第五話「お届け物は、夜灯便利社で。」
13時過ぎ。空きコマの時間つぶしで、碧は中庭のベンチで文庫本を読んでいた。
「碧ー!」
湊の声が聞こえ、碧は顔を上げる。声の方向を見ると、手をブンブン振りながら湊がこちらへ向かってきていた。
「どうしたの」
「ちょっと相談。あと、人連れてきた」
そう言われて湊の斜め後ろを見る。フードを被っていたが、獣人特有の毛並みと鼻が見えた。
「あ…えっと。なんでも、してくれる所があるって…聞いて」
声の主がパサリとフードを外す。手足と顔を覆う真っ白な毛並みと、水色と黄色のオッドアイ、耳と尻尾が見えた。猫の獣人だった。
「この子、宮野 奈子さん。さっき知り合ったんだけど猫の獣人だって。こっちは葉山 碧」
「どうも。葉山です」
「…奈子です」
湊が紹介し、互いに会釈をする。奈子はすぐにまたフードを被って隠れてしまった。獣人だと知られるのが嫌なのか?と碧は思考を巡らせながら宮野に質問をする。
「えっと、相談って?」
「あ、あの。本当になんでも、してくれるんですか?」
「…大概のことは」
「私、濡れるの苦手で。特に予想できない雨が。苦手で…。その、雨のシーズンはなるべく外出しないようにしてて、…だから、…そろそろ買い溜めしときたくて…。その、買い出し…してきてもらうことは…可能、ですか」
湊の半歩後ろ。フードを深くかぶって恥ずかしそうにポソポソと喋る奈子に、碧は「うん」と頷いてふわりと笑った。
「大丈夫だよ。どこに届けるのかと、緊急時の電話番号を教えてもらえたら」
「あっ、はい。あの、今日中って可能ですか…?明日から大雨続くみたいで…今も、その、早く帰りたくて…」
空はどんよりと曇っている。雲の色からそろそろ降り始めてもおかしくない。奈子は獣人だと思われるのが嫌なのではなく、濡れたくないからフードを深く被るのだと、碧は納得した。
奈子と碧は連絡先を交換し、碧は今の状況を夜灯便利社のグループに書いて送る。
「じゃあ、また買い物リスト送っておいて。今日の21時までには依頼完了すると思うから」
「…はい、ありがとうございます」
そう言って奈子はパタパタと駆け出して行ってしまった。湊は碧が座っているベンチの隣に腰掛ける。
「ホントに何でもいいんだな」
「うん。まぁ。俺が最初に依頼したとき「一緒にご飯を食べたい」だったし」
「へぇ~」
「っていうか。あの子さっき会ったの?」
「そう。そわそわしててなんか困ってそうだったから声かけた」
毎度の事ながら湊の行動には驚かされる。とはいえ碧はそんな湊に感謝もしていた。湊が声をかけてくれたおかげで、碧はこうして大学生活を楽しく過ごせているのだから。
♪
夜灯便利社のグループから返事が返ってくる。
『わかった』
『リスト内容が多かったら一緒に買いに行きましょう』
その内容を見て、自然と碧の頬が緩んだ。
「なに?便利社の人?」
「そう。いいよーって」
「へぇ。いいな。なんか。優しそうな人たち」
「うん。優しいと思う」
18時30分。碧は夜灯便利社の扉を開いた。
「おかえり」
「…ただいま。あの、リスト、来ました」
「ん」
土間で橙也に内容を見せる。食品と生活用品が少し。陽介も奥から出てきた。今日は早めに便利社に来ていたらしい。
「結構ありますね。その子の家の近くで買い物して渡しに行きましょうか」
「俺は留守番してる」
「あ、はい。そうですよね。誰かお客さん来るかもしれないし」
「じゃ、行きましょうか」
陽介が鞄を手に持って碧の隣に並ぶ。橙也はいつもの椅子に座り直して、本を開いている。目線は本のまま、「いってらっしゃい」と二人に手を振った。
19時。依頼主の宮野の家までは電車で一駅。最寄りのスーパーは大きくも、小さくもなく。地域密着型のどこか懐かしいものだった。
「えーっと…トマト、きゅうり、もやし…」
陽介がリストを見ながらカゴに入れていく。碧は特に手出しをすることなく、カゴを乗せたカートを押して陽介の側を歩いた。
「この子、碧くんの知り合いですか?」
「あ、いいえ。湊が…と言っても湊も今日知り合った子で…えーっと」
説明が難しい。碧が言葉を選んでいると、陽介が「ふふっ」と笑う。
「その湊くん、とっても人懐っこい子ですか?」
「…はい。困ってる人を放っておけない奴です」
「なるほど」
「依頼の子、宮野奈子さんって言って、猫の獣人でした」
「それは雨は嫌なはずですね」
「…陽介さんは?狼…でしたよね」
「はい。俺は別に雨に濡れても大丈夫です」
会話をしながらも、カゴはどんどんいっぱいになる。
リストを再度確認して会計をし、レシートを大事に折りたたんでから、袋に食品と生活用品を詰めていく。
「よし。えーっと?宮野さんのお家は…」
「こっちみたいです」
碧がスマホの地図を見ながら指を指す。ついでに宮野に『あと数分で着く』とメッセージを送った。
マンションのエントランスにフードを被った人影。大学に居たときと同じ格好。宮野だと気づいて、碧は少し駆け足で向かう。
「宮野さん」
「…あ」
碧の声に顔を上げる。
「あ、ありがとうございます。助かりました…」
ふと宮野は碧の隣に居る陽介を見た。少し違えど、同じ獣人。宮野の尻尾がふわりと揺れる。
「初めまして。夜灯便利社の橘陽介と言います」
「あ、宮野奈子です。今回はわがままに付き合っていただき…ありがとう、ございました」
「いえいえ。またいつでも頼ってくださいね」
「…はい」
宮野の顔がほころぶ。碧は「陽介さんかっこいいもんな…」と心の中で妙に納得していた。
宮野と別れ、夜灯便利社へ帰る道中。碧は陽介の顔をジッと見つめる。
「…なんですか?顔に何か付いてます?」
「あ、いえ。陽介さんってかっこいいですよね」
「…はい?」
「いや、宮野さん、陽介さんのこと…その」
そこまで言って急に言いにくくなった。人の恋路に首を突っ込んではいけないと、頭のどこかで思っているからだ。
「獣人同士だから、安心したのかもしれないですよ。…まぁ、俺は耳と尻尾だけの中途半端な奴ですけど」
どこか棘のあるその言い方に、碧は少しドキリとした。確かに耳と尻尾だけの獣人は数少ないが、全くいない訳ではない。
碧は陽介になぜそんなことを言うのか聞くに聞けず、口を閉じてしまった。代わりの話題は何かないかと考えて、無意識に左目下にある痣を擦る。
「あ。碧くん。便利社に帰ったら何食べたいですか?」
「…え?」
「お肉と魚、どっちにします?」
「…じゃあ、魚で」
「よし。はやく帰りましょう」
陽介はニコニコ笑いながら歩みを早めた。碧はそのまま陽介について行った。
「ただいま帰りましたー」
「…帰りました」
「おかえり」
土間の椅子で橙也が出迎える。陽介はそのままキッチンに行って料理を始めた。碧は手を洗ってから式台の上で陽介の料理の音を聞きながら橙也を観察する。ちょっとした物置になっている棚の上には、葉脈標本の栞が置かれていた。それを見つけて、碧の心はすこしざわついた。また、左目下にある痣を触っている。
「ご飯出来ましたよ-!」
陽介の声にハッとして、立ち上がり橙也に声をかけた。
「橙也さん、ご飯ですって」
「ん」
二人で居間へ行く。テーブルの上には香ばしく焼かれたホッケの開きが並んでいた。橙也の「いただきます」の一言で3人が食べ始める。陽介は先ほど完了した依頼の話をし、碧は付け加えることがあれば話に入る形になった。
時刻は21時。雨がパラパラ降り始め、次第にザーザーと音が激しくなる。
「降り始めましたね。碧くん帰れますか?」
「あ、はい。傘も持ってきたので」
明日は幸いにも休み。そんなに急ぐこともないと、碧はまたのんびりと式台の上に座って陽介がパタパタと動く音と、橙也が本を捲る音を聞きながら、目を閉じた。二人の音に被さって雨音が響く。雨は、まだ止みそうになかった。




