6.憧れの女性
土曜日の午後。
「合コン?珍しいわね」
ダンススタジオの床をモップ掛けしながら、才加さんは驚いた顔をした。
「恋愛に前向きになろうと思って。もうすぐ25歳になるし」
「あら、年齢の話はわたしには禁句よ」
スタジオオーナーの才加さんは眉をひそめた。
だけど、彼女は出会った時と変わらずキレイだ。私の憧れ、いつだって見守ってくれる大人の女性。
都心からほんの少しだけ離れた街にある、小さなスタジオ。
ここは、かつてサクヤも通っていた、キッズ向けのダンススクール。
私はここで週に2回、子どもたちにダンスを教えている。
才加さんが結婚し出産をするときに、講師として採用されたのが3年ほど前。
感情を押し殺すカスタマーの仕事とは正反対に、子どもたちと自由に表現する仕事。これで、心のバランスが保てている。
「おなか、ちょっと目立ってきましたね」
才加さんは2人目のお子さんを妊娠している。
「紗綾ちゃん、お姉ちゃんになるの楽しみでしょうね」
「ふふ、そうなのよ」
紗綾ちゃんは時々このスタジオにもやってくる。
才加さんと親子で踊る姿は、なかなかのスキルで驚くことも。
そのとき、ラジオからdulcis〈ドゥルキス〉の新曲が流れた。
「最近のサクヤの活躍はすごいわね」
才加さんの口から、サクヤの名前が出るのは珍しかった。
「今はロンドンだっけ?ハイブランドのアンバサダーだったかな」
「……詳しいですね」
「先週の水曜日、ここに来てくれたの」
私と会った――キスをされた日だ。
「父の命日には毎年、顔を出してくれるから」
思わず、手が止まる。
――知らなかった。
そんな話、聞いたこともない。
才加さんのお父さんは、元プロダンサーで、このスタジオの創立者。
もちろん私も面識はある。
「お線香あげるとかじゃないのよ。ここで1曲踊って帰るだけ。滞在時間は10分もないわね」
「サクヤらしいですね」
「小春ちゃんのことを話してたわよ。まぁ、相変わらず口数は少ないけどね」
「どうせ悪口ですよね。下手なダンスを子どもに教えるな~とか?」
才加さんはやわらかく微笑み、少しだけ視線を落として続けた。
「ふふ、あなたたち、本当にそっくりね」
「ケンカばっかりですよ、昔から」
「等身大の自分でいられるのは、小春ちゃんの前だけなのよ。アイドルだからではなく、サクヤは昔から、人との距離がうまくつかめない子だったから」
鏡越しに優しく笑う才加さん。
その穏やかな表情を見つめていると、意識はゆっくりと10年前の夏へと引き戻されていく。




