迫る不穏と、回顧の念
物音がして俺は硬いベッドを軋ませてゆっくり起き上がる開けた。
暗がりで顔は見えなかったが角と魔族特有の細くて長い尻尾の生えた女が紋様の有る俺の腕に触れていた。
「ここまでエンペラードラゴンと繫がるとは優秀なドラゴンテイマーなのね、あなた。どう? 魔族の為に、バロック様の為に働かない? 悪い様にはしないわ」
耳に残りそうな甘い声で囁き、女は腰をくねらせる。
典型的な色仕掛けだ。普通の男なら鼻の下を伸ばすだろうが、俺はベッドから飛び起き身構える。
「断わる! どうせお前らは魔族は人間を利用するだけ利用して使い捨てる気だろ。消えたくなければ、今すぐ出て行けさもないと……」
火球を浮かべると女の胸元にはミーシャが爪を、喉元にはアウラが喰らい付こうと口を開いてるのが見える。
二人も気付いていたのだろう。
「大人しく帰らないと容赦しないわよ」
睨み付けられ女は黙っていたが次第に笑い始める
「あはははは、分かった。今回は私の負けよ。でも、私の頼み断わった事後悔するわよ。また会いましょう、私はリリス・ウルブズ。バロック様の右腕よ」
紫の煙を漂わせリリスはウインクをして姿を消した。
「何もされなかったラルク?」
枕元のランプの灯りを付け俺の顔や腕を心配そうにミーシャは確認しようとする。
「大丈夫だ何ともない。ティアはどうした?」
「ここです。ああ、怖かった」
アウラの羽の下から心配そうに出てきたティアを見て、そこなら安全だと笑っていた。
「あの女何者なのかしら?」
「バロックに仕える魔族らしい。そのバロックってのが分からないけどな」
炭鉱で戦ったこうもり男も同じ名前を口にしていた。魔王ギルバート以外にも強力な勢力が魔界に潜んでいるのかもしれない。
「今後、また変な奴らに襲われるかも知れないな。ティアはどうしたい? 俺らと別れるか? このまま同行するか?」
「自分の身は自分で守ります。だから、もう少しだけラルクさんと冒険させて下さい」
何時になく真剣な表情だ。どうしても達成したい目的が有るのかもしれない。それなら連れて行くしか無いだろ。少なくても俺には断れなかった。
「付いて来るなら好きにするといい。ただし、死ぬなよ」
ぶるっとティアは震えたが俺の手を握り頷く。
隣町に向かう馬車に乗ろうとしていた時、門の前にリンドバーグの姿が見える。
「もう、次の街に向かうのかね?」
「ああ、この町は飯が美味すぎて太りそうだからな」
「はは、それは大変だな。これを持っていきなさい」
差し出されたのは手の平に収まる、金で出来た小さなカードだった。
「このカードが有れば、大抵の馬車や船、飛行船にだってただで乗れる。ドラゴンのいる君には不要かもしれないがね」
「いや、ありがたくもらっておくよ。……、このカード渡す為にだけ待ってたんじゃないだろ」
何だかぎこちない動きを見て俺は違和感を覚えていた。もしかしたらら何か言い辛い事が有るのではないだろうかと思ったのだ。
「……、サキに何が有ったか分かったら教えてくれ。彼女が消えてから胸の中が空っぽで何をしても埋まらないんだ。頼む……」
「俺は先代の勇者を探して旅をしていないからあんまり期待するなよ。まあ、何か分かったら教えに来るよ」
リンドバーグは、「ありがとう」とドラゴンテイマーなんかの俺に頭を下げていた。領主のプライドより、大事な存在なのだろう。
待たせた馬車に乗り込むと、直ぐに馬車は走り出した。
「隣町まで二時間かかるらしいわ」
俺の隣に座るミーシャはパンを俺に手渡すと、自分の分のパンを千切って食べ始める。
「ラルクも食べろ! 今日は何も食べてないだろ」
口にパンを押し付けられ食べるしかなかった。俺の相棒は強引過ぎる。
馬車の窓から流れる景色をティアは夢中で眺めていた。エルフと妖精の血が流れているのもあって自然が好きなのだろう。
「ねえ、ティアは何処に行きたいの?」
「命の恩人のアシュリーさんに会いたいんです。この地方に住んでるって行ってたんで近い内に会えると思います」
俺は食べかけのパンを思わず吹き出しそうになる。
あの泣き虫魔王のアシュリーとティアに繋がりが有るとは思わなかったし、魔族が人を助けるなんて聞いた事が無かったからだ。
「そのアシュリーは魔族じゃないよな」
「魔族みたいな見た目してるけど違うって言ってたから魔族じゃありませんよ。大怪我した時に治してくれたんですから」
今すぐ会わせる事は簡単だが、アシュリーがティアに隠してた秘密もばれてしまう。ここはアシュリーを探すふりをして帰した方が良いかもしれない。
そんな事を考えてる時に、急に馬車が止まり、体制を崩したティアを抱き止める。
「何が有ったのかしら」
窓から外を見るとごろつきが馬車の御者を脅して馬車を止めさせたようだ。
盗賊は十数人で皆、短剣を持っている。今なら襲われる前に制圧出来るだろう。
「ミーシャはティアを守ってやれ、アウラと俺が屑を懲らしめて来る」
ティアを抱き抱えるミーシャを馬車の中に残し俺とアウラは、盗賊に向かって行く。
「勝手に動くんじゃねえ!!」
短剣を振り回す盗賊の一人の顔面に死なない程度に加減して殴りつける。
アウラも面白そうに盗賊に体当たりをしたり、尻尾で薙ぎ払っていく。
こういう手合いは、単純なので仲間がやられたら一斉に襲いかかって来るはず。
案の定俺に襲いかかって来たので雷の魔術を二度降らしてやる。うまく盗賊達を気絶させられたようだった。数日前に手本が見れて良かった。
「勝ったと思うなよ!!」
倒し損ねた盗賊が馬車に向かって行く。
俺が盗賊を殴りつける前に誰かが魔術で眠らせたようだった。
「お若いの、そんな力で殴っちゃ死んじゃうよ」
「あんたは何者だ。何処から来た」
身構える俺を見て、腰の曲ったはげ頭の老人は笑った。
「警戒しなさんな。わしはこの近くに住む爺だ。たまたま通りかかったから助けに来ただけだよ」
にこにこ笑う爺さんに敵意を感じなかった。敵ならば最初からミーシャとティアに手をかけていただろう。
「助かったよ爺さん。あ、こいつは……」
アウラを見て驚かれると思ったが老人はアウラの頭を撫でてやっていた。
「……まだ滅んでいなかったか」
懐かしむように優しい手つきで老人はアウラを撫でる。アウラも嫌では無いのか撫でさせている。
この爺さんの出会い達が俺とアウラの運命を変えるとはこの時は誰も思わなかった。




