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第10話 職人組合と材料控え 後編

 午後、職人組合の長机は、送魔局の小会議室よりも仕事場らしくなっていた。


 図面の上には、材料札が置かれている。


 主線用。

 灯り用。水場不可。

 灯り用。主線不可。水場不可。

 翌朝も濡れる場所。普通鉄不可。

 煌銅(真鍮)留め具は直接触れさせない。


 それぞれの裏には、カルムが短い番号を書いた。


 南外材一。

 南外灯二。

 湿倉保一。

 湿区留一。

 煌留絶一。


 マルカは、それを一つずつ読んだ。


「南外材一は、職人には読ませない番号だね」


「はい。表札には出しません。裏と台帳だけです」


「表は主線用」


「はい」


「いいね」


 カルムは、ほっとしたように小さく息を吐いた。


 リゼは、材料控えとは別に、測定控えを作っていた。


 場所。

 材料番号。

 表面反応。

 湿り。

 使用可否ではなく、使用条件。

 再測定日。


 そこに人の症状欄はない。


 レンは、それを確認して言った。


「ありがとうございます。分けてくれて」


 リゼは、少しだけ顔を上げた。


「分けなければ、また混ざります」


「はい」


「でも、症状の紙から材料の紙へ追えるようにはします」


「はい」


 短いやり取りだった。


 マルカが、職人たちと一緒に簡単な仮掲示を作っていた。


 主線用の線束には、赤い紐。

 灯り用には、黄色い紐。

 保留には、灰色の紐。

 湿る場所不可には、青い斜め線。


「色も使うのか」


 レンが言うと、マルカは頷いた。


「字だけだと、遠くから見えない。あと、手が汚れてる時に読むの面倒」


「ただし、色だけにしないでください」


 リゼがすぐ言った。


「色が見えにくい人もいます。泥で汚れることもあります」


「分かってる。字も残すよ」


「お願いします」


 マルカは頷き、職人たちの方へ戻った。


 レンも図面へ視線を戻した。


 外周送魔環。


 まだ仮の線だ。

 南水門の接地導路を疑い、市場北口の湿りを見て、工房街の煤を避け、西外縁の揚水線を支える。


 王都なら、机上の補償器(遮断器)構想で済ませたくなるかもしれない。

 美しい式なら、(R)(S)(T)の偏りを一括で見たいと思うかもしれない。


 だが、ここでは違う。


 区間ごとに、材料が違う。

 作業者が違う。

 濡れ方が違う。

 読む札も違う。


 それを隠したまま零偏補償を入れれば、式と零偏環(ZCT)の値は美しくても、現場は危うい。


 レンは、外周送魔環図の余白に書いた。


 区間番号。

 材料番号。

 現場札番号。

 測瘴症状票番号。

 再測定日。


 そして、まだ空欄の場所を取った。


 今は名前を付けない。

 止める声が、後で入る場所。


 ガルトが、その空欄を見た。


「そこは何だ」


「まだ名前を決めていない欄です」


「何を書く」


「誰が、どの条件で止めるか。今は、空欄だけ置きます」


 ガルトは少し黙った。


「名前を急ぐな」


「はい」


「だが、場所は空けておけ」


「そのつもりです」


 ガルトは頷いた。


 ベリオが横から覗いた。


「また欄か」


「後で必要になります」


 レンは言った。


「面倒な若いのだ」


「よく言われます」


「言われるだろうな」


 ベリオは、少しだけ笑った。



     *



 夕方、職人組合の表広間には、暫定の材料札と、外周送魔環の第一案が並んだ。


 職人たちも、送魔局の者も、それを見ていた。


 完成した計画ではない。

 むしろ、できないことがはっきりした紙だった。


 均相(※2話前編)済み蒼銅()線は足りない。

 白冠陶(高絶縁磁器)片は、使えるものと使えないものの選別がいる。

 封瘴布(絶縁布)は、清浄域用と現場仮処置用で分けなければならない。

 煌銅留め具は湿潤区画に必要だが、白冠陶片を挟む手順を札にしないと危ない。

 職人二班では、南水門と市場北口を同日に動かせない。

 荷馬車道を塞ぐには、領主庁と市場組合の許可がいる。


 できないことが多い。


 しかし、昨日までとは違う。


 できないことに、名前と番号が付いた。

 どこを見に行けばよいかが分かった。


 カルムは、領主許可用の一枚を書いていた。


 表題はまだ仮だった。


 外周送魔環暫定調査・資材通行許可願。


「長いね」


 マルカが覗き込んで言う。


「領主へ出す紙なので、短すぎても困ります」


「でも、長い……」


「では、表題はそのまま、中に短い要点を入れます」


「どんな?」


 カルムは、少し考えてから書いた。


 一、南水門・市場北口・西外縁を優先。

 二、主線用蒼銅線、湿潤区画用留め具、白冠陶片、封瘴布が不足。

 三、材料札・現場札・測瘴症状票を番号で対応させる。

 四、領主許可なしに、荷馬車道占用、職人二班、資材買付は動かせない。


「領主に伝わるでしょうか」


 マルカは答えた。


「四つなら、たぶん読めるんじゃない。あと、ガルトさんが読ませるでしょ」


 ガルトが離れた場所から言った。


「読ませるが、読めない紙は出すな」


「はい」


 カルムは背筋を伸ばした。


 ベリオは、材料札の束を一つ、ガルトの前へ置いた。


「組合の仮承認だ。勝手に持っていくな。領主許可が下りるまで、組合倉庫で保管する」


「分かっている」


「分かってる顔をするな。持っていかれる方は心配なんだ」


「持っていかん」


「なら良し」


 リゼは、使用条件付きの材料控えを封紐でまとめた。


「保留材は、再測定まで使用しないでください」


「乾いた倉庫で保管して、測り直す。ほどいて拭く必要はない。そういう話だったな」


 ベリオが言う。


「はい。使える場所を分けます」


「面倒だ」


「必要です」


「それも聞いた」


「では、もう繰り返しません」


 リゼは真顔で言った。


 ベリオは一瞬黙り、それから笑った。


「言わない、と言われると、逆に怖いな」


 マルカも笑った。


 レンは、外周送魔環の図面を丸めた。


 今日、街はまだ動いていない。

 一本の線も張っていない。

 塔も建てていない。

 灯も増えていない。


 だが、動かしてよいものと、まだ動かしてはいけないものが分かれた。


 その違いは、大きい。


 王都では、動かすために条件が削られた。

 グラントールでは、動かすために条件を残している。


 同じ標準化でも、向いている方向が違う。


 ガルトが、出入口へ向かって歩き出した。


「戻るぞ」


「送魔局へですか」


 カルムが訊く。


「領主庁へ回す封書を書く」


「今日中に?」


「今日中だ。明朝には出す」


 カルムは、慌てて紙束を抱え直した。



     *



 夜のグラントール送魔局で、ガルトは領主宛ての封書を書いた。


 宛先は、アルドリック・エルデン辺境伯。


 レンは、初めてその名をはっきり見た。


 エルデン領を治める人物。

 送魔局の上に立ち、職人組合、市場組合、水門課、水門庭園管理室へ通行・買付・閲覧の許可を出せる人物。


 ここから先は、現場だけでは進まない。


 カルムが、領主宛ての添付一覧を読み上げる。


「外周送魔環暫定調査図。一。材料札一覧。一。職人組合仮承認控え。一。測瘴症状票試験運用控え。一。市場北口現場札写し。一。南水門・水門庭園原台帳照合控え。一」


「多い」


 マルカが言った。


「多いが、必要だ」


 ガルトは封蝋を温めながら答えた。


「領主に出す紙は、少なすぎれば疑われる。多すぎれば読まれん。添付は多く、本文は短くする」


「本文は?」


 レンが訊くと、ガルトは書き終えた紙を見せた。


 そこには、短くこうあった。


 外周送魔環暫定調査を進めるには、南外縁一帯の資材通行、職人二班、主線用蒼銅線、湿潤区画用留め具、白冠陶片、封瘴布、および一部道路占用の許可を要する。

 現時点で危険値は確認されていないが、南水門、市場北口、西外縁に、条件の重なりがある。

 許可なき施工は行わない。

 ただし、許可が遅れれば、外周送魔環の初期設計を見直す必要がある。


 マルカが読んだ。


「短い。怖い」


「怖く書いた」


 ガルトは、書類を入れた封筒に、封蝋を押した。


「領主は、怖い紙から読む」


 カルムが、小さく頷いた。


「勉強になります」


 リゼは、机の端で測瘴症状票の控えを整えていた。


「これで、職人組合の材料控えと、人の症状は分かれたまま提出されますか」


「分ける」


 ガルトが答えた。


「だが、番号で戻れるようにはする。お前の紙を材料表に混ぜるな、ということだろう」


「はい」


「分かっている」


 リゼは、少しだけ頭を下げた。


「ありがとうございます」


 レンは、そのやり取りを見ていた。


 自分が言う前に、ガルトがそれを押さえた。

 リゼの原則が、少しずつ周囲にも伝わっている。


 それは、レンにとって小さくない変化だった。


 ガルトは封書をカルムへ渡した。


「明朝、領主庁へ持っていく。これは、お前が持て」


「私が、ですか」


「今日の番号対応を作った者が、添付の順番を説明する。説明できるか」


 カルムは封書を受け取り、喉を鳴らした。


「できます」


 少し間を置いて、言い直す。


「説明します」


 マルカが、短く頷いた。


 カルムは封書を抱える手に少し力を込めた。


 レンは野帳を開いた。


 職人組合。

 蒼銅線、主線用・灯り用・保留。

 湿潤区画、普通鉄不可。

 煌銅留め具、白冠陶片を挟む。

 材料控えと測瘴症状票を混ぜない。

 現場札・材料札・局内台帳を番号でつなぐ。


 最後に、一行を書いた。


 式に入れる線は、線置場で一度、現場の名前を持たなければならない。


 マルカがまた後ろから覗いて言った。


「短くするなら、『線にも行き先札』かな」


 カルムが、封書を抱えたまま顔を上げた。


「それは、分かりやすいです」


「カルム、あたしの言葉に甘くなってない?」


「分かりやすいものを、分かりやすいと言っただけです」


「そっか」


 マルカは楽しそうに笑った。


 ガルトが低く咳払いした。


「明日は早い。遊んでるな」


「はい」


 四人の返事が重なった。


 グラントールの窓の外では、工房街の炉が赤く沈み、市場北口の灯が青白く揺れている。


 その下には、現場札が立っている。

 その先には、まだ張られていない外周送魔環の線がある。

 そして、その線を張るには、領主の許可が要る。


 紙だけでは街は動かない。

 だが、紙がなければ、動かしてよい場所と、止まるべき場所を残せない。


 現場を進めるために次に開かれるのは、領主宛の封書だ。


【用語】

(ルビ:現代の電磁気・科学にて相当する語。)

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