15.ツンデレ王子のやさしいキス
サクヤの膝の上、腰に回された腕。
「な、なにして……!」
こんな距離感ははじめてで、サクヤの肩をぐっと押し返す。でも、びくともしない。
「お、おろしてよ!」
「イヤだね」
近い。近すぎる。
「オレだって男だよ」
「そ、そんなの知ってるよ」
サクヤの顔が、息が触れる距離にあって、思考がまとまらない。
「そうか?小春はオレを男として見てないだろ」
耳元で囁かれる声に、ぞくっと背筋が震える。
「いつまで友達のフリさせんだよ。オレはコウキと違って俳優枠じゃねえんだぞ」
「サクヤだって、私を女として見てないじゃない」
必死に言い返すけれど、声が少し震えていた。
「んなわけねーし」
ぎゅっと腕に力がこもる。
Tシャツ越しに伝わる体温と、規則的じゃない鼓動。
もう近すぎて誤魔化せない。
「……今だって、こんな風呂上がりの無防備な姿で」
少しだけかすれた声。
「かわいすぎだろ」
その一言で、頭の中が真っ白になる。
両手で頬を包まれる。ドライヤーの風より、ずっと熱い。
サクヤの顔がゆっくり近づいてくる。
触れるか、触れないか――、
ほんの一瞬のキス。
「これ……いつかの練習?」
高校生の頃の、ほろ苦い記憶がよみがえる。
かすれた声でそう聞く私に、
「こんなん本番しかないだろ」
少しだけ口角を上げた。
「え、なんで?サクヤは……私が好きなの?」
サクヤは一瞬きょとんとして、それから深く息を吐いた。
「……このタイミングでそれ聞く?」
呆れた声で、ぐいっと顎を上げられる。
「これで分かんねえなら、相当だぞ」
軽く触れるキス。
さっきよりも、少しだけ長い。
「でも、サクヤは――」
涙で視界がぼやける。
「才加さんのことが、好きなんじゃないの?」
ずっと胸の奥に引っかかっていた言葉が、涙と共にポロリと零れる。
「知ってるんだから……ずっと、見てたから……」
サクヤが一瞬、言葉を失う。
ほんのわずかに、視線が揺れた。
「それは――」
零れた涙を優しく指で拭ってくれる。
「幸せになってほしい女と、一緒にいたい女は違うってことだろ」
一緒にいたい女って――。
「才加には『のんびりしてたら他の男に取られるぞ』って脅された。いや、あれは説教だったな」
才加さんが?
意外すぎて、言葉が出ない。
「取られてたまるかよ」
サクヤが私の目を見る。
「心配し過ぎて落ち着かなくて……。今日の歌番組、久しぶりにミスったよ。ケイタにもバカにされた。小春のせいだからな」
ダンスが売りのアイドルグループ、dulcis〈ドゥルキス〉。5人のメンバーの中で、ダントツにダンスが上手いサクヤだ。
「あとで、見逃し配信で見るね」
「むかつく」
むにゅっと鼻をつままれる。
その仕草はいつものサクヤで、ようやく涙も引っ込んだ。
「そっか……、サクヤは私を好きなんだね」
「何度も言うなよ」
「ごめん、へへ」
嬉しくて、つい笑顔が出てしまう。
こんな夢みたいなことがあるなんて。
「それで、小春は?」
「え」
「ちゃんと答えろよ?オレのこと、どう思ってるか」
サクヤが腰に回した腕が、ギュッと強くなる。
「わ、私は――」
言葉にしようとして、うまく出てこない。
胸がいっぱいで、うまく息ができない。
「好きって言えよ、バカ」
今度は、ゆっくりと確かに重なる唇。
返事の代わりに、私もサクヤの背中に腕を回した。
「ゲームでも現実でも、手のかかる女だな、まったく」
スパイシーで甘い香りに包まれる。
PCの画面では、ピンクのパンダが嬉しそうに手をたたいている。
まるで――私たちを祝福するように。
お読みいただきありがとうございました!
episode1の本編は完結です。
サクヤと小春の物語は、まだ続く予定です。
ふたりの距離をぐっと近づけるため、ストーリー構想中です。
本作品のスピンオフはアルファポリスに投稿してます。
【完結&短編】あるアイドル見習いの、恋にならないメロディをきいて
https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/251034659
dulcis〈ドゥルキス〉他のメンバーの物語もぜひお願いいたします。




