第六話「願いごとは、夜灯便利社で。」
7月上旬。雨が降ったり高気温になったりと気候が安定しない季節。今日は少しジメジメした晴れ。時刻は18時を過ぎたところ。碧は大学を出て便利社への道のりを歩いていた。
商店街にさしかかると、サラサラ、カラカラと音が聞こえ始める。一店舗ごとに一本の笹が立てかけられていて、笹飾りや誰かが書いた短冊が風に揺れている。碧はふと、昔母と一緒に書いた短冊を思い出した。なんて書いたかは覚えていないが、とても楽しかったことを覚えている。
「そっか。もう七夕か」
今年は星が見えるだろうか。とふと空を見上げる。ここ数年は大雨か曇りかで、碧は天の川という物を見た記憶がない。
ガラガラ
「ただいま」
「ん、おかえり」
ほぼ毎日のように便利社に通う内に、いつの間にか碧はすんなりと「ただいま」を言えるようになっていた。
橙也は変わらず土間で小説を捲っている。
「商店街、見ました?笹でいっぱいでしたよ」
「あ、そういえば」
そう言って橙也は顔を上げ、裏口へと姿を消した。しばらくしてガサガサと音を立てながら帰ってきた橙也の手には大きな笹が抱えられている。
「わ、すごい。立派な笹ですね」
「そ。町内会長にもらった。一応ここも商いだからって毎年くれる」
「へぇ…」
碧は笹を見上げながらふと思う。
「毎年もらうんだったら、笹飾りもあるんですか?」
「…いや。そんなクリスマスツリーみたいなオーナメントはない」
「じゃあどうするんですか?あ、去年の笹飾りがあったり?」
「…いや。毎年焼くんだよ」
「えーっと…?じゃあ」
「作らないとね」
「ん?えっと…今日何日でしたっけ」
「七日」
「今日中に…?」
その言葉に橙也はコクリと頷く。碧はしばらくその場で止まっていたが、頭の中で状況を整理したのか、大きな声が出た。
「なんでそんな大事な物今日まで仕舞ってるんですか?!」
「え…ごめん」
「さ、笹飾りって何で出来てるんですか…?折り紙…?画用紙…?」
一人でパニックになっている碧に、救世主が現れる。引き戸の音と共に現れたのは、大きな笹を見て「わあ。やっと出したんですね」と嬉しそうにしている陽介だった。
碧は陽介に駆け寄って問いかける。
「よ、陽介さん!!笹、笹飾り!どうやって作るんですか?!」
「落ち着いてください碧くん。橙也さんがこうなのはいつものことなので、持ってきましたよ。画用紙と折り紙と、こより」
「…こより?」
「はい。笹飾りやお願い事の短冊を笹に結ぶための紐ですね」
そこからは陽介の指示の元、折り紙で笹飾りを作った。三角形を連ねた物、菱形を連ねた物。輪飾り、吹き流し、投網、くずかご。提灯。
碧は意外と不器用で、切ってはいけないところを切って折り紙をバラバラにしたり、投網が広がらなかったりと散々だったため、おとなしく折り鶴を折り、細かいものは手先の器用な橙也が担当した。陽介は碧に教えながら、作った物を笹に飾り付けていく。
「おお…こう見ると圧巻ですね」
「飾り頑張りましたね!華やかです」
「今年は碧もいるから豪華だな」
玄関先に飾られた笹と、笹飾りがサラサラ、カラカラと音を鳴らしながら風に吹かれる。
「さ。願い事書きましょうか」
陽介に渡された短冊。碧はそれを受け取ってしばらく考えた。書こうと思って止まり、また書こうと思って止まる。それを何度か繰り返した碧に陽介が声をかけた。
「書かないんですか?」
「…思いつかなくて」
「無理に書かなくてもいいんじゃないか?願いってそんな取り急ぎ書くような物でもないし」
橙也の手が碧の頭にポンッと乗る。二人は書き終えたようで、玄関先へ飾りに行ってしまった。碧はまたわからなくなって、願い事を書くのは一旦やめて、机に伏せた。
「さ、ご飯にしましょうか」
今のテーブルに並べられたのはそうめんと、星形に切ってあるキュウリやハムや卵。
「七夕といえばそうめんですよね」
「あー、俺は給食の七夕ゼリーのイメージです」
「あ!!あれ特別感ありますよね!」
「俺はなんだろ…ちらし寿司…?」
「ちらし寿司はひな祭りじゃないですか?」
わいわいガヤガヤ。今日の食卓は七夕をテーマに盛り上がり、気づけばそうめんはあっという間になくなっていた。
時刻は21時を過ぎたところ。橙也が立ち上がり、陽介が出かける準備をし始める。
「どこか行くんですか?」
「あ。今からあの笹焼きに行くんですよ」
「え?!今飾ったのに?」
「この人が出すの遅かっただけで、本来なら5日くらいから飾るんですよ。それにこの地区は七夕当日に焼くっていう風習なので」
そこまで聞いて碧はハッとして立ち上がる。
「俺、願い事書いてないのでちょっと待ってください!」
そう言って玄関先に走って行く。二人の願い事を見て参考にするつもりだった。
笹を見上げて二人の願い事を見つける。
『みんなが、ご飯をちゃんと食べられますように 陽介』
『健康第一 橙也』
緑の短冊とオレンジの短冊が風に吹かれてカラカラと揺れている。その願い事が、なんだか二人らしくて、碧は「あはっ」と笑いが漏れた。「なんだ。こんなお願いでいいのか」と、碧は一息ついて、願いを書く。
『また来年も、ここにいられますように 碧』
陽介にこよりをもらい、碧も二人の願いの近くに飾り付けた。
橙也と陽介が家から出てきて、歩き始める。橙也が持つ笹が歩く度にガサガサと音を鳴らしたが、その音さえも心地よく感じていた。
近くの神社には既に多くの人と笹、少しの出店があって、その光景に碧は「わ…」という声が漏れる。今まで夜は家の中に一人でいた碧にとって、この光景はなんだかドキドキわくわくするものに見える。
神社の敷地内の中心には既に焚き上げの火が付いていて、何本が焼いた跡があった。橙也は抱えている笹を持ったままで、陽介は町内会の受付に「夜灯便利社です」と良い、番号をもらっている。
「12番です。今は…6番が呼ばれてるのでまだですね」
「これ、毎年してたんですか?」
「ん?碧はじめて?」
「はい。俺同じ地区に住んでるのに、こんなことしてるの初めて知りました。何個か出店もあるし…」
それを聞いて橙也は「そっか」と言いながら碧の頭をクシャリと撫でた。パチパチと火がはぜる音と、楽しそうに騒ぐ子どもの声。それらは碧にとって初めてに等しいものだった。
「12番さん~!」
その声に顔を上げ、橙也が焚き上げに笹を持って行き、火に入れる。笹が火に飲まれ、先ほど作った笹飾りや短冊がじわじわと燃えていく。
火の粉がパチパチと踊りながら夜空に舞い上がっていった。碧はその火の粉を目で追いながら、心の中でもう一度願う。
『また来年も、ここにいられますように』




