第七話「迷子は、夜灯便利社で。」
7月下旬の土曜日。時刻は18:00。辺りは少しずつ薄暗くなっていく。今日は町の夏祭りが神社で開催されている。神社周辺に設置された屋台がずらりと並ぶ中、夜灯便利社は町内会で「迷子センターと落とし物係」をやることとなっており、橙也と碧は本部の隣のテントの中で祭りを眺めていた。
「碧、なんか屋台見てくるか?ここにずっと居ても暇だろ」
「あー…じゃあなんか買ってきましょうか。何が良いですか?」
「碧に任せる」
と言って橙也は碧にお金を渡してひらひら手を振る。碧はテントを出て辺りを見渡した。焼きそば、唐揚げ、ポテト、ベビーカステラ、たこ焼き。屋台を一周ながら物色していると、大きな声で「碧ー!!」と呼びかけられる。
「湊」
「珍しいな、碧がこんなこと居るの」
「あぁ、便利社が迷子センターと落とし物ブースだから」
「なるほどね」
「湊は?誰かと一緒?」
「俺もバイト先の喫茶店が店出してるから手伝い。あ!そうだ!ナポリタン買ってってよ」
「屋台でナポリタン…」
「卵乗せる?」
湊に引っ張られながら歩みを進めると、テントには『喫茶 木漏れ日』の文字。中では60代くらいの男性と、碧と同い年くらいの女性がいた。
「あ、湊くんおかえりー。お友達?」
「はい!同じ大学の友達です」
「葉山 碧です。…ナポリタン売ってるんですか?」
「そうだよ!うちのナポリタンちょー美味しいんだから。ね?店長」
紗希の問いに、その男性はにこりと笑い、ナポリタンをプラスチックの容器に入れながら言う。
「友達価格で卵おまけしてあげるよ」
「じゃあ二つ…あ、三つ買います」
「お。ありがとね」
まだ来ていない陽介の分も買っておこう。と、碧は橙也にもらったお金と、自分のお金を出した。容器に入れられたナポリタンの上に目玉焼きがのせられていく。匂いと見た目で既に碧はお腹が空き始めていた。
「うわ、うまそ…」
「湊は毎回食べてるだろ」
「マジで店長のナポリタンうまいんだよ!!あ。あとレモンスカッシュも持ってけ。今日のは俺が切ったレモンだから」
「切っただけかよ」
碧と湊の会話を聞きながら、紗希と店長がナポリタンとレモンスカッシュを袋に詰めていく。「じゃーまたなー」とのんきな湊の声を聞きながら、碧は便利社のテントへ戻った。
「帰りました」
「おう、おかえり。何買った?」
「湊のバイト先の喫茶店が出店してたので、ナポリタンとレモンスカッシュです」
袋からゴソゴソと取り出して橙也に見せる。
「お。木漏れ日のナポリタン?」
「知ってるんですか?」
「うん。店長の恒一さん、いい人でしょ」
「目玉焼きおまけしてくれました」
プラスチックの容器を開けて割り箸を割る。ケチャップソースの良い匂いがして、碧のお腹がぐぅ…と小さくなった。
一口食べると思わず「ん!」と声が出た。湊が毎度おすすめするだけのことはある。碧はあっという間に食べてしまった。
「あ、良い物食べてる」
陽介がテントの前で立ち止まる。手にはベビーカステラの入った紙袋と戦隊ヒーローが描いてある綿菓子の袋を持っていた。
「陽介さんのもありますよ」
「やったー。これ碧くんにあげますね」
碧の目の前に綿菓子の袋を置く。陽介は碧が小学生にでも見えているのかもしれない。「…ありがとうございます」と素直に受け取って、ナポリタンとレモンスカッシュを陽介に渡した。
しばらく3人で平和に過ごし、碧はやることもなく陽介にもらった綿菓子を開けようとしていた。
「あのー」
その声に3人がパッと顔を上げるがそこには誰もない。陽介が立ち上がり、テントを出て駆け寄った。そこには小さな子どもが1人で立っている。
「どうしたの?」
「ここ、まいごのおみせですか?」
「君、迷子なの?」
「そう。おねーちゃん、どっか行っちゃった」
「そっかぁ。じゃあここでちょっと待っておこうね」
陽介が男の子の手を引きながらテントの中に入ってくる。橙也は隣の本部テントに迷子が来たことを伝え、放送をかけ始めた。
男の子が碧の側までやってきたので、碧はパイプ椅子にその子を座らせた。
「おにーちゃん何食べてるの?」
「ん?わたあめ。いる?」
「うん!」
嬉しそうに微笑みながら綿菓子の袋をもらってパッと顔を上げると、男の子は不思議そうにしながら言う。
「お兄ちゃんここ、いたい?」
男の子は自分の目の下を指さして碧を見つめる。碧は自分の目の下を触って「あぁ」と笑った。最近はこの痣の存在を忘れかけていたが、碧が高校生くらいまでは嫌になるほど聞かれた言葉だ。「なにそれ痣?」「痛くないの?」そんな問いに、決まって碧は笑って「生まれつきだよ」と答えてきた。
「痛くないよ。小さいときからずっとあるから」
「ふぅん…。おにーちゃんのそれ、お空みたい」
「…お空?」
「うん。雲のモクモクに似てる!きれーだね」
そんなこと言われたのは初めてで、碧は少し気恥ずかしくなった。微笑みながら「ありがとう」と男の子に伝えると、男の子も嬉しそうに綿菓子を食べ始める。
「…迷子のテントは…あ!いた!すみませんっ!」
「おねーちゃん」
「もー、手繋いでてって言ったのに…」
男の子は迎えに来た姉に手を引かれ、碧からもらった綿菓子を持ちながら手を振っている。碧は「またね」と微笑みながら手を振り返した。
「元気な子でしたね」
「そうですね。…あ、すみません、陽介さんが買ってきてくれた綿菓子あげちゃいました…」
「ああ、いいですよ。いるなら買いますし」
「あ、いや…はい」
ニコニコ笑う陽介に断りきれず、碧は癖で左目下にある痣を触る。男の子に「雲に似ている」と言われたばかりで、なんだか碧は嬉しそうだった。
「そういえば、2人は俺の痣のこと聞かないですよね。…変だとか、思わないですか…?」
「ん?綺麗な色ですよね。俺は羽みたいだなって思ってましたよ」
「え」
「うん。綺麗」
「…え」
予期せぬ2人の反応に、碧はじわじわと赤くなる。あの湊でさえ、碧に初めて会ったときには痣の心配をしていたのに。
「その痣も含めて碧だと俺は思うよ」
橙也は持ってきた小説を読みながら少し顔を上げ、碧を見て言う。それを聞いた陽介がニヤニヤしながら「橙也さんなんかキザですね」と嬉しそうにしていた。
すると、ドーンッと大きな音と光が視界に入る。どうやら花火が上がっているようだった。
「お!来たねー!碧くん!ここから見えるからおいで」
陽介に手招きをされて移動をする。テントの端から空を見上げると、大きな花火が打ち上がっていく。
「え、ここのテントの場所良すぎません…?」
「毎年ここで迷子センターと落とし物ブースしてるからその特権だね」
「このために頑張ってる。みたいなとこあるからな」
いつの間にか橙也も二人の側へ来て花火を見上げる。赤や緑、白、青、ピンクなど様々な色と形で作られては散り、また大きな音と共に色とりどりの花が咲いていく。
しばらくそうして眺めていると、そろそろフィナーレらしく、いろんな形の花火が次々と上がっていく。思わず「おー」と声が漏れるくらいには圧巻だった。
「すごいですね。こんな近くで花火見たの初めてです」
「いいでしょ。この場所。また来年もおいでね」
「…はい。また来年も楽しみにしてます」
碧は「また来年」の響きが少しくすぐったくて、でも暖かくて。気を抜いたら涙が出そうになっていた。それを分かってか、橙也が優しく碧の頭を撫でる。それを見て陽介も碧の頭を撫でた。グシャグシャになっていく髪の毛を「ちょっと!もー…」と言いながら直していく碧も、満更ではない表情で楽しそうだ。
祭りもそろそろ終了のアナウンスが流れ始める。陽介はもう一度落とし物のアナウンスをしに本部へ行き、橙也はまた椅子に座って小説を読み始めた。
碧は髪を直していた手をそのまま左目下にある痣に置いて、男の子や二人が言ってくれた「雲みたい」「綺麗」「羽みたい」を心の中で噛みしめる。
碧は少しだけ、この痣が好きになっていた。




