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おかえりは、夜灯便利社で。  作者: しおれもん


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第三話「猫探しは、夜灯便利社で。」

「あれ。なんか今日、碧いいことあった?」


 湊がニコニコ笑いながら碧に問いかける。碧はしばらく考えて


「バイト、することになった」

「え!まじ。なんのバイト?」

「えーっと…」


 なんて答えれば良いのかわからない。便利社の説明がうまく出来る自信がなかった。が、湊はきっと何も聞かない。そのまま伝えることにした。


「夜灯便利社ってとこ。何でも屋さん。みたいな」

「へぇー。俺もなんかあったら頼もうかな」

「その時は言って。紹介するよ」


 湊は「いいの?」と嬉しそうに笑っている。碧は湊のこういう所が、みんなから好かれる所以なんだろうな。とつくづく思う。


「今日もそこ行くの?シフト制?」

「あー…シフト制かはわかんない。昨日、「明日も来るか」って言われたから、行く感じかな」

「いいなぁ、自由な感じ」

「いい人たちだよ」

「そっかぁ」


 湊は口角を片方上げて、嬉しそうに碧の頭を撫でた。「え、なに」と碧は戸惑っていたが、悪い気はしないようだった。


「じゃーな」

「うん。また来週」


 時刻は午後17時。碧は一度自宅へ戻り、鞄を変えて家を出た。向かう先は夜灯便利社。ガラガラとガラス戸を開けると、いつもの場所に橙也が居た。


「おかえり、碧」

「…ただ、いまです」


 当たり前のように「おかえり」と言われて「ただいま」と返したがまだ慣れない。碧は靴を脱ぎながらふと思う。いつも顔を出してくれる陽介がいない。


「陽介さんは?」

「陽介はまだ仕事じゃないかな。ここは一応19時営業開始だし」

「え?陽介さんここが職場じゃないんですか」

「ここはボランティアみたいな感じだね」

「…へぇ」


ボランティアについては詳しく聞かなかった。

壁掛けの時計の針をちらりと見る。18時20分。営業開始時間まであと40分もある。


「あ…。そういえば俺って何時にここ来て、いつ休みとか決まってますか?」

「…特には。来たい日の、来たい時間に来れば良いよ」

「緩すぎません…?」

「いいのいいの。毎日お客さん来るわけでもないし。営業時間も遅いしね。自由にしてて」

「はぁ…」


 そう言われて碧は戸惑う。鞄を居間の隅へ置かせてもらい、橙也が居る玄関先へ行く。本がたくさん並んでいる場所と廊下の間。式台の上に腰かけた。


「ここ、古書店とかだったんですか?」

「いや?ここなら床が抜ける心配ないでしょ」


 本がたくさん敷き詰められているそこは、いわゆる土間と呼ばれるようなところで、コンクリートの上に本棚がいくつも並んでいる。

 しばらく碧は式台の上で足を抱えながら本を捲る橙也を見ていた。カチカチと時計の秒針の音が響く。互いに無言だったが、碧は気まずくはなかった。


ガラガラ


「あれ?なにしてるんですか?」

「陽介、おかえり」


 橙也は「おかえり」と言っているが、碧はそれをまだスムーズには言い出せない。出会って間もない人たちに、自分の家でもないここで「おかえり」とは言えなかった。


「ただいま、橙也さん。碧くんも」


 陽介にそう言われて、碧はやっと「おかえりなさい」とぎこちなく答えた。


「で?二人そろってここでなにを?」

「あ、えっと、自由にしてって言われてやることなくて…」

「あぁ。なるほど。じゃあご飯のお手伝い、してくれますか?」


 陽介はそういって手に持っているエコバックを碧に見せる。碧は「はい」と言って洗面所へ手を洗いに行った。


「何しますか?」


 陽介の隣に立って聞く。


「卵、溶いてください」


 卵が3つとボウル、菜箸を渡される。碧はボウルに卵を割って入れ、かき混ぜた。これくらいなら幼いころに母の手伝いで行っていた覚えがある。陽介に「上手ですね」と褒められ、ボウルの中に牛乳を入れられた。


「なに作るんですか?」

「オムライスです。好きですか?」


 オムライスならこの卵は重要なのでは…?と思い、碧は白身がなくなるまで熱心にかき混ぜる。そんな碧をみて陽介はニコニコ笑っていた。


「いい匂いする」


 フライパンでケチャップライスが出来上がる頃、橙也が匂いにつられて顔を出す。陽介はお皿にケチャップライスを乗せてから卵を上に乗せる派らしい。

 碧が溶いた卵液がフライパンの上で広がる。陽介は頃合いを見計らいながらフライパンを揺らし、ケチャップライスの上に乗せた。


「うまそー…」


 橙也がオムライスが乗っているお皿を机へ運び、ケチャップを冷蔵庫から取り出した。


「碧、なんて書く?」

「え?えっと…いつも何書いてるんですか?」

「いつもは名前か絵か」

「絵描いてるんですか?」

「そう。なにがいい?」

「え…っと、じゃあ、猫で」

「おっけー」


 ケチャップのふたを開け、黄色い卵に赤い線が描かれていく。かわいい猫が出来上がるのを碧はじーっと見ていた。思わず「上手ですね」と言葉が出る。橙也は嬉しそうに口角をあげながら残りの二皿を仕上げていった。橙也は熊。陽介は犬らしい。


「いただきまーす」


 絵を崩すのもったいないな。と思ったが、二人が何食わぬ顔で食べているので、碧も食べた。ケチャップの甘酸っぱさとトロトロの卵。

 食べ終わって洗い物の手伝いをする。時刻は20時半を過ぎたところ。


ガラガラ


 扉が開く音がした。碧と陽介は玄関先へ向かう。橙也が対応をしていた。


「こんばんは、どうされました?」

「ここって、何でもしてくれるのかしら?」

「ええ。可能なことなら」

「うちのね、猫のミケちゃんがいなくなっちゃったのよ。ごはんの時間には帰ってくるのにどこにもいなくて…。探してほしいのだけれど」

「わかりました。その猫の写真とかって…」

「ないのよ。ごめんなさいね。携帯苦手なの」

「じゃあ特徴教えてください」


 「そうねぇ…」と言いかけたところで碧と陽介がいるところに目が行ったらしい。


「あらあらまぁ。素敵な耳だわ。尻尾もふわふわ。あなたはなんの獣人さんなのかしら。うちのミケちゃんもふわふわなのよ」


 陽介を見て老婦は目を輝かせる。陽介はそちらへ足を運び、にこりと笑って答える。


「狼です」

「まぁ、そうなの。かっこいいわ。うちのミケちゃんはね、耳が丸っこくて、三毛柄なの。目は緑でね。尻尾はカギ尻尾なのよ」


 頬に手を当て、嬉しそうに話し続ける。碧はそんな姿を見ながら、はやく見つけてあげたいと思った。


「ミケちゃん、いつもどこにいるとかわかりますか?」

「そうねぇ、公園のベンチにいたり、屋根の上にいたりするんだけれど…そんなに遠くには行かないはずよ」

「わかりました。見つけ次第お宅に行きますので、住所教えてください」

「ええ。もちろん。よろしくお願いします」


 そういって老婦は店を出る。橙也は特徴を書いた紙を見つめながら頭をポリポリと掻いていた。陽介はその紙を見てから碧のもとへ行く。


「よし。探しましょう」

「…はい」


 橙也は無言で陽介と碧に懐中電灯を渡した。橙也と陽介は慣れているようで、何の躊躇もなく出かける準備をしている。碧はそんな二人を見ながら鞄を肩にかけた。


「じゃあ、僕はこっち探してみるので、碧くんは橙也さんと探してくださいね」

「あ、はい」


 陽介は右側へ。橙也は左側。碧は橙也の少し後ろで懐中電灯の灯りをつけた。

 しばらくそうして探し続け、3人は依頼人の家までたどり着く。


「一応この周辺も見とくか」

「そうですね」


 依頼人の庭の中へ。花壇の間、木の根元。くまなく探すがそれらしい物音や鳴き声は聞こえない。ふと、陽介の耳がピクピクと動いた。それに気付いた碧が声をかける。


「どうしたんですか?」


 陽介は顔を上げてあたりを見回した。


「あ」


 指さす先は屋根の上。正面からは見えづらい屋根と屋根の間の影で、三毛柄の猫がカギ尻尾を揺らしながら丸まって寝ているのが見える。


「あ。橙也さん!この子、ですかね」

「…そうかも。よし」


 橙也が近寄り、手の甲をそっと差し出す。猫は橙也の手をスンスンと匂い、しばらく考えたのちに橙也の手にすり寄った。警戒はしていないようだった。

 橙也がそのまま猫を抱き上げ、玄関のインターホンを鳴らす。


「はいはい、あら。便利屋さん」

「この子ですか?」

「あらまぁ!ミケちゃん。どこに行ってたの心配してたのよ」


 老婦が心配そうに声をかけるが、猫は涼しそうな顔をして橙也の腕の中から降り、すたすたと家の中を歩いて行った。


「屋根の影のところへいましたよ」


 陽介が猫の代わりにこたえる。


「まぁ、そうだったのね。お騒がせしてごめんなさいね。ありがとう。…あ、そうだわ。ちょっと待ってて頂戴ね」


 老婦は家の中へ消え、また玄関先へ出てくる。プラカップに入ったたくさんの苺を手に持って。


「うちの庭で育ててるんだけれど、今年はとっても甘いの。よかったら食べて」

「ありがとうございます」

「また何かあったら頼らせてもらうわね」


 老婦は嬉しそうに笑って手を振る。橙也と碧はぺこりと頭を下げ、陽介は手を振っていた。

 便利社に戻り、陽介が苺を洗う。お皿に数個乗せてテーブルに置いた。橙也が食べ、「ん。本当だ。甘い」ともう一つ手を伸ばしている。陽介は「どれどれ~」と言いながら苺を食べる。碧はそんな二人を見て遠慮していた。


「おいしいですよ、碧くんもどうぞ」


 碧の手のひらに陽介が苺を一つ置く。碧はヘタを取り、口に入れた。甘くて少し酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。碧の口角が少し上がった。


「甘い、ですね」

「うん。おいしいですね」


 橙也は無言で食べ進める。それを見た陽介が「食べすぎですよ」と橙也の手の甲をパシッと叩いた。「いて…」と言いながらまた陽介の目を盗んでこっそり食べだし、プラカップに入ったままの苺を、今度は橙也が洗ってお皿に追加する。


 春の終わりの少し湿った風が、居間の網戸を抜けて3人の髪を優しくなびかせた。

 時刻は22時を過ぎたところ。夜灯便利社はまだまだ営業中。


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