変わらない夢
町に着いたのは喧騒が少し穏やかになる昼下がりの時だった。
好きにしてて良いと言ったが二人は何処に行ったのだろか?
飯屋に入ろうとするアウラを止めるのに苦労してると二人の声が聞こえた気がした。
そこは汚れ一つない白亜の壁の大邸宅であった。
中央に聳え立つ尖塔は住む者の威厳と汚れなき潔白さを周囲に知らしめているようだった。
重厚な鉄の門を越えた先には庭があり、その中央には大きな狼が遠吠えしてる姿の石像が向かい合わせに建てられている。
「こんな立派な屋敷に知り合いでもいたのか?」
そもそも聞き間違いだったのかも知れないと、俺がその場を去ろうとするとティアが犬を追いかけているのが目に入る。
「……何してんだ、こんな場所で」
「ラルクさん! この屋敷のコトハさんに頼まれてワンちゃんの世話をしてるんです」
そう言ってティアは犬を持ち上げ抱き抱える。犬が好きなのか幸せそうだ。
「ミーシャも居るんだろ? 俺もそっちへ行って良いか聞いてくれないか?」
「はーい! コトハさーん!!」
ティアが屋敷に向かって数分後、ゴシックのドレスを着た十代後半位の女が姿を見せた。
目尻が上がった鋭い目つきをしており、意思が強そうなイメージを抱かせる。
「貴方達ももマルル達のお世話をしてくれるの?」
「マルル?」
「ワンちゃんの名前ですよ。マルル、クロスケ、ぺけたんの三匹がいるんですよ」
中々独創的な名前を付ける犬好きお嬢様のようだ。
「何をすれば良い?」
「思い切り遊んであげて。貴方達にはぺけたんのお世話を任せるは」
俺の前に連れてこられたのは白熊みたいな毛並みの犬だった。俺を見るなり興奮して体当たりしようとする。
それを真似てアウラも何故か俺に体当たりをして来て転んでしまった。
「これが手本だぞ!」
「そんな手本見せなくていい!」
こんな調子で体当たりされたら体が保たない。
「ぺけたんも貴方を気に入ったようね。日が沈むまで頼むわね」
そう言ってコトハは邸宅の中に戻って行く。
「アウラ、ちょっとぺけたんを任せるぞ。ティア、ミーシャはどこに居る?」
「ミーシャさんなら厨房かもしれませんの。クロスケにおやつをやるって言ってましたから」
ぷるぷる震える小型犬を撫でてご満悦なティアとアウラを残して俺は邸宅の重々しいドアを開け中に入る。
……確かに建物中に入った筈だった。
しかし、俺がいたのは雲の上だった。
「お主がラルクだな?」
目の前にいたのはアウラを遥かに凌ぐ巨大な真紅の鱗のドラゴンだった。
流石に頭を下げて置かないと食い殺されると思い恭しく俺はドラゴンに頭を下げた。
「頭など下げずともよい。お主がアウラと呼ぶお方の方が私などよりよほど偉いからな」
ドラゴンの偉さは大きさで決まるのでは無いのか。そうは言っても、アウラが居ない今強気に出て何かされたらつまらないと俺は下手に出る事にした。
「何の御用が有って私などを呼んだのでしょう?」
豪快にドラゴンは笑うと書物の様な物を開いた。
「予言の書では、ラルクお主が世界を救うとされている。だが、一向に魔王が倒される気配はない。お主は、この世界をどうしたいのだ?」
どうしたいなど考えた事は無かった。目の前のドラゴンは、魔王を倒し平和にすると答えて欲しいのだろうが俺は自分の中の答えを変える気は無かった。
「どうもしません。振りかかる火の粉くらいは払いますが、率先して何かを倒したり世の中を平和にするのは私の役目ではありません。私がしたいのは謂れなき理由で虐げられる弱い者たちを救いたいだけです」
「その救いたい者には人だけでなく、獣人、魔族も含まれるのか」
「助けを求めるなら種族は問いません。それこそドラゴンでも救うつもりです」
暫く真紅のドラゴンは考えていた様だが予言の書を放り投げ、にんまりと笑う。
「気に入ったぞラルク。つまらぬ事を言えば食い殺す気だったがやめだ。予言など気にするのは今日限りにする。お主はその夢を叶えると良い」
俺はほっと胸を撫で下ろすと同時に先程から気になっていた事を聞く事にした。
「ミーシャは何処に?」
「ああ、あの虎の子ならもう直ぐ来る頃だ」
来る頃? 何か準備をしていたのだろうか?
「……、ラルク」
後ろからミーシャに声をかけられ俺は言葉を失った
花の刺繍の有る純白のウェディングドレスを着たミーシャがそこに居た。
言葉には出さなかったが心の底から綺麗だと思った。
「似合ってるかな?」
「似合ってるけど、どうしてウェディングドレスなんだ?」
戸惑う俺にミーシャは抱き着いた。
「今すぐとは言えないけど私を選んで欲しいの。私を一番に見て欲しいの」
声を震わせ必死に俺に訴えかける。俺は静かに抱き締め返すと温かなミーシャの体温が伝わって来る。
「考えといてやるよ」
「きっとだよ」
結婚なんて考えた事も無かったが何時かはしても良いかもしれない。そう思っていると目の前が真っ白になった。
気付くと俺は邸宅のドアに手を掛けていた。
「用は済んだの?」
背後からコトハが話しかけて来る。
「あんたは何者だ?」
「竜王ちゃんのお友達。偶に竜王ちゃんが会いたがってる人を屋敷に招いてさりげなく引き合わせてあげてるの」
淡々とコトハは語ると舌を見せる。そこには竜の紋様が有った。
「あんたも契約者か?」
「ちょっと違う。それはまた今度。日が沈んだから帰って」
何時の間にか辺りは暗くなっていた。
「ラルク〜! 帰るわよ」
ミーシャ達は門の前に集まっていた。コトハも何処かに行ってしまったようで犬しかいなかった。
「またワンちゃんのお世話したいです」
「アシュリーを探すのが先でしょ。目的を見失っちゃ駄目よ」
軽くミーシャはティアをたしなめ。そんな時でも俺の手を握っていた
今日はやけにスキンシップが多い。あれだけは夢と思ったが夢では無かったのだろうか。
「ちゃんと考えといてよ」
「え?」
悪戯っぽくミーシャは笑うだけだった。




