔法から守ってるんだ!」
「何だって!?」
そんな器用な真似ができる奴が、ただの人間とは思えない。
魔族の仕業か?
そう考えながら、俺はスケルトンを殴り飛ばし、アシュリーへ視線を向けた。
しかし――。
アシュリーはスケルトンから必死にティアを守りながら戦っている。
疑うべきは彼女じゃない。
なら、一体誰が……?
スケルトンは倒しても倒しても、次から次へと地面から湧き出してくる。
「もうキリがないわ!」
ミーシャは汗を拭いながら、スケルトンを投げ飛ばした。
「アウラ、どこかに怪しい魔力を感じない?」
「ああ! あちこちに怪しい魔力の渦があるぞ!」
アウラが周囲を見渡す。
そして突然、声を張り上げた。
「気を付けろラルク! 一番デカいのがそこにある!!」
アウラの視線の先。
そこには、一人の男が立っていた。
紫色の短い髪。
そして、口元には人を馬鹿にするような薄ら笑いを浮かべている。
男はゆっくりとアシュリーへ近づいていく。
「いやー、ラッキーだな俺は。お前を殺せば、俺が魔界の支配者になれる」
「バロック!! どうしてお前がここに!?」
アシュリーが叫ぶ。
彼女の周囲に闇の魔術で作られた槍が次々と出現した。
「喰らいなさい!」
一斉に放たれた槍がバロックへと迫る。
しかし――。
男に触れる寸前、槍はまるで最初から存在しなかったかのように消滅した。
「何だい? こんなちっぽけな魔術で俺に勝とうってのか?」
バロックは薄ら笑いを浮かべる。
「いいか? 魔術ってのは、こうやって放つんだぜ!!」
次の瞬間。
大地を貫くかのような巨大な闇の雷が、アシュリーの頭上へと落ちた。
「……くぅっ!」
アシュリーは直撃を避けたものの、かなり消耗している。
次に攻撃を受ければ、今度こそ危ない。
「止めて!」
スケルトンから逃げていたティアが、バロックの前へ立ち塞がった。
「何でこんなことをするの!」
「楽しいからだよ、お嬢ちゃん」
バロックは笑う。
「身の程を弁えない弱っちい奴を踏みにじるのが、最高に快感なんだよ」
そしてアシュリーを睨みつける。
「人間と仲良くしようとする魔族なんて、生きる価値もないしな」
バロックの手の上に、顔ほどの大きさをした闇の炎が浮かび上がった。
炎は徐々に熱と大きさを増していく。
やがて、ティアとアシュリーの二人をまとめて包み込めるほど巨大になった。
「安心しな。俺は優しいんだ」
バロックは口角を上げて不気味に笑う。
「二人まとめて、仲良く殺してやるよ!! じゃあな、お嬢ちゃん! 恨むなら間抜けな魔王を恨め!!」
このままでは二人が死ぬ。
俺は群がるスケルトンを薙ぎ払いながら、二人へ向かって走った。
だが、まだ距離がある。
間に合わない。
俺は迫り来る闇の炎を凝視した。
その瞬間、炎の前にある空間が、僅かに歪んだように見えた。
「……もしかしたら、できるかもしれない」
俺は炎へ向かって手を伸ばす。
空間そのものを捻じ曲げる。
すると、二人へ向かって放たれた闇の炎が進行方向を変え、バロックの頭上へと降り注いだ。
「なにぃ!? うおおおおお!!」
流石に自分自身の炎に焼かれるとは思っていなかったのか、バロックは慌てて炎から逃れようとする。
だが、大したダメージにはならないだろう。
なら――。
俺がやるしかない。
俺は一気に距離を詰め、渾身の一撃をバロックの顔面へ叩き込んだ。
「ぐっ!」
バロックの身体が後方へ吹き飛び、民家の壁へ叩き付けられる。
それでも俺は止まらなかった。
立ち上がろうとするバロックへ駆け寄り、何度も拳を叩き込む。
最後は、奴が使ったのと同じように火球を叩き込んだ。
多分、これくらいじゃ死なないだろう。
だが、少しは懲りただろう。
その頃には、スケルトン共も日の光に晒され、次々と崩れ落ちて消滅していった。
恐怖のためか、ティアは気を失っていた。
アシュリーは、そんなティアを誰にも傷つけさせまいとするように、強く抱き締めている。
「無事か、アシュリー?」
「ええ。でも、どうして助けてくれたの?」
アシュリーが不思議そうに俺を見る。
「魔族にも、いい奴がいるって分かったからな」
俺が微笑むと、アシュリーもつられるように微笑んだ。
俺は今まで、魔族というものを一括りにして考えていた。
だが、魔族にも人間と同じように、色々な奴がいる。
優しい奴もいれば、バロックのような奴もいる。
魔族のことを、もっと知らなければならないのかもしれない。
そんなことを、俺は思っていた。




