〈番外編〉こじらせた恋の行方 ※サクヤside
本編の裏側をサクヤの視点でお届けします
「な、なんでキスしたの?」
小春の震えた声が、耳にこびりついて離れない。
ゲームでオレに勝ったのが嬉しかったのか、無邪気に笑う小春がかわいくて。
――考える余裕なんてなかった。
衝動的に唇を奪った。
小春は驚いていたけど、そこに嫌悪や拒絶はなかった。
オレへの好意は感じている。それは、うぬぼれではないはずだ。
それなのに。
「タクシー呼んだから、帰るね」
なぜ、なぜこの状況でいつも通り帰れるんだ。
『帰るなよ』
念じただけで伝わらない言葉。なんでオレは素直に口に出せないかな。
本当は、ぎゅっと抱きしめて、なんならベッドに連れて行きたいのに。
「じゃあね」
玄関で、小春の背中が遠ざかる。
手を伸ばせば届く距離なのに、その一歩が踏み出せなかった。
こじらせた初恋ほど、始末に負えないものはない。
ガキの頃から、ダンススクールの才加さんに憧れていたのは事実だ。
たぶん、小春はそれに気づいている。
『一緒に踊ろうよ』
人見知りでスクールに馴染めなかったオレに、小春は笑顔で手を伸ばしてくれた。
『おまえ下手だからやだ』
思い出しても自分に腹が立つ。
でもそれ以来、オレの視線は、誰にも気づかれないように小春を追っていた。
『生きてるならスタンプくらいよこせ』
何度もメッセージを送った。
だが、待てど暮せど返信はない。こんなこと、はじめてだった。
……シカトかよ。
キスしたことを怒っているのか。
あいつの中では「なかったこと」にされているのか。
焦燥感に突き動かされて、オレはキーボードを叩いた。
『オフ会しない?』
ログインしたのは『ステラ・クロノス』。
草原に佇む、オレの相棒。その足元には、愛らしいピンクのパンダが転がっている。
「ピンクのパンダは?」という小春の何気ない一言を叶えるために、オレがどれだけのレア素材を集め、どれほどの額を課金したか、あいつは一生知らないだろう。
それでも、小春の気持ちより、よほど簡単に手に入った気がした。
ずっと、守っているのに。
小春はオレだと気づかない。
それどころか、あいつの言葉はオレの思考を停止させる。
『金曜日は合コンなの』
脳内の血管がブチ切れる音がした。
「小春ちゃん、合コンでモテるわよ」
追い打ちをかけるような才加さんの言葉。
恩師でもある才加さんの父親の命日。古巣のダンススタジオに行ったときのことだ。
「キスより先に言うべきことがあったんじゃないの?」
「うるせ。わかってんだよ。説教すんな」
「いくつになっても手のかかる教え子たちね」
いつもなら、呼べばすぐに来た。
そんな小春に、オレは甘えていたんだろう。
どうせ近くにいるのは自分だから、焦る必要はないと。
金曜日。歌番組の本番前、テレビ局の楽屋でオレはスマホを握りしめた。
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『ピンクのパンダ』
さすがにわかっただろう。
オレがどれだけ、小春を想っているか。
……え? あれ? 伝わった、よな?
結局、生放送が終わっても小春からの連絡はなかった。
「サクヤ、今日ミス多いね。悪いものでも食べた?」
ケイタにバカにされても、言い返す気力すらなかった。
「オレ、行くとこあるから車いらない」
マネージャーの葉山に告げると、誰よりも先にテレビ局を出た。
途中で小春の好きなお菓子をたんまりと買った。
小春の部屋の前。かれこれ2時間が経過した。
濡れた服もいつの間にか乾いた。
最悪だ。アイドルが何やってるんだ。
ストーカーだと思われたらどう言い訳をするんだ。
まさか、合コンで初めて会ったような男と……。
そんな不安が何度もチラつく。
オレの気持ちをかき乱すように、雨はますますひどくなった。
「小春が帰ってきたら……」
抱きしめて離さない。
嫌だといっても。いや、言わせないし。
そんで、それから。
「ちゃんと、好きって伝えるから――」
小さく漏れた声は、雨音に溶けた。
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