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おかえりは、夜灯便利社で。  作者: しおれもん


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第二話「鍵探しは、夜灯便利社で。」

 葉桜が風に揺れる。碧は大学の講義を受けていた。左手で頬杖を突きながら、左目下にある淡い青色の痣を撫でる。今まで気にしていなかったが、講義室にいる何人かの獣人が目に入った。あの店にいる陽介と同じように、耳と尻尾だけ獣人の人と、全身毛で覆われ、顔も獣の人。陽介はなんの獣人なんだろう。大きな耳と尻尾だったから大型犬かな。なんて考えていたらいつのまにか講義が終わっていた。


「昼、どうする?」


 すこしオレンジがかった短髪に琥珀色の瞳が碧を見つめる。川瀬 湊(かわせ みなと)。元気で明るく、友達の多い彼は、碧のことを気にかけてよく一緒にいてくれる友人だった。


「あー、食堂かな」

「よし、じゃあ行こう」


 鞄を手に取り歩き出す。湊は食堂のメニューを見ながら悩んでいた。「うどんにするか、ハンバーグにするか…」碧はふと唐揚げ定食が目に入った。あの時と同じ、唐揚げ。


「何にするか決まった?」

「うん。唐揚げ定食にする」

「うわー…それもおいしそう。どうしようかな…」

「唐揚げ一個あげるよ」

「え、本当に!?やった。優しい碧」

「はいはい」


 食券を買って列に並ぶ。自分の唐揚げ定食を受け取って湊を待った。


「結局何にしたの」

「明太クリームパスタ」

「…新たな候補」

「いやー、限定って書かれると買っちゃうよね」


 そんな話をしながら席を探して座る。窓際の、日が差す場所。碧は自分の唐揚げを湊のお皿に入れてから自分の分を食べた。

 齧って思う。あの時の唐揚げのほうが美味しい。


「碧ってバイトしてるんだっけ?」

「ん?いや。考えてはいるけど…湊はなんだっけ。カフェ?」

「喫茶店。店長のナポリタンが超うまいの」

「湊、食べるの好きだもんね」

「碧もおいでよ。おいしいよ。一緒にバイトする?」

「んー…今はいいかな。ありがとね」


 湊なりの優しさだと、碧は知っている。

 午後の講義も終わり、時刻は18時過ぎ。湊は大きなリュックを背負って「じゃ、また明日な~」と帰って行った。電車に乗り、自宅の最寄りの駅へ。歩いているとふと目線に入った灰色がかった大きな耳


「あ…」

「…あ!碧くん。ですよね?」


 碧の声に振り返り、ピンッと耳が立つ。夜灯便利社の陽介だった。


「今日はご飯、お家で食べる予定ですか?」

「あ、いえ。特には」

「じゃあ一緒に食べましょう。今日は餃子パーティするんです。一緒に包んでください」


 少しのお願いが混ざった言い方。碧は断ろうにも断れなかった。陽介と一緒に夜灯便利社へ向かう。あの時とは違う明るい道は、なんだか違う場所を歩いているみたいに感じた。

 ガラガラ。と重たいガラス戸が開く。橙也はあのときのように椅子に座って本を読んでいた。


「おかえり。…碧。おかえり」


 目線を本に落としたまま言った「おかえり」と、顔を上げ、碧を見つけて言う「おかえり」。それだけの違いなのに、なぜか碧は心がぽかぽかした。家でもないのに「おかえり」を言われると、こんなくすぐったくて暖かい気持ちになるのかと、心の中で橙也の「おかえり」を噛みしめていた。


「今日は餃子パーティですよ。橙也さんも手伝ってくださいね」

「んー。」


 陽介と橙也が靴を脱いで上がっていく。碧はすこし遠慮しながら靴を脱ぎ、揃えてから二人の後を追った。


「洗面所はあそこなので、手を洗ってきてくださいね」

「はい…」


 持っていた鞄を部屋の隅へ置かしてもらい、洗面台で手を洗う。ポンプの容器を押して石けんを出し、よく洗った。その間目線は正直で、キョロキョロと辺りを見回してしまう。二つ分の歯ブラシ。一つの歯磨き粉。ドライヤー。洗顔。あの二人は一緒に暮らしているのだろうかと考える。蛇口を閉め、側にあったタオルで手を拭いた。以前みんなで唐揚げを食べた部屋へ戻ると、机の上にはすでに餃子の餡と皮が並んでいた。


「こっちこっち。碧くんは餃子包んだことありますか?」


 陽介が手招きをして碧を隣に座らせた。碧はしばらく考えて


「んー…ない、と思います」

「じゃあ包み方教えますね」


 陽介の手の中には綺麗な餃子が作られている。ちらりと橙也の方を見ると不思議な形の餃子が量産されていた。


「橙也さんのも餃子の包み方としては合ってるんですけど、参考にしないでくださいね。あの人、全部違う包み方にする変なこだわりがあるんですよ」


 よく見てみると、円形になっている物。花びらになっている物。風車のような形や、春巻きのような形まである。それを黙々と真剣な表情でやっている橙也が少しおもしろくて、碧は口角を上げて微笑んでいた。

 碧はそのまま視線を陽介の手元に移し、それを見ながら餃子を包んだ。はじめは少し餡が多くて不格好に。二つ目はヒダが不揃い。三つ目、四つ目と作っていくうちにだんだんと形になってきた。


「お!それ綺麗ですね」


 陽介が褒める。橙也もそれをチラリとみて「ホントだ」と言葉を発した。碧は褒めてもらってなんだかむず痒くなったが、悪い気はしなかった。

 ホットプレートに餃子を並べて焼いていく。良い匂いが部屋に充満し、焼ける頃には三人とも無言になっていた。

 橙也の「いただきます」で食べ始める。自分で包んだ餃子は少し不格好だったが、「おいしい」と素直に思えた。


「これ、食べてみ」


 橙也が差し出した餃子。丸いフォルムを囓ると、チーズがとろりと伸びる


「ん?!」

「チーズ入り」

「え!いいな。俺にもくださいよ」


 どうやら隠し球でチーズを入れていたようで、橙也は嬉しそうにニコニコしていた。その顔をみて碧はまた心が暖まる。

 それから黙々と食べ進め、アイスまでごちそうになった碧は立ち上がり、「ご飯、ありがとうございました」と頭を下げた。


「また来てくださいね」

「気をつけてな」


 二人に見送られて夜灯便利社を出る。時刻は22時を過ぎた頃。アパートに着いて、いつものように鞄の側面を触って違和感を覚えた。


「…あれ?」


 いつも入れている場所に鍵がない。財布の下、ノートの間。隅々まで探しても鍵が見つからない。心臓がドッと跳ねた。すっかり暗くなった夜道をスマホのライトで照らしながら歩く。夜灯便利社から歩いた道を逆戻りしながら地面を見続けても、鍵は見つからない。気づけば夜灯便利社の看板が目の前にある。一か八かで引き戸を開けた。


ガラガラ…


 橙也がまたいつもの場所で本を読んでいる。奥から陽介がパタパタと走ってきて顔を出した。


「あれ?碧くん?忘れ物でもしたんですか?」

「あ、あの…鍵、落ちてませんでしたか?」

「え!鍵?!」


 陽介が慌ただしく辺りを見回している。灰色がかった大きな耳もキョロキョロと動いていて、すこし心が落ち着いた。そんな慌ただしい陽介とは裏腹に、橙也や落ち着いた声で言う。


「外は?見てきた?」

「あ…はい。ここから俺の家まで見ましたけど…なくて」

「心配だよね…上がって?一緒に探しましょう」

「すみません…お邪魔します」


 また靴を脱ぎ、上がらせてもらう。餃子を食べた場所、洗面所。鞄を置いた場所。碧が行った場所や居た場所は隈なく探したが見つからなかった。


「…どうしよう」


 碧はその場で立ち尽くしてしまった。左手で左目下にある痣を触りながら、今日立ち寄った所を頭の中で思い出していく。


「ないですね…キーケースに入れてたり、なにかキーホルダーとかついてませんか?」

「キーケースには入れてなくて…あの、丸い…キーリング?っていうのかな、それに鍵とレモンの輪切りのストラップがついてます…」

「…レモン?」

「あぁ、友達の湊がくれたんです。俺っぽいって…よくわかんないんですけどね」


 湊が突然「これ碧ぽいからあげる」とくれたストラップ。碧は「碧っぽい」がよく理解できなかったが、光や太陽にかざすと半透明のそれがキラキラ光って、ひそかに碧のお気に入りになっていた。


「それはより大切な物ですね…外も探しましょう。ここから駅のほうはまだ見てないですよね?」

「あ、はい。そこはまだです」

「よし。橙也さん行きますよ」

「え、俺も?」

「当たり前ですよ。ほら、立って」


 陽介が座っていた橙也を引き上げる。橙也は「えー…」といいながらも引き戸の方へ歩いていた。碧はなんだか申し訳なくなって、二人を引き留める。


「あの、そこまでは申し訳ないです…あとは自分で探すので…」

「ダメですよ。もう遅い時間だし、人が多い方が早く見つかったりしますから」

「…碧。なんのための便利社だと思ってるんだ?ここはそういう場所だ。一緒に探そう」


 そうだ。ここは夜灯便利社。困りごとを何でも引き受けてくれる場所だ。碧はすっかりこの場所がどういう場所なのか忘れかけていた。


「…ありがとうございます」


 碧はリュックを背負い、肩紐をぎゅっと握って夜灯便利社を出る。陽介と橙也はすでにスマホのライトをつけて地面を照らしていた。

 電柱の陰、植え込み、グレーチングの中。隅々まで見てそれらしき物は見つからなかった。


「交番、行ってみますか?」

「そう…ですね」


 駅の近くの交番に鍵をなくしたこと、何がついているかを説明したが、それらしき落とし物は届いていないという。


「碧は大学なにで行ってるの?歩き?」

「電車です。そこの駅から」

「なるほど…」


 橙也は駅へ歩き出す。碧と陽介はその間も下を見ながら探していたが、橙也は駅員室に直行して駅員と話していた。


「碧」


 橙也に呼ばれて顔を上げる。橙也の手には、何かが握られていた。


「これ…!これです。よかった…。ありがとうございます」

「ん。よかったな」

「それですか?よかったね。見つかって」

「お騒がせしました…」


 駅員と橙也、陽介に頭を下げ、鍵をぎゅっと握りしめた。湊にもらったレモンの輪切りのストラップが駅の蛍光灯に照らされている。


「…碧、この後時間あるか?」

「え、あります、けど」

「じゃあ家戻ろう」


 橙也が歩き出す。陽介はなんだかニコニコしながら橙也の少し後ろを歩いていた。碧は戸惑いながらもその二人の後ろをついて行く。

 居間で座って待っていると、橙也が階段から降りてきた。どうやら橙也の部屋は二階らしい。


「これ。あげる」


 碧が両手を出すと、黄銅の葉っぱのチャームが「チャリン」と音を鳴らして落ちた。


「え?」

「碧っぽいでしょ」

「…名字の葉山に引っ張られてます?」

「…ま、いいじゃん」


 そう言って橙也は碧の頭にポンッと手を置いた。そしてそのまま続けて言う。


「バイト、しない?」

「…バイト?」

「ちゃんと給料も出すし、晩ご飯付き。どう?」


 そこまで言われて碧は陽介をみた。陽介はニコニコ笑っている。大きな尻尾が嬉しそうに横に揺れていた。陽介を見ながら碧は訪ねる。


「…いいん、ですか?」

「いいもなにも。決めるのは碧くんですよ」


 橙也と陽介を見て、自分のズボンをぎゅっと握りしめた。


「よろしく、おねがいします」


 碧は二人に向かって頭を下げる。陽介が駆け寄ってきてわしゃわしゃと碧の頭を撫でた。「また一緒にご飯食べれますね」と嬉しそうに言う。


「碧、」

「…はい?」

「明日も来る?」


 碧は橙也にもらった葉っぱのチャームを見つめてしばらく考える。


「……はい」

「ん。また明日」


 碧は夜灯便利社を出た。月が雲の隙間からこちらを見ている。碧はそのまま葉っぱのチャームを鍵につけ、月にかざす。

 湊にもらったレモンの輪切りと、橙也にもらった葉っぱのチャームが、キラキラと輝いて見えた。

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