12.アイドルのお宅訪問
終電で最寄駅に着くと、雨だけでなく風が強まっていた。
新品のパンプスはすっかり水浸しだった。
合コンでの噛み合わない会話、お酒による胃のむかつき、そして何よりサクヤへの消えないモヤモヤ。
すべてが混ざり合って、泣きたいような気分になる。
「もう1時か……」
重い足取りでマンションに到着する。
エレベーターを降りてすぐ、私は息を呑んで立ち止まった。
私の部屋の前に、誰かいる。
真っ黒なパーカーのフードを深く被り、膝を抱えて地面を見つめている。
不審者――ではない。
「サクヤ……?」
私の声に、彼がゆっくりと顔を上げた。
フードの隙間から覗くシルバーヘアが揺れている。
「遅い!」
「な、なんでいるの?」
「早く部屋に入れろよ。人気アイドルのオレがこんなとこにいたら、騒ぎになるだろうが」
「連絡してから来てよ」
「オレのメッセージをシカトしたのは誰だよ」
「それは――」
そうだった。
返す言葉が見当たらず、黙ってカギを取り出す。
サクヤは静かに立ち上がった。
すぐ近くで、スパイシーな香りと、雨の湿気の香りが混ざる。
「でもさ、サクヤがうちに来るなんて……めずらしいから」
だって――。
「ニャーン」
玄関を開けると、いつも通り桃太郎のお出迎え。
しかし、後ろにいるサクヤに気がつくなり――
「フー!」
桃太郎が黒い毛を逆立てて威嚇している。
「チッ!だから、ここは嫌なんだよ」
サクヤは露骨に顔を強張らせ、閉まったばかりのドアにピッタリと身を寄せる。
「相変わらず嫌な猫だな」
サクヤは昔から、犬や猫といった生き物が苦手だった。
実家にいたときから、桃太郎はどうしてかサクヤには懐かない。普段は大人しい子なんだけどな。
「桃太郎、こっちおいで」
「ニャッ」
桃太郎を抱いてケージへ入れる。
不満げな顔をしていたが、すぐにあきらめたように寝床で丸くなった。
ようやく、サクヤは靴を脱いで部屋に上がる。
「あ、これやる」
格安で有名な黄色のビニール袋を差し出す。
私が好きなお菓子と、猫用のおやつが入っていた。
「二日酔いのあとに飲むドリンクも入ってるから、飲んどけ」
袋の奥には、『飲んだら飲む!』と書かれた茶色い小瓶が入っていた。
「ありがと……」
「オレの買い物ついでだから」
ついでというわりに、ずいぶんたくさん。
まったく、言うこととやることがちぐはぐだ。
「ねぇ、本当に何しに来たの?」
サクヤはソファにごろんと寝転ぶ。まるで我が家のようにくつろぎ始めた。
「生存確認」
「なにそれ」
「生きてるなら、スタンプくらい送れって言っただろ?
その言葉に、本日最後の業務を思い出す。
「だ、だからって、会社にまで問い合わせしないでよ」
サクヤはソファに寝転んだまま、スマホをいじりだした。
「なんのこと?」
「とぼけないで!サクヤだって分かってるんだからね」
サクヤのスマホを取り上げ、見下ろして睨んでやった。
「――悪かったよ」
あんまり素直に言われると調子が狂う。
「スマホ返せ」
「う、うん」
「それより――、楽しかったか?」
「なにが?」
「合コン」
スマホから一瞬だけ視線を投げてきた。




