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おかえりは、夜灯便利社で。  作者: しおれもん


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第四話「雨音は、夜灯便利社で。」

 5月下旬。雨雲が覆う空。碧は夜灯便利社の中へ入り、定位置になりかけている式台へと腰かけた。目の前には橙也が土間の椅子に座って本を読んでいる。


「それってもう、何度か読んでるんですか?」

「ん?んー。そうだね。多分全部読んでると思うけど。これは2回目」

「へー…。本、好きなんですね」

「好きっていうか…なんだろ。ここにあるから読んでる」

「いつからここに、こんなたくさんあったんですか」

「えーっと…8年くらい前かな。すこしずつ本棚に増えて5年前にはこうなってた。俺が読み始めたのは3年くらい前だよ」


 碧は「へぇ」しか返さなかった。

 外はいつしか雨が降り始めたようで、夜灯便利社のガラス戸にパチパチと雨粒が当たる音が土間に響きだした。時刻は18時50分。そろそろ陽介が顔を出す時間。


 ガラガラ


「ひぃーっ…降られちゃいました」


 パタパタ、プルプルと耳と尻尾を振って雨水を払い、ハンカチで肩や服を拭いている。湿気があるせいか、陽介の耳や尻尾はいつもより大きく見えた。


「陽介おかえり」

「…お、かえりなさい」

「はい。ただいま。碧くん傘持ってます?すごい降ってきましたよ」

「あ、はい。折り畳みですけど持ってます」


 えらいですねー。と言いながら陽介は碧の横を通り過ぎ、部屋の中へ入っていく。キッチンで物音がし始めた。

 碧は珍しく陽介の傍に駆け寄らず、式台に座ったままガラス戸に当たる雨粒を遠くから見ているだけだった。目を瞑れば橙也が捲る本の音と、雨の音、キッチンで料理をする陽介の音が聞こえ、碧はひどく安心した。ここに誰かがいる。自分以外の生活音が聞こえる空間は、自分の家よりずっと暖かい気がしたからだ。

 時間が流れ、キッチンから陽介の「ご飯ですよー!」の声が聞こえた。

 碧はパッと顔を上げ、橙也は本に栞をはせて閉じる。居間へ行くと3人分のご飯が並んでいた。今日はハンバーグらしい。


「お。陽介のハンバーグ美味いんだよな」

「そうなんですね。楽しみです」


 「いただきます」の号令で、各々が食べ始めた。この時間は特に会話はない。かといって無言でもない。今日あったことや、以前の依頼人のことを話すこともあれば、ご飯を黙々と食べる時もある。碧はこの時間も好きな時間だった。


「あ、そういえば。俺お二人の連絡先知らないんですけど、教えてもらってもいいですか?」

「そういえばそうですね。これ、ここのグループです」


 スマホの友達画面から陽介を友達にし、グループに入れてもらう。橙也のアイコンはいつも橙也が座っている土間の椅子に、黒猫が丸まって寝ている写真。陽介のアイコンはプリンの写真だった。


「プリン…」

「そこのプリンおいしいんですよ!近所の喫茶店のなんですけど、硬さも甘さも絶妙で!今度いきましょうね」


 陽介が興奮気味に語りだす。大きな尻尾がブンブンと触れていた。碧はなんだか陽介が大型犬に見えて、クスリと笑ってしまった。


「はい、行きましょう」


 食べ終わると、陽介と碧が食器を洗うのがお決まりになってきた。橙也はまた土間の椅子に座って本を読んでいる。碧は食器を洗い終わるとまた式台の上に腰かけた。どうやら今日は依頼人は来ないようで。時刻は20時を過ぎたところ。

 橙也が一冊の本に手を伸ばし、開いた。


「あ。ここにあった」

「…ん?なんですか?」

「栞。探してたんだ」


 ひらりと碧に見せたその栞は、葉っぱの葉脈が透けている不思議なものだった。


「え、なんですかそれ。すご…」

「これ本物の葉っぱなんだよ。葉脈標本っていうらしい。ラミネートして切り取ったものを栞にしてる」

「へぇ…橙也さんが作ったんですか?」

「いや。俺じゃない」


 そういって橙也は立ち上がり、二階へと移動する。碧は陽介のもとへ行って聞いてみた。


「あの、橙也さんが持ってる栞、陽介さんが作ったんですか?」

「ん?栞?」

「はい。葉脈標本…?っていう葉っぱの葉脈が透けてるやつです」

「…あぁ、それね。俺じゃないですよ。橙也さんずっと探してたけど見つかったんだ。…よかった」


 陽介は安堵した表情で二階へ続く階段を見つめている。碧はなんだか触れてはいけない話題な気がしたが、気になった。しばらく口をもごもごさせて言う。


「あのたくさんある本って、その栞を作った人の本だったんですか?」

「んー。多分。そうだと思うよ」


 階段から橙也が降りてくる。もう聞くに聞けなくなってしまった。陽介は橙也のもとへ行き、楽しそうに話している「見つかったんですね」「やっと見つかった」

 碧は少し寂しくなったが、二人の過ごしてきた時間に口を出すものではない。と一線を引いて二人を眺めた。


 そのあとも雨は降り続け、23時になったところで橙也が口を開く。


「碧。今日はもう誰も来ないだろうから上がっていいよ」

「…じゃあ、そうします」

「またね、碧くん」

「はい。また」


 碧は鞄を手に取って折り畳みの傘を探す。鞄の底で横たわっていた。ガラス戸を開けると雨音の音がより一層建物内に響く。

 陽介の「気を付けてね」に手を振って傘を開いた。今日は星も月も出ていない。ガラス戸を閉めて一歩踏み出すと、あの暖かい家から遮断された気がして、碧は少し、寂しくなった。


「明日は、晴れるかな」


 碧の小さな声は、雨音にかき消されていった。

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